ケダモノと恋するクオリア

藤原いつか

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未成熟な境界

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 きつく抱き締められているのにぜんぜん痛いとは思わなかった。
 離れていた距離が再び埋まったことの方が嬉しくて嬉しくて体が震える。

 汗ばんだ肌のあちこちを、先生の熱い手の平が這っていた。
 なにかを確かめるみたいなそれは、まるで神聖な儀式みたい。
 もう血の味はとっくになくなって、互いの唾液を呑むだけ。
 いつの間にか息継ぎの呼吸が上手くなって、濡れた温度を繋いだまま何度も角度を変えては重ね合わせる。

 掴まれたままの腕を導いたのは先生の手だった。
 先ほどまでの拒絶を綺麗さっぱり忘れたみたいにその手つきが先をねだっている。
 もう片方の手も手伝って、両手でその輪郭をなぞるみたいに服の上から確かめてみた。

 固くて大きい。それだけが浮かんで一瞬戸惑う。だけど怯んでもいられない。

 既に乱れていた服の隙間を縫って、ようやく先生の素肌に辿り着くと、先生の目が更に細められ唇を噛み締めるのが視界の端に映った。
 そのまま素肌を滑って下穿きの内側なかへ。ぴくりと先生の肩が揺れて息を呑む気配。
 それは躊躇いや拒絶を微塵も含んでいないもので、ただ色欲だけをそのに湛えていた。

 やっと触れた先生のものの熱さが、両手の中で嵩んでいく。
 手元が見えないのでゆるゆると撫でるしかできない。ひどくぬるい愛撫だけを繰り返す。

 やがて触れっぱなしだった唇を軽く噛まれて目を合わせると、熱の篭る不満そうな目がわたしを見下ろしていた。
 自ら押し付ける熱に無意識にか、先生の腰が物欲しげに揺れている。
 なぜかわたしが推し進める役は続行らしい。だけどいろんな事を一度にはできない。

 わたしはようやく唇を離して、ゆっくりと両手の中の先生の肉欲を外に取り出した。
 その温度差にか先生が思わず自分の口元を手で覆う。零れる何かを抑えるように、眉間には綺麗な皺が刻まれ何かをじっと耐えているみたい。その光景が余計にそそられる。

 晒された外気にふるりと震えたそれは、想像以上の様相だ。目で確認すると手で触れていただけよりはっきりと意識してしまう。
 これをどうするのかは知識上は知っている。
 だけどこんなに大きなもの、はいるのだろうか。

 怖気ている時間もないので、わたしは身じろいで体勢を変え、徐々に場所を移す。
 そうして先生の脚の間に屈みこむように、顔を近づけて――

「……! ルーナ! なにを……!」

 先生の驚愕の叫び声をすべて聞き届ける前に、口の中に溜めておいた唾液を先生のものの先端に垂らして、舌先で塗り広げて。口を開けてぱくりと咥える。
 不思議と嫌悪感はなかった。濡らした方がお互いに良いのは確かのはず。

「……ッ、ぁ、ああ……!」

 先生が漏らしたその声に。知らず自分の下腹部が疼いて自分の内側からも何かが零れたのがわかった。
 思わず内腿をすり合わせる。先生に知られたくないと思うのに、たぶん気付かれていると思うとそれだけでまた。

 だけどすぐに意識は口内に引き戻される。
 なんと更に大きくなった。口の中がもういっぱいで、一度離す。唾液の糸がひいて手の甲で拭いながら、それでも手だけは動かし続けた。
 引き際が分からず先生の顔を見上げると、今まで見たこともないような表情の、それこそ“雄”の顔をした、先生がいた。
 わたしの行為に堪えることすらかなわず、ただ涙でその瞳を揺らしながら腰を押しつけてくる“男”の、先生が――。

「ルーナ……、ルーナ、も、う……!」

 ぐ、っと。いつの間にか。
 先生の手が後頭部に添えられていて、その指先が地肌を撫でつけていた。添えられるというより掴むに近いかもしれない。
 その感触に眩暈にも似た衝動。
 先生からの粗野な扱いを初めて受ける。それほど余裕のない有様を、初めて。
 その乱れた声音が、汗ばむ肌が、熱い吐息がわたしのすべてを駆り立てた。

 だけどその瞬後、押し付けられたと思っていた手が今度は押し退けようとしてきて思わず身構える。
 その意味を理解して咄嗟に対抗して拒んだ。
 最初からそのつもりだったので譲る気はない。

 その意図に気付いてか先生はもう半分泣きだしていた。なのに無理やりにでも退かせようとはしない。
 先生の体が僅かに震えて強張り、傾いていく。わたしの頭を抱きながら。
 
「あぁ、もう、ルーナ……!」

 先生の手に、いっそう力が込められた次の瞬間。
 喉の一番奥でそれが膨らんで、吐き出される白い欲。
 先生の腰が震えて、声にならない悲鳴をかみ殺している。

 広がる独特の苦みと想像以上の量に思わず涙が滲む。零さないように必死で受け止めて飲みこもうとするけれど、さすがにハードルが高過ぎた。

 口内からずるりと先生のものが引き抜かれて、ようやく圧迫感から解放される。と同時にむせて咳き込み吐き出されたそれが体のあちこちに飛び散った。裸の素肌に白い跡が散っていく。
 その様子に先生が慌てた様子で背中をさすってくれてた。

 はぁはぁと、薄暗い部屋に響き渡るその息遣いは普段の先生からは想像もつかない程荒く、わたしの背を撫でるその手も余韻で僅かに震えている。
 見上げた先生の赤い瞳は濡れて赤く、そしてどこか嬉しそうにも哀しそうにも見えた。

「ルーナ、水、を……」

 呼吸が戻ってきた頃、想像よりずっと落ち着いた声音でそう気遣われて拍子抜けしながらも首を振る。
 一度欲情が抜けてしまいヘンに落ち着いてしまえば、この先に進めない気がした。
 もしかしたらもう満足なんじゃないか。ここで止められたら意味がない。

 そんなわたしの警戒に気付いてか、先生が眉尻を下げてそっと頬を撫でた。
 それからその体が一瞬だけ淡く光り、先生が魔法を使ったのだと悟る。
 一瞬ひやりとしたけれど、先生は魔法で水のはいったグラスの瓶を取り寄せただけのようだった。そして自らそれを呷る。
 あれ、と思っている間にその綺麗な顔が近づいてきて――

 いつの間にか頭の後ろに回された手に支えられながら、冷たい唇がゆっくりと触れてきた。
 濡れた舌先で唇をなぞられ、ようやくその意図を悟りおずおずと唇をひらく。
 僅かな隙間から流れ込む温い水は先生の温度そのもので、思わず瞼を伏せてそれに耽る。
 じれったいほどに緩慢な口移しの合間に先生も自ら衣服を脱ぎ捨てていた。

「……先生……、せん、せ……」

 うわ言のように、その名前を呼ぶ。わたしと先生の関係性を示すその呼び方は、それでも見えない鎖のように。だけどわたし達にはこれしかない。
 これしかなかった。

 時折舌を絡ませ合いながら、互いの素肌を確かめ合いながら。ふと晒されたままの先生の下腹部に視線をやると、白濁を吐き出したそれが先ほどより大きくなっている気がして思わず目を瞠る。

 おかしい。出したらいったんは落ち着くものだという認識だったのに。
 それでも良い。まだ望まれているのなら。

 やがて空になった瓶がごとりと床に投げ出された音を合図にして、わたしは自分から腰を持ち上げて先生の上に跨った。
 一度ぎゅっとその首元に抱きついて深呼吸をしている間に、同じだけの温もりを返される。

 それから先生のものを再び手にとり、その先端を自ら脚の間の秘裂に宛がった。
 何か言葉を発しようとする先生の唇はむりやり自分の唇を押し付けて塞ぐ。
 もうここまできたら引き返せない。
 
 だけど、どうしよう。
 おおきいし、こわい。
 この瞬間が想像していたよりもずっとこわい。
 この先に待ち受けているものがただこわくて仕方ない。

 今日のことを決めてから自分で慣らすことを考えたりもしていた。ただでさえ初めての行為だし、先生のリードは諦めている。わたしから襲うのだから当然だ。
 だけど音と匂いに敏感な先生とひとつ屋根の下でそんな行為は自殺行為にも等しく、けっきょく今日までほとんどできていない。なので完璧なる処女である。

 痛みへの覚悟はあるけど耐性はベツモノだ。
 ごくりと唾を飲んで、自ら指先でひらいた割れ目の入口に、押し付ける。
 先生がびくりと肩を揺らして腰にまわされていた手に力が篭った。熱い吐息がわたしを前髪を揺らす。
 場所を確かめる為に僅かに動かすだけで、くちゅりと濡れた音がした。

「……っ、ぁ、せん、せ……」

 思わず縋り付くみたいに先生の肩元に顔を押し付ける。
 自身の敏感な部分をも掠ったそれに、自分でも驚くくらい甘ったるい声が漏れた。
 紛れもなく“女”の声だ。羞恥心で顔が赤くなる。こんなの、知らない。

 だけど自分の“女”を自覚してようやく。心は伴わずとも、体はちゃんと先に大人になっていた事を知る。
 こわいけど、痛いのは嫌だけど、わたしの体はこんなにもちゃんと、受け入れる準備ができている。

 そっと顔を持ち上げて視線を合わせると、先生の気遣わしげな目とぶつかった。
 わたしの意思を探るような目。いつも伏せられている頭上の耳がぴんと立ち、その神経を集中しているのが分かる。

 こわいのは先生も同じなのだろうか。
 それでも望んでくれているのだろうか。
 ただのヒトのわたしには、分からない。だから。

 だからキスをねだった。少しでも何かを分け合っていたかった。
 それだけで何もこわくなくなる気がした。
 先生は躊躇なく応えて唇を重ねてくれる。

 吸い上げられる舌先と狂おしげな目を合わせたまま。
 ゆっくりと境界を割るように、腰を下ろした。


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