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第四章
痛みに咲く花
しおりを挟む「…ッ、ぅ、…!」
痛みに上げた悲鳴を、それでも咄嗟に噛み殺すセレナに、アレスも小さく息を漏らした。
ぶるりと思わず腰が震える。それからじわじわと、奥から這いあがる痛み以外のもの。
得体の知れないそれにアレスは暫くそのまま身体を屈めた。僅かに体の距離が埋まって、震えるその背中が視界に映る。
背格好は似ている気がした。だけどエレナより幾分小さく感じる。シーツについた両腕に、すっぽりと収まる小さなその背中。
どこか冷静になる頭で、だけど別のものに思考が侵されていくような感覚にアレスは自分自身気付いていなかった。
ただ目の前のセレナの内側が拒絶するように自分のものを押し戻そうと内がうねるその感触に、思わず息を詰めて喉の奥で唸る。
「…力を、抜け。辛いだけだぞ」
「…っ、もう、充分、つらい…!」
「…じゃあ楽にしてやる」
言って体を起こし、シャツの胸元のポケットから用意していた小瓶を取り出す。
蓋をとって容器を傾け、中身を体の繋がっている部分にゆっくりと垂らした。
潤滑油だ。一応と思って持ってきていたもの。突然の冷たさにセレナがびくりと体を震わせる。
「な、に…っ」
「ヘンなクスリではない。…動くぞ」
言うだけ言って、セレナの返事は待たずにその細い腰を掴む。
ゆっくりと引き抜いた自身のもに、垂らした油を絡めて纏う。それをセレナの内にも塗り込むように、再びゆっくりと押し込んだ。
浅いところでそれを何度か繰り返し、頃合いを見てそれを再び最奥まで突く。ぐちりと音がして、すべて呑みこまれる。
また、押し戻される感覚。明らかな拒絶にアレスは奥歯を噛みしめて耐え、腰を押し付けたまま更に奥へと突き上げる。報復のように、力でねじ伏せるように。
必死に声を噛み殺すセレナは、一切の反応を返そうとしない。
ただアレスから受ける暴力を、痛みを。見ないようにするのに精一杯だった。
縛られた腕も脚も腰も内も全部痛い。
なのに、どうして。
潤滑油のおかげか抽送に抵抗が軽減し、そうするとアレスは這い上がってくる快楽だけに身を委ねるようになる。
繋がった部分からせり上がる快楽だけでなく、体のあちこちが火を灯したように熱い。
これまで責務として宛がわれた女を幾度も抱いたことはあるが、そんな感覚は初めでだった。
ふと自分の体の異変に思わず目を見開く。
呪いの、痣が。体に散っていたその黒い痣が、皆同じ方へと肌をつたって移動している。
これまで痣の蠢きは見てきたが、ここまで明らかに動く痣を見たのはその時が初めてだった。
「…なんだ、これは」
じわじわと、集まるその先に。
彼女が居る。
――自分たちの呪いを解く聖女。
セレナに向かって集まるその痣がやがて色を濃くした時。
アレスは突然のそれに、咄嗟に息を詰めた。
触れ合ったその部分がもう既に、快楽の一番深いところに居た。
「……ッ、ぁ、く…!」
気が付いた時アレスは、セレナの中で小さく果てていた。制御もできずに込み上がるものをまるで抑えきれずに。
腰を振ったわけでもない。高まりつつはあったものの、その予兆を跳び越えて、放たれた熱。
あまりのその刺激に、半ば呆然となって再び身を屈めてシーツに両腕をつく。
セレナの体を後ろから抱え込むように項垂れ、暫く動くことができない。
小さく脈打つ自身はまだセレナの内に挿入ったまま。その大きさも熱も衰えてなどいない。
だけど自分は今確実に、達したのだ。たったあれだけの行為で。
――夜伽聖女。そう呼ばれていたことを思い出す。
紛れもなく呪いの痣はセレナに反応し、そして欲情を引きずり出して快楽を煽った。強引なほどのその刺激で、果てまで導かれて、そして。
アレスは気付いた。痣が、減っていたことに。
すべてではない。アレスの体中から集まり引き寄せられていた痣の面積が減っている。
今は夜なので呪いによる苦痛はない。だけど朝になればそれはきっと証明されるだろう。
――この身が浄化されたのだと。
「……は、本当にそんなことが、かなうとは…」
思わず漏れた笑いに、腹の底から何かがぼろぼろと零れていくのを感じた。
そして自分の行為の下劣さに、みるみる体の芯から冷えていくのを。
なのに繋がったままのそこが、再び欲に支配されそうになる。油断すれば揺れようとする腰を必死に抑えた。ぶるぶると、知らず体が震える。
性欲とは生存する上での本能だと、アレスは思っていた。生き残る為、子孫を残す為の生存戦略だ。体が求める本能そのもの。
だけどアレスが今したことは、ただのひとりよがりの何ものでもない。
自由を奪い力で抑え、自分の心とは無関係の娘を傷つけた。
本当は、傷つけたかったのは彼女ではない。
自分を深く傷つけた聖女を、いっそあの場で同じ分だけの苦痛を味あわせてやりたかった。
だけどそれはできなかった。
だからセレナを、傷つけたのだ。
おそろしいのは、自分だ。
自分のこの卑劣さと醜さだ。
穢れがうつることはない。
だけど今紛れもなく、目の前の聖女を穢したのは自分だ。
その事実がアレスの胸を鋭く抉った。
「…手を、離して。これを、解いて。逃げないから」
小さく、そう口にしたのは、自分の下に居るセレナだった。
もはや自棄にもなるその心の内で、彼女の頼みを聞き入れる。
セレナの腕を縛っていた布を解くと、赤く擦り切れた痣が痛々しく映り、思わずアレスは目を逸らした。
短気で直情的で粗野な性格の目立つアレスだが、こんな乱暴をしたのは初めてだ。
本来ならば守る側である為に、アレスは自ら剣をとったのだから。
だけどこの瞬間に、アレスが今まで信じてきたものが、すべて微塵に砕け散る。
そうだ、あの日から。
自分の愚かさ故に、友を失ったあの日から。
そんな資格自分にはなかったのだ。
打ちのめされるアレスの心など、セレナは知らない。関係ない。
ようやく解放された腕をゆっくりとシーツにつき、上半身を持ち上げる。
ずっと痛みと恐怖に固くしていた体はそうすぐには思うように動かない。
だけどゆっくりと体に酸素を取り入れて、体に巡らせるように呼吸する。
アレスのものはまだ中に入ったまま。そして先ほど放たれたその欲から、自分に呪いが移ってくるのを感じていた。
そうすると嫌でもセレナの体は反応してしまう。アレスの体に、その痣に。
半ば強制的に体の奥から熱が引きずり出されて欲情し、そんな自分に唇を噛んだ。
一度果てたその後から、アレスの殺気はみるみるうちに消えていった。
彼が激情的に自分を抱いたのは明らかだった。何かしら理由があったのだろう。はじめから、傷ついた顔をしていた。
だけど。
セレナはゆっくりと、腰をひく。アレスのものを引き抜く為に動いたのだと察したアレスは、咄嗟にその腰を抑えて留めようとしたけれど、一瞬の間を置き手を離した。
葛藤は見てとれる。だけどアレスにこれ以上無理強いの意思は感じない。
だからこそセレナは、途中まで引き抜いた腰を、今度は自分から押し付けた。アレスのものを自分の内に、再び押し込めるように。
「…! っく、な…にを…!」
その突然の刺激に、アレスが呻いて腰を震わせた。
セレナの内側でアレスのものが、途端に固く膨れ上がる。
それを受け容れるように、セレナの中からも蜜が溢れるのを感じた。先にアレスが放った液体と、混ざって卑猥な音をたてる。
セレナは唇を噛みしめながら自ら腰を押し付けて、そうしてアレスを高みへと導く。不慣れなその律動に、だけど余計に煽られる。
その行動にアレスは混乱しながらも、自分から腰を振ることだけは必死に堪えた。
彼女の意図は分からないが、これ以上自分から何かすることは憚られた。ただ彼女から与えられる快楽に、罪悪感との間で揺れながら必死に息を詰める。
それでも最後の予兆を感じた時は、堪えきれずにその腰を抑えて一番奥へと打ち付けていた。
その小さな体を後ろから抱き締めて、どくどくと吐き出される欲の果て。
喉が、腰が、瞼の裏が。弾けるように震え続ける。
彼女の締め付ける内側に、初めて返されたその反応に。
更に腰を押し付けて、アレスは小さくまた果てる。セレナの背中に顔を埋めながら。
荒い呼吸だけが響く静寂を、先に破ったのはセレナだった。
「…離して」
その声の冷やかさに、びくりと体が反応し、ようやくセレナの中から自身を引き抜く。
混ざり合った互いの液体が糸をひいて、シーツに滴り落ちて滲みを作った。アレスのものはまだ、物欲しげなまま。
セレナは身を起こしてアレスと対峙した。その顔からは既にベールは脱げ落ちている。
さらりと流れるその黒髪は、エレナとは対照的だとぼんやり思う。
天窓から差し込む月明かりだけに晒されたその顔と、アレスは初めて向き合った。
自分が傷つけた相手と真正面から。
それからセレナが自分の襟元のシャツを両手で掴んで力いっぱい引き寄せる。
情事の後で油断していたとはいえ、本来ならその手を払うこともアレスにはできた。だけどそれはしなかった。殴られて当然だと思っていたからだ。
されるがままに差し出した自分の身に、セレナが顔を近づけて、それから唇が押し付けられた。自分の唇に。
その予想外の行動に、アレスは思わず目を瞠る。
勢いあまってがちりと歯がぶつかって、一瞬離れたそれがまた思い切り押し付けられて、それから唇を思い切り噛まれた。
唇の端に、血が滲む。吐息に絡む鉄の味。自分のではない。セレナのだ。
彼女の口にも血が滲んでいる。おそらく自分の凌辱に耐えていた時のもの。
眩暈が、した。
真正面から自分を睨みつける強い視線。目が離せなかった。
「わたしは、あなたの呪いもあなた自身も。これっぽっちもこわくない。だけど」
ぐいと、その唇が乱暴に拭われる。触れたことを消し去るように、近くで見つめ合ったまま。
「あなたとは、もう二度と会わない」
明らかな軽蔑と拒絶に濡れた瞳。
彼女が自分の責務を果たしたことを宣言し、そして「出て行って」と最後に言ったきりもう自分のことは見なかった。
言われるがまま、乱れた身なりを整えるのもそこそこにベッドから下りて扉へと向かう。
振り返ろうと一瞬だけ止まった足は、だけどそれはかなわなかった。
扉の閉まる音だけが、やけにアレスの心に響いた。
まるで何かが抜け落ちたように、これまであったものを失ったかのように、空虚に感じるこの体。
そこに彼女の残した痛みだけが降り積もる。
そっと拭った指先に赤い血の跡。
知らず流れた涙がそこに滲んだ。
それから彼女に謝ることも許されないまま、アレスはイリオスからセレナとの一切の接触を禁じられた。
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