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さよなら、先生

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 うつ伏せにされて、背後には先生の気配。
 あれ、と思ったけれど、上手く言葉にも行動にもならない。
 呼吸も鼓動もまだ忙しなく、思考も散漫なのに下腹部だけがやけに鮮明な感触を残していた。

「すいません、ルーナ、あぁ、……こんな」

 背後から体を押し付けるように抑えこまれて、そっと肌を滑るその手が、ぐいとわたしの腰を持ち上げる。
 謝罪の言葉とはまるで正反対の性急な手つき。荒い呼吸が耳につく。

 開かれた脚の間に先生の、何かを確かめるような強い視線を感じて僅かに身じろいだ。
 だけど閉じることを許されず、すべて晒すみたいに広げられる。
 恥ずかしい恰好。見られていることにお腹の奥が疼く。やめてって言いたいのに喉の奥が張り付いている。

 と同時に内側から何かがこぽりと零れた。さっき吐き出されたものが、とろりと内腿をつたう。
 それを認めて先生が、わざと塗りたくるみたいに指先ですくったその白濁を、零れた場所に再び押し込んだ。
 
「……っ、ぁ、んんっ」
「全部欲しいって、言っていたでしょう、ルーナ」

 悪気など微塵もない声音がすぐ耳元で聞こえて、そのままナカをかきまわされる音が、やけに遠く響いて。
 おしりのあたりに押し付けられる熱のかたまりに、散らされていた意識が戻ってくる。

 さっき、たくさん出してなかった?
 全部って、どのくらいの全部?
 自分の知らない全部に思わず戦く。

 突きだすみたいに腰を持ち上げられて、その先端がくいこんだ。
 気付いて思わず息を呑む。
 待って、まだ――

 言葉になる前に、背後からかぶさるように体を押し付けていた先生の、喉元を這い上がっていた指先が口内に押し込まれた。
 舌が捕まって言葉は潰える。体重全部で乗っかられて苦しいのに、素肌の全部が先生と触れていることに喜ぶ気持ちの方が勝った。

 熱い吐息が首筋に噛み付いて、思わず強張る体をこじ開けるみたいに、先生に後ろから貫かれた。

「あ、ッ、ぁ――……!」

 内側のどろどろしたものが全部、押し込まれる。
 体が嫌でも反応して、先生を悦ばせているのが分かった。
 受け容れるのも絡みつくのももう全部先生の手の内みたいに翻弄される。

 突かれる角度も触れる肌の面積さえも異なり、先程とはべつの快楽に突き上げられ眩暈がした。
 伸びてきた手に胸を揉まれ先端を摘ままれ思わず頭を振る。
 声が出ない。言葉にならなくて喘ぐだけ。先生は絶えずあちこちに噛み痕を散らしていた。

 反応すら追い付かないのにその手が今度は脚の間へと伸びてくる。嫌でもその先を理解して体が撥ねた。
 
「あ、まっ……!」

 その手をおいかけるけれどとうてい間に合わない。
 一番敏感な場所をぬりと撫でられて全身を電流が走るような錯覚。
 ぎゅうと中を締め上げて、小さく先生が呻くのに、指先は止まってはくれなくて。
 はじめての刺激に、自分の意思を置きざりにされる強すぎる快楽に、思わず泣きながら懇願した。

 これ以上はおかしくなる。
 こわい、置いていかなで、もう――

 先生はようやく動きを止め背後から頬をすり合わせてきた。頭だけで振り返ると少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた先生の顔が見えてほっとする。うろうろと掠める尾が
 触れる温もりが優しくて、わたしは完全に油断していた。ゆるゆると力が抜けていく。強張り緊張し通しだった体は軋むようだった。

 だけどすぐに聞こえてきた言葉は想像とは別のものだった。

「いいですよ、ルーナ。いきましょうか、一緒に」

 ささやく声音粟立つ肌をは這うように低く、その声はまだ欲情を纏っていて。
 お腹にずくりと響いた次の瞬間に、内側で先生のものが質量を増した気がした。
 と同時にさんざん弄られた部分をまた擦りあげられて。
 油断していた分その暴力的なまでの刺激は直通で、脳髄を焼くように突き抜けた。

「ッ、ぁ、あ――――……!」

 ぎゅっと、近くにあった先生の手を握り締めながら、達して真っ白な闇に投げ出される。
 瞬後に先生が腰を更に奥へと突き上げて、うなじに鋭い牙をたてた。

 一瞬の痛みに呻いても、すぐさま先生が魔法で綺麗にしてくれる。
 だけど体中に散った噛み痕だけは消えることはなかった。

 はぁはぁと荒い吐息はまるでケモノ染みていて、だけどわたしだってしょせん動物だ。
 体の一番深いところで先生の熱がまた、膨らんで吐き出される。体は本能的にそれを悦んでいる。

 体の限界に先に果てたのはわたしの方だった。
 感覚も意識も深く深く沈んで、ゆっくりと意識を手放していった。


 ◇


 月が色を変え始めた頃、わたしはうっすらと意識を取り戻した。
 薄く開いたカーテンの隙間から差し込む明かりはやわらかな色に戻っていて、狂おしいほどの赤はもうほとんど感じない。

 背後から抱き締められるように眠っていて、腰のあたりに先生の腕が巻き付いている。
 僅かに身じろいで寝返りを打ち、先生の寝顔をこれ幸いと覗き込んだ。
 初めてかもしれない。先生の寝ている顔なんて。

 月の魔力の影響が落ち着いたのか、髪の色は見慣れた黒に戻っていたので、おそらく瞳の色もだろう。
 手元に流れていたその一房を手にとって、細く長く編みこんでいく。
 髪留めはないのでそれでおしまい。ほんの少し満足して気が紛れる。これもちゃんと解いて行かなくては。

 そっと自分の下腹部に触れてみる。
 まだなお熱を孕んでいるかのように、この夜の証をそこに感じた。

 そろそろお別れの時間がやってくる。


「――――満足した?」
 

 突如湧いたその声は、背後の窓から。
 ゆっくり振り返ると月明かりを背負った金色の瞳と目が合った。
 やけに大きな影を帯びて威圧感を放っている。だけど知っている相手なのでこわくはなかった。

 見知った人物ではある。だけど直接会うのは実に三年ぶりだ。

 月の光を反射させながら、背中から伸びた大きな翼をゆっくりと折り畳んで、こちらに歩み寄ってくる。その背後でゆらゆらと、煌めく鱗の固い尾が揺れていた。

 迎えに来るとは言っていたけれど。

「……もう少し、浸らせてくれても、良いのに」
「じゅうぶん待ったでしょ、三年間も」

 ゆるく笑いながら呆れたように言われて、それもそうかとひとりごちる。
 確かに“彼”の言う通りだ。

 彼は三年間わたしの我儘に付き合ってくれたのだ。時々わたしの企みに力を貸してくれながら。

 わたしは眠る先生を起こさないようゆっくりと体勢を変え、惜しむ思いを抑えながら先生の腕から這い出る。温もりを失った温度差に心も体も微かに震えた。脱ぎ捨てた衣類をかき集めて身につける。

「ヤるんでしょ? 手伝おうか? 初めてでしょ」
「……いい。自分で、やる」

 彼の申し出を断って、眠る先生をベッド脇から見下ろした。
 呼んでもないのに隣りまで来た彼――デュークは無遠慮にじろじろと先生を見回す。

 クセのある赤茶色の髪から固い“角”が存在を主張し、背中からは大きな翼が生えている。トカゲのような尾はかたい鱗で覆われていて、床の真上をゆらゆらと行き来していた。
 彼もこの世界の住人ではあるようだけれど、ふつうの獣人とは明らかに違った。
 金色の瞳をあやしく光らせて、眠る先生を値踏みする。

「大分出し切ったみたいだねぇ、むしろまだ残ってる事に驚きだけど」

 出したとはつまり魔力のことだ。
 先生はきっとしばらく起きないだろう。

 そっとベッド脇に膝をついて先生の手をとる。
 ついさっきまでこの手が自分の肌に触れていた。
 動くのにもぎこちなく軋む気がするこの体は、眠りに落ちる前の時間が夢ではないと伝えている。
 なにより無意識に抑えた下腹部がその存在を主張していた。


 ――ヒミツが、ある。

 先生にも知られていない、わたしと、そしてここに居るデュークだけが知るヒミツ。

 それを隠したままわたしは、三年間という長い時間をこの場所で、先生の傍で過ごしていた。
 ただ先生に恋をしているだけで幸せで、だけど別れを目前にどうしても。
 欲しいものがあった。なにを引き換えにしても。

 この世界に召喚されたわたしがたったひとつだけ使える魔法がある。
 先生もおそらく知らない魔法だ。

 “今”のわたしが使える唯一の魔法で、わたし自身に魔力がほとんど無いが為に、使うには他人からの魔力摂取が必須でこれまで一度も使ったことなんてない。
 そしてわたしはこの魔法しか使えない。

 魔力とは質の良い“精”だ。
 いまわたしの腹の中に在るもの。

 たくさん、くれたから。
 ちゃんとこの魔法でお別れができる。
 あとは初めてなので失敗しないことを祈るばかりだ。

 そっと額を寄せて目を瞑り、覚悟を決める。
 目覚めたらきっと。
 世界は変わっているはずだから。
 

「……さよなら。先生」




 わたしの居ない世界でも
 どうか笑っていて、先生。


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