夜伽聖女と呪われた王子たち

藤原いつか

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第五章

遠雷①

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 離れようとしたその頭の後ろに手をまわし、セレナの頬から耳元にもう片方の手を滑り込ませる。
 その手に気付いたセレナが咄嗟に身をひくよりも、ゼノスがその唇にかぶりつくほうがはやかった。

 触れて、一瞬だけ離れてまた確かめるように唇を合わせる。
 その度に心臓が痛いくらいに早鐘を打つ。
 きっと自分の胸元に手を置くセレナにもそれは伝わっているだろう。
 こんな痛みは初めてだった。
 すべての感覚が遠くなって、ただ目の前の感触だけにゼノスは耽る。

 押し付けられる唇に、セレナが戸惑い躊躇する気配がゼノスにも伝わった。
 だけどわかっているはずだ。もうどんなに拒否しても意味などない。
 ゆるしたのは、彼女のほうだ。例えそれが本意ではなくとも。
 それに付け込む自分すらもゼノスは冷静に受け止めた。

「…っ、ゼ…っ」

 角度を変える合間にセレナが発した言葉ごと、また絡め取られて封じ込められる。
 その隙間を逃さないように、ゼノスの舌がセレナの咥内にはいりこみそのすべてを舌先で侵す。
 頬の裏の柔らかな部分も綺麗に並んだ歯の裏側もそれからようやく見つけたその舌も。

 触れただけで、まるで電流のような刺激が体中を駆け巡るのを感じた。自分の下腹部がじんと痺れて眩暈がする。たったそれだけで達しそうになる衝動を必死に堪えて捕まえた舌先を絡ませる。
 
 戸惑うばかりだったセレナからは未だ逃げようとする素振りが伺えて、だけど小さく反応を返すその体はすべてを拒否しているようにはみえない。
 だからゼノスは思う存分その舌を味わい尽くした。口の端から溢れる涎はもうどちらかのとも判らない。ただすべて、ゼノスが受け止めて呑み込むだけ。

 その息苦しさにセレナが思わずゼノスの肩を叩いた。それを受けて僅かに唇を離して酸素を与える隙間を与える。だけど唇の輪郭をなぞるゼノスの舌先は、決して離れようとはしない。
 それからぐいとその体を引き寄せて、セレナを自身の上で抱きすくめる。ベッドがふたり分の重さで大きく軋んだ。

「まって、ゼノス…っ、体、は…平気なの…?」
「…こんな時まで、おれの気遣いですか。セレナの優しさは…おれには過ぎます」

 それからセレナを自分の上で抱いたまま上半身を起こし、片方の腕でセレナを捕えたまま重たいローブを自ら脱ぎ捨てる。
 ローブが無いだけで伝わる体温がこんなにも違うとは。ゼノスは内心驚いて、更に隙間を埋めるようにセレナを抱き締めた。

 ようやく離された境界でセレナは肩で息をしながらくたりとゼノスにその身を預けていた。
 無防備もいいところだ。だけどそれが知らず嬉しくて、その首筋に鼻先を埋める。
 あの甘い香りが、また。自分を煽る。セレナの体重の乗ったそこが、痛いくらいに。

「…こうしていれば、おれは…痛みなんて、感じません。あなたが代わりに、別のものを与えてくれるから…」

 触れている部分も触れていない部分も。体中が熱をもったように熱い。
 ざわざわと掻き立てられる。彼女が欲しいと自分の心と体全部が向かう。

 そっとワンピースの裾を捲り上げるゼノスにセレナはびくりと体を揺らした。
 だけど抵抗も拒絶も返さないセレナの、その心の内はゼノスには分からない。
 自分の訪問を受け入れた時点で、そうなることは彼女も了承しているのだろう。自分の責務として、抱かれることを厭わずに。
 その体を自分たちに差し出すのだろう。

 ゼノスの手の平が汗ばんだセレナの素肌をなぞり、それからその肌を上へと滑る。自然とセレナの腰が浮いて、咄嗟にセレナがゼノスの頭を抱きすくめた。
 ゼノスの顔が今度は胸元に埋められ、その柔らかさとその香りに酔いそうだった。だけどすぐに僅かに離されて、名残惜しさで顔を上げた。そこにはセレナの戸惑いながらも迷いを捨てた表情《かお》があった。

「ま、待って、ゼノス」

 ようやく動いたセレナの手が、ふたりの体の間でかさむスカートの裾を自ら持ち上げた。その様子に思わずゼノスは目を瞠った。
 その中身までは見えない。だけどおそらく邪魔にならないように、もしくは汚れないように。
 行為を自ら促すそれに、ゼノスは無意識の内に自分のズボンに手をかけ自らのものを取り出していた。

 外気に触れて僅かに震え、それでも屹立する自分のものの先から涎が垂れている。自分の心の内を正しく表すように。
 そこにセレナが自ら腰を押し付けて、最後に残る薄い布越しに触れ合った。
 思わず喉の奥で息を詰める。体の芯が、知らず震えた。

 それでも僅かにまだ、残る理性。
 それをも捨てたら自分は、きっと人ですらなくなる気がした。

「…嫌なら、嫌と…言ってください、セレナ。せめて、その心を…おれは、知りたい」

 おそらくなけなしの理性だった。本当にぎりぎりの部分で、セレナの心を知りたいと思った。
 引き返せないところまで来ているのに、もう止められるはずもないのに。
 それでもその答えで自分の心も決まる。その為には知らなければいけないと思ったのだ。
 
 荒い息で必死に自分を押し留めるゼノスに、セレナの息も知らず上がっていた。自分の内にある彼の痣が、彼を求めて体を這いまわるように、触れられていない部分すらも熱くて仕方ない。
 それからゼノスの自分を想う気持ちに胸が痛んだ。
 最初からずっとゼノスは、セレナの心と体を気遣って、時にはその欲に溺れながらでも、決してセレナを傷つけることはしない人だった。

 ここまできて彼がおそれているのが、体を繋げることでセレナを傷つけることなのか、それともその関係が確かなものになることなのか、セレナには分からない。
 だけど必死に抗おうとするその姿が、その心が。
 嬉しかった。だから彼をぜんぶ受け入れると決めた。

「言ったら、やめられるの? …今さら」

 言って片方の手で、ゼノスのものを撫で上げる。
 ゼノスが小さく喘いでかぶりを振り、涙目でセレナを見上げて睨んだ。
 触れたままだったそこにどちらとも分らない蜜が絡んで、濡れた音が互いの耳にもやけに響く。

 そんな顔で怒られても怖くない。だってここはこんなに、素直なのに。
 それでもお互いのこの熱は、欲は。本心ではないのだ。
 互いの体に宿る呪いが煽るだけ。本来ならあるはずの、心の関係を通り越して。体だけがただ引きずり出される本能のままに求め合うだけ。

 だから、セレナは。
 この行為に関する愛とか情は感じられないのが本音だった。けっきょく最後は自分も欲に溺れてしまうだけだから。
 どんなに相手の深いところに触れた気になっても、心ばかりが離れていく気がしていた。
 そうして居なくなった、ノヴァのように。

 ゼノスとも、いずれ。終わるのだろうか。
 そう思うと寂しくもある。彼から向けられるひたむきさはセレナには毒みたいに甘い熱を孕んでいた。その熱に救われたのも事実だ。

 だからこそゼノスが自分を思う心も、素直には受け止められない。
 きっと、この体が呪いを継いだ瞬間から。そういう風になってしまったんだと、セレナは思う。
 
 それが呪われた王子たちと夜伽聖女である自分たちの間に介在する呪いだ。
 繋いだのは体だけで絆なんか最初からない。
 だけど体の一番深い部分で、心がいやでも触れ合ってしまうから。曝け出されてしまうから。
 特別だと思ってしまうだけ。
 いつかは終わる関係なのに。

「…やめないで、ゼノス。わたしを思ってくれるなら…やめなくて良い。わたしは、傷つかないよ」

 小さな虚勢。それが真実ほんとうのすべてではない。
 それでも自分が強く在る為には必要だった。
 そしてそれが紛れもない本心でもある。

 傷つかない。
 もう十分傷ついたから。
 あとは自分で、探しに行く。

 ゼノスと目を合わせたまま、セレナはゆっくりと腰を揺らした。それからゼノスのものに触れてた手を自分の入口に自ら宛がって、最後の布を指先で僅かにずらす。
 直接触れたその刺激に、互いの熱が同調シンクロした。
 喉の奥で声にもならない声を上げて、ゼノスがとっさにセレナの腰を掴む。
 拒む為か促す為か。それすらもう分からないで泣きだす彼の涙を舐めとりながら、セレナはゆっくりと深く腰を沈めた。

「…ッ、ぁ……っ!」

 ぴったりと、一番奥まで行き当たって。それから自分の体重で更に押し付けられる最奥の快楽に喉が震える。
 ぶるぶると、小刻みに震えるカラダ。ゼノスがセレナの体をきつく抱く。かたく目を瞑り一瞬の果てに耐えながら。

 ゆっくりとセレナの内側に、彼の放ったものが染み込む。呪いと快楽を引き連れて。
 それからゼノスが顔を上げ、息を深く吸いながらもう濡れてはいない瞳《め》でセレナを見つめた。

「…けっきょく、答えは…くれないんですね」
「…知らなくて良いことも、あると思うから」

 そっと近づけられる顔を、セレナは拒むことはしなかった。
 もう拒んでも無駄だと知ったから。けっきょく自分から、触れてしまったから。
 その唇が自分を慰めるのを、拒めるはずなどなかったのだ。

「…それなら、おれは」

 触れると思った唇は、セレナの細い顎から輪郭をなぞるように舐め上げて、耳の内側まで余さず濡らす。
 快楽を繋いだままの、そのぬるく柔らかな愛撫がただ心地良かった。うっとりと瞼を閉じるセレナに、突然腰を揺らしたのはゼノスの方から。
 自分のなかにはいったままだったそれが、質量を増してかたくなっていく。微睡んでいた意識が一瞬で、また快楽に突き上げられた。

「…ッ、あ、ゼノ、ス…っ」

 セレナの頭の後ろにゼノスの手が添えられて、今度こそ唇が合わさる。もう片方の手はしっかりとセレナの腰を押えていた。
 それから舌先が触れた瞬間に、弾けるような刺激が背中を駆け上がる。
 咄嗟に逃げるもすぐに捕まって吸い上げられると、セレナの中がゼノスを更に締め上げた。
 その反応にゼノスは一瞬顔を歪めるも、動きを止めることはない。
 ベッドが軋んで汗が散って、濡れた音と空気が部屋いっぱいに満ちていく。 

 不思議だ。さっきまで一緒に、震えていたはずなのに。
 いつの間にか余裕がないのはセレナだけになっていた。

 触れた唇を離さないまま、ゼノスが動きを止めることはない。既に快楽に翻弄されるセレナに、その瞳に宿る熱の色は気付けなかった。その肌に蠢く呪いの痣がゆっくりとひいて、本来のゼノスの肌が少しずつ晒されるのも。

「それならおれは、この先傷つけるのも傷つくのも…あなたひとりだけにします」

 自分を傷つけることはないと思っていた聖女セレナが、自分には傷つけることのできない場所に居ると知った。そこに自分の手は、想いは届かない。

 傷つけたくないと思っていた。傷つきたくないと思っていた。
 だけどそれでは手に入らないのなら。
 そんなにも自分の想いを、信用できないというのなら。

「いつかあなたが、聖女でなくなっても…ここから、居なくなっても」

 高みへと追いやられるセレナの耳に、そのすべては届かない。
 それでも良いとゼノスは思った。聞こえていたとしても、きっとまたセレナは答えを濁すだけ。
 自分の内だけに刻んだ決意をゼノスはぎゅっと噛みしめる。セレナを強く抱きながら。

 欲に溺れるその嬌声すらもゼノスを煽る。さっきからもうずっと繰り返すセレナのなかの収縮に、ゼノスの方が先に達しそうだった。だけど必死に堪えて彼女を導く。

 焦がれて、とうとう、繋がったのに。
 繋がっているのは体だけなのだと思い知らされた。
 自分を受け容れて応える体とは違い、セレナの心は閉ざされたまま。

 だけどその事実にどこか安堵する自分も居た。
 セレナが誰を選ぶつもりもないと知ったからだ。
 少なくともセレナが聖女として夜伽をする間は、誰のものにもならない。
 きっと彼女の心がそれをゆるさないのだろう。

 ――それなら、自分は。

「あ、ま…っ、ゼノス、も…ぅ…っ」

 その小さな体が必死に自分に縋る。いっそこの瞬間が永遠に続けば良いのにとすら思った。
 自分のものを締め上げて、彼女《セレナ》の果てが近いことを伝える。何故だか胸が痛くなった。
 ゼノスは再び深くセレナに口づける。その瞬間だけでも、境界がなくなるように祈りながら。

 それからセレナが高く喘いで、その悲鳴をゼノスが受け止めた。
 それまでと比べものにならないくらいのセレナの内の収縮に、ゼノスは耐えることもかなわなかった。
 きつく瞑った瞼の裏でそれが弾け、一番奥の深いところに自分が呑み込まれていく錯覚に身を委ねる。

 ふたり、同時に、果てる。
 だけど同じ場所にはいけない。
 こんなにも近くで同じ熱を共有しているのに。
 一緒にいくことは、かなわない。

 
 自分が呪われた王子である限り。

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