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ケダモノの痕

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 狭い場所を押し広げられるその抵抗はすさまじく、痛みに顔を歪めながらも体重をかけながらゆっくりと、半ばむりやり推し進める。
 途中でやめたらもう進めない気がした。最後までいくしかない。だけど最後ってどこだろう。

 考えたらくじけそうなので考えること自体を放棄する。
 だけど痛いものは痛い。嫌でも痛みに神経は集中する。

 思わず先生の舌に歯をたててしまうも謝る余裕すらない。
 じんわりと血の味がした。

 先生の肩を掴んでいた手にも力がこもり、爪が食い込んでいる。だけどそこしか縋るものがない。先生のはもう見ていられない。
 ただその両手がわたしの腰に添えられていて、それは支えているのかもしくは押し付けているのか。
 わからない、だけど、ああ、あと少しで肌が埋まる――
 必死に歯をくいしばる。

「……ルー、ナ」

 吐息混じりに呼ばれる自分の名前がひどく熱を帯びていた。
 名前を呼ばれたその意味を考えることも、先生の表情かおを確認することもかなわないまま、痛みに耐えながら息を吐く。

 奥にいきあたる感触はしているのにまだ腰は浮いていて、どうしたら良いかわからなくなってきた。
 泣きながら戸惑うわたしに、先生が僅かに体勢を変えて――

 もう一度名前を呼ばれた気がしたけれど、それを確かめる前に。
 圧迫感とともに下から突き上げられる。まだその奥を伝えるように。

「……っ、あ……!」

 あまりのその衝撃に目を瞑ってしがみつく。
 少し動くだけで下腹部の違和感に涙が滲む。
 くるしい、だけどきっと、これでぜんぶ。
 思い描いていた充足感にはほど遠かった。

「……ルーナ、呼吸を、しないと……つらいだけですよ」
「……っ、う、だって……!」

 既に、つらい。
 泣き言を言うわたしの背を先生が、ゆっくりと大きく撫でてくれた。
 これまでも時々してくれていたみたいな、仕方のない子をあやすような優しくて温かい手。
 まるで子ども扱いのそれが嫌だったけれど、今はやけにその大きさと熱を伝えていて、男の人の手だと意識する。
 親愛では満足できないと駄々をこねながら、その手に安堵を得ていたのも確かなのだ。
 いつから変わったのだろう。変わったのはどっちだろう。

「痛みを、やわらげますか……?」
「……え……」

 先生の提案に驚いて顔を上げ、それから先生の顔を覗き込む。
 ほんの少しだけ緩んだ口元と、劣情を残した赤い瞳。

「ここの――痛みを。できますよ、僕なら」

 言って、背中をさすっていてくれたその手が、今度はわたしの下腹部にそっと触れ、今まさに先生のものがはいっているあたりにゆっくりと手の平を寄せた。
 ぴくりと思わず体を竦めると同時に内側にも力がはいってしまい、その大きさを感じると共に目の前の先生の表情かおが僅かに歪む。少しの間を置いていつもの顔に戻ったけれど。ほんの僅かな動作でも先生には刺激らしい。

「痛み、を……」

 内側の破瓜の痛みを、先生が取り除いてくれると言うのだ。きっと魔法で。
 わたしと一緒に居る時の先生はほとんど魔法を使わないので、そんな事もできるなんて知らなかった。
 たぶん間抜けな顔をしていたわたしに先生はくすりと笑って、そっと瞼に唇を寄せる。先ほどの腰使いからは想像もつかないほど優しく触れたそれ。

「痛くないほうが、良いでしょう……?」
「そりゃ、まぁ、その……」

 まだ行為が完遂されてない事を考えれば、痛みはない方が有難い。これで終わりではない事くらいはちゃんと分かっている。
 気持ち的にはもうほとんどやり遂げた気持ちではあるのだけれど、まだ目的は達成できていない。

「……なら。この痛みは僕が、忘れさせてあげます」
 
 淡くその体が光り、先生の手の平からゆっくりと内側にまで魔法が染み込んでいく。
 こわばっていた身体の力が少しずつ抜けて、意識の大半を埋めていた痛みがゆっくりとひいていくのと同時に――残ったものは。
 奥の奥からせり上がってくるような初めての感覚に体が震える。とろりと何かが内側から。だけど零れる事はなく。

「全部、僕が、もらいます」

 先生はどこか泣きそうでいて、嬉しそうに。抱き寄せてまた唇が触れそうになるほど近い距離で小さくささやいた。
 耳がぴんとたっているだけでほんの少し印象が違う。今日は髪も目の色もいつもとぜんぜん違うし眼鏡も放り出されたままだから、本当にまるで別人みたい。

 だけど他の誰かじゃなくて、先生がよくて。
 わたしにとってはたったひとり。
 この世界でいう“番”とわたしの好きは何が違うのか。

 分からない、けれど。
 今は誰にも知られないように、ただ求めることと求められる事に心を委ねた。
 先生の気持ちを無視したこの行為に正当性はないのだから。

「あげるよ、ぜんぶ」

 抱きついたその耳もとでささやき返す。
 小さな声も全部その大きな耳に拾われて、暗闇でもぜんぶ見られていて、その口で全部食べられてしまいたい。
 そんなわたしのくだらない願いを読んだように、首筋に先生が歯をたてた。小さな痛みに身を竦める。この痛みは残しておいてほしい。

 先生の肩越しに見る銀色のしっぽがゆらりと揺れて。
 それから世界がぐるりと一転した。

 一瞬の浮遊感に咄嗟にしがみつくわたしをしっかりと抱きしめたまま、先生の背景が変わる。ただしくはわたしの位置が。
 背中にシーツの冷たい感触。熱をもった体に心地良い。肌にかかる長い銀色の髪の感触は絹のようにすべらかでくすぐったい。

 繋がったままの体はまだ重たい感触を伝えていた。ずくりとその奥が痛みではなく疼く。

 小さく漏れた声に見下ろす先生はわらって、ゆっくりと腰をひいた。
 体ごとひっぱられそうになりシーツを握る。お腹のなかのぜんぶがいっしょにもっていかれそうなくらいの質量に戦慄く。
 だけど自分の内側から漏れる体液がその滑りを手伝って痛みはない。先生の魔法のおかげだ。

 抜ける寸でのギリギリで。先生はぴたりと腰をとめる。そして。
 また一番奥までいっきに押し込まれる。

「……っ、ぁ、あ……!」

 肌のぶつかる音がして、ほんの一瞬星が飛んだ。
 ずっと疼いていた一番奥。
 きゅっと内側なかが締まる感触がして、たぶんわたしは初めて達した。
 仰け反り突きだした首筋にまた先生が噛み痕を残す。
 
「ルーナ、ほら、息を。しないと酸欠になってしまいますよ」
「し、して、る」
「してない、ほら、ルーナ」

 言って先生の顔が近づいてきて、舌を差し出されて反射的に飛び付いた。
 口内ではなく口外で、舌先だけ絡めながらゆっくりと胸が上下する。自然と体からも過分な力が抜けていくのを感じてた。

 それを確認した先生が今度は口内をまた舐め回す。
 そうして唾液を流し込んで、それを喘ぐみたいに飲みこんで、そんなわたしを見つめたまま。
 動きが再開される。さっきより濡れた感触と共に。
 今度は躊躇いも容赦もない動き。先生の為だけの律動だと嫌でも分かった。

「ま、って……! いま、動か、ないで、ぇ……!」
「無理、ですよ、ルーナ……これからなのに……?」

 どこかで聞いた台詞を口にしながら。
 打ち付ける腰の速度が上がっていく。
 もうしがみつくしかできなくて、突かれる度に先生を呼ぶ。

「あ、あぁ、や……っ、せ、先生、も、……っ」

 また、背筋をいっきに電流が走るような、得体の知れない感覚に喉の奥が震える。
 無意識にその肩を噛んで必死に耐えようとするも自分ではどうすることもできない。
 先生は止まってくれない。咎めることもしない。体中の神経と色欲が一点に向かっていく。

「……ッ、ルーナ、僕、も……っ」

 ふるりとその喉が震えて、狂おしげに顔が歪められる。
 はっと終わりの予兆にわたしは思わず先生の体に両脚を絡めた。
 動きを制するものではなく、離れていかなように制限する為のもの。

「おねがい、先生、なか……離れないで、なかに、して」
「……!」

 わたしの訴えに先生は、驚きにその目を見開いた。途中まで抜けかけていた動きも止まる。

「なんて、ことを……言うんですか……わかっているんですか……?」
「おねがい、先生」
「……ルーナ……」

 それがわたしの望みであり目的だった。
 どうしても欲しいもの。

「なかで、出して……、おねがい、せんせい……ぜんぶ、欲しい」

 それがないと意味がない。
 先生を傷つけてまで、わたしが望んだこと。


 わたしの要望に先生は僅かに沈黙した後そっと顔を近づけてきた。
 抱きつくみたいにそれを迎えてキスをする。それまでの溺れるみたいなキスとはちがって、触れるだけのキスだった。
 なのにわたしの内側なかでまたその熱が質量を増したのを感じて思わず声を漏らす。気持ち良いと体はもう覚えてしまった。

 それからその優しい口づけをしたまま。
 わたしの脚が先生の腕で押し上げられ、押し付けられる。
 一度吐き出しかけた熱が膨らむのははやかった。昇りつめるまでに時間はかからない。

「……っ、あ、あぁ、イっちゃ、うぅ、せんせ……!」

 性急な腰つきにわたしはあっという間に快楽の一番深いところへと放り出されて、その瞬後。

「……ッ、く、ぅ……ルー、ナ……っ」

 先生の呻き声と共に、熱いものが奥に注がれる。
 本能的に搾り取るみたいに、収縮した内側が喜んでそれを迎えた。
 確かめるみたいにわたしは、自分のお腹の上からそっと手で触れる。
 見えるわけでもないのに確かに感じるそれは、先生の放った精の証だ。

 ずっと、これが、欲しかった。

 荒い吐息のまま、先生が体を起こしてそれを引き抜く。
 まだ余韻に浸っていたかったわたしは無言で抗議しつつもなすがまま。脱力に指一本動かせない。
 
 引き抜かれるのと同時に、収まりきらない白濁が溢れ出して肌を伝った。
 その感触に胸の詰まる思いが込み上げる。
 それと同時に別れの寂しさへ思いを募らせていた時。

 先生に腕をひかれたかと思ったら、くるりとうつ伏せに体を反転させられていた。


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