夜伽聖女と呪われた王子たち

藤原いつか

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第五章

遠雷②

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 僅かに飛んでいた意識をセレナが引き戻すと、ひとりベッドの上で横たえられていた。
 うっすらと視界に映るのはベッドの天井。その視線を下ろしてあたりを見渡す。
 隣りに居ると思っていたゼノスの姿はそこにはない。

「…ゼノス…?」

 急に不安になって体を起こすと、水の瓶を持ってこちらにやってくるゼノスと目が合った。その姿に、無意識にセレナは胸を撫で下ろす。
 自分が寝ている間に誰かに居なくなられるということが、セレナにとって心に影を落としていた。セレナ自身も気付かず鈍く。
 ひとりで眠るよりもふたりだった記憶で意識を手離すことのほうが、今のセレナにとっては不安で仕方なかった。

 不安そうに自分の名前を呼ぶセレナに、不謹慎ながらゼノスは嬉しそうな笑みを浮かべてそっとベッドに腰掛ける。目覚めて一番に名前を呼ばれたことに、ゼノスは堪えきれない喜びがこみ上げてしまったので仕方ない。ギシリとベッドを鳴らしながら、その距離を詰める。

「すいません、水をとってきたんです。喉、乾きませんか?」
「…かわいた、かも」

 まだどこかぼうっとしたまま、それでも素直に返事するセレナにゼノスはまた嬉しそうに笑う。
 セレナはそんなゼノスをまっすぐ見つめた。蝋燭の明かりから隠された天蓋付きのベッドの中は、まるで世界にふたりきりの空間だ。

 不思議とどこか彼の雰囲気が軽くなった気がする。根拠も理由もないけれど、その姿の所為だろうか。
 最初に会った時の重たい恰好が嘘みたいに今は薄着一枚身につけて、その顔も肌も仄暗い明かりの下に晒されている。
 ゼノスの肌を、呪いを直接見るのは初めてだった。
 呪いの痣はそれでもまだ体の半分以上を覆っていた。

 体勢を直して、乱れた髪を手櫛でおさえる。一応ルミナスに纏めてもらった髪はもう原形を留めていない。ゼノスがその様子を静かに見つめていた。
 そういえば、自分で適当に切った不揃いの髪はまだちゃんと切り揃えていない。だから纏めてもらっていたのに。
 だけど今さらだとどこかセレナも吹っ切れた気持ちで髪を解いて後ろに流した。

 それからゼノスが瓶にそのまま口づけあおり、指先で口元を拭ってセレナに顔を寄せる。つい先ほどの情事の余韻がまだ残る頭に拒絶の文字は浮かばない。セレナはそれを受け容れ自ら口を開いてゼノスの流し込む水を飲み干した。ゼノスの唇がそっと離れる。
 外はまだ深い闇の中。遠くで雷の音が聞こえた気がした。

「…もう、駄目だとは…言わないんですね」
「…駄目って言うと、逆効果に思えてきて」
「当たってます。でももうなにも、効きませんけど」

 それは自分の主張はまる無視だということか。
 静かに憤慨するセレナに、ゼノスはまた水の瓶を煽る。そっとセレナに触れる手はまるで、大切なものに触れるように優しい。さんざん触れ合っていたのに。それでもまだゼノスは、セレナに触れる時にひとかけらの躊躇を見せる。
 受け入れるセレナの口に今度はゼノスの舌も滑りこんだ。ぴくりとセレナの肩が揺れて、静まりかけていた熱がまたぶり返すのを感じる。

 わざと水音をたてて咥内を舐め回すゼノスは、ついさっきまで泣いていた人物とはまるで違うひとみたいだ。
 とっくに乾きは癒えたはずなのに、それでもセレナの口の中はゼノスの流し込む唾液で溢れかえる。それに溺れるセレナをゼノスは薄く開けた琥珀色の瞳でしっかりと見つめていた。

 お腹の奥がいやでも疼く。さっき達したばかりなのに、あっという間にまた体が反応してしまう。
 なのに、だから。拒むことはもうできない。
 
「…セレナは決して、本当のことは言ってくれないから…おれも自分で、選ぶことにします」

 言ってゼノスのその手がセレナの服の胸元の留め具を外し、肌に直接触れた。びくりと体が大げさに反応し、咄嗟にセレナがその手を制止する。

「ま、待って…! あ、明かりは…消して欲しい。…見られたく、ない」

 自分の体には、これまで継いだ呪いの痣がある。それはもとの持ち主に反応して体を動くので、情事の合間に見られる可能性もあった。触れて欲しいところに、相手を導くように肌を滑るのだ。
 でもせめて暗闇なら、少しは紛らせることもできるはず。服を脱がないという選択肢もあるけれど、自分の為にルミナスが用意してくれた服をあまり汚したくないのも本音だ。

 ゼノスは手を止めセレナの頼みに一瞬だけ思案した後、理由を訊いていた。
 答えたくないならそれでも構わない。
 ゼノス自身も潔癖なまでにその肌を隠して人目を避けて生活してきた身だ。セレナ以外において、自ら肌を触らせた相手は殆どいない。
 単純にセレナのことが知りたいと、それだけの思いだった。

 セレナは暫く逡巡し、それから口を開く。
 
「…わたしが、別の世界から召喚されたってことは、ゼノスたちも知ってるんだよね…?」
「…はい、そう聞いています」
「もとの世界ではね、わたし…生まれつきの病気で、ずっと手術を繰り返してた。その、痕が…今でも体に、残ってる」
「…! 病気、だったんですか…今は、大丈夫なんですか…?」
「それがね、どうしてかは分からないんだけど、こっちの世界に来てから嘘みたいに楽になったの。前はまともに動けもしなかったのに。ほんと不思議な巡り合わせだよね」

 本音とは別の部分で心を隠しながら、それでもその理由は嘘ではなかった。
 だから夜伽の際にはできるだけ触れず、肌を晒さず。終えられれば良いと思ってきたのだけれど。
 あまりその決意は守られていない。もはや守れる自信もない。
 いずれ本当に隠したかった心も、暴かれるような気がしていた。
 だけどその時自分がどうなっているのかは、今のセレナには分からない。

「だけど、傷痕は消えないし消せない。わたしがわたしである証だから、消せないのは良いんだけど…だけど、やっぱり。あまり見られたくないものなの」

 セレナから語られる事実にゼノスは思わず言葉を詰まらせていた。
 自分たちとは違う。だけど。
 彼女がずっと何かと戦い苦しみながら生きてきたことがセレナの様子から伺えた。

 そうして今度は身勝手にばれたこの世界で、自分たちの為にその身に犠牲を強いられている。
 巡り合わせと彼女は言うけれど。
 自分はそれを素直に受け止めることはできない。

 ゼノスはそっと、目の前のセレナの手をとった。セレナもひかれるようにその視線を合わせる。

「もとの世界に帰らない理由は、それですか…?」
「…うん、そう。もとの世界に帰ったとしても、わたしにはきっと残された時間も自由もない。だからわたしはこの世界にばれたことには、感謝してる。この世界でなら、自由に生きられるから」

 その瞳に嘘はない。まっすぐ向けられるのは、きっとセレナの本心だろう。
 なのに何故か。すべてではないとゼノスは感じた。
 彼女はまだ大事なことを隠している。自分には言えない、言わないことを。

「…わかりました。今日は、もう。やめておきましょう」

 そっとセレナから手を離し、自分で解いたセレナの胸元を整える。
 ゼノスの行動にセレナは目を丸くして、それから怒ったような表情かおでゼノスを睨んだ。

「どうして? さっきまでまだ、する気満々だったじゃない」
「…もう今日は、充分だからです。また、折を見て伺います」
「表で大事な行事があるんでしょう? 少しでも呪いの痣と苦痛を、減らした方が良いんじゃないの?」

 セレナの言葉にゼノスは動きを止めた。
 おそらく、情報源はルミナスだろう。セレナに知られたくなかったわけではない。
 だけど自分がセレナを利用する為にこの部屋を訪れたその真意を見透かされて胸がざわついたのも事実だった。

 確かにそうだ。それもある。
 普段殆ど王子としての責務を果たせない自分の、与えられた貴重な場。苦痛があろうと姿を偽ろうと、無理をしてでも出席しないわけにはいかない。
 だから急ぎセレナに訪問を取り付けこの部屋に来たのだ。紛れもなく夜伽を、責務を彼女に押し付ける為に。
 だけどそれだけではないのだと、今口にしても伝わらない気がした。

「…祭事には、出ます。一日ぐらいなら無理をすれば、呪いを抑えることは可能です。だから、もう」

 触れていた熱が、遠ざかる。
 セレナとは目を合わせずに距離をとったゼノスを、セレナはゆるさなかった。
 
「同情したの? それとも憐み? どの世界に居ても奪われるだけのわたしを、可哀そうだとでも思った?」
「ち、違います、だけど、もう…!」
「違わない、わたしだってそう思う。でも、だったら…! わたしにも与えてくれたって、良いでしょう…?!」

 セレナの叫びに目を丸くして気圧されるゼノスを、セレナは無理やり押し倒した。
 ゼノスの上に馬乗りになって、今度は自ら胸元を解く。見下ろされるその瞳に、ゼノスは思わず唾を呑んだ。
 ごくりと喉を鳴らしたのは、恐怖からか期待からかはもはや自分でも分からない。

「セ、セレナ…!」
「蝋燭の明かりを消して。ゼノスならできるでしょう」

 その迫力にたじろぐも、ゼノスはなんとか首を振って拒否の意を示す。
 そんなゼノスにセレナは僅かに自分の位置をずらした。お腹の上から、足の方へ。それからゼノスの脚の間へと自分の体を落ち着けて、そこからまたゼノスを見つめる。
 その意図に気付いてゼノスは思わず声を上げた。

「…! セレナ!」

 そっと、両手で。ズボンの上からゼノスのものを撫で上げる。ゼノスは咄嗟に息を詰めるも、腰がぶるりと震えていた。一瞬で血と熱が駆け上がる。
 セレナは躊躇なくズボンを下ろし、ゼノスのものを取り出す。突然の外気に震えるそれを両手で包んで、そっと自分の唇を寄せた。まだ、触れるだけ。それでもその吐息が掠めるだけでも十分な刺激になる。

「…明かりを、消して」
「セレナ、やめ…、」

 つ、と。舌先がゼノスの側面を舐める。
 その光景と感触にびくりと体が大きく揺れ、じんと腰の奥が痺れた。
 それに気付いて必死に抑えるも、もうゼノスのものはそれ以上を求めてかたく膨れ上がっている。
 そっと添えられるだけの手の平も、ただ辿るだけの愛撫ももどかしくで、まるで拷問みたいだった。思わず歯をきつく食いしばる。

「ゼノス、消して…?」

 触れたままセレナは優しく命令して、それからその先端をちゅう、と軽く吸った。目はこちらを見つめたまま。
 その光景に身震いして喉が震えて。口の中が唾液で溢れる。力がもう上手くはいらずに、口の端からそれは零れた。
 
 足りない、それじゃあ。もどかしくて苦しい。

「セレナ、待って、ください…も、う」
「…ゼノスも。本当のことを、言わないよね」

 ゆっくりと、上下に動き出すその小さな手。唾液を絡ませて滑るその水音が、ゼノスの耳まで侵していく。
 息が上がって呼吸に合せてゼノスのものもどくどくと脈打つ。
 心臓が痛い。痛くて堪らない。なのに痺れるように甘くて愛しい。

 どうして、セレナは。それを望むのか。自分の身を差し出すのか。
 ゼノスには分からない。だから余計に胸が痛んだ。

「じゃあ、もう、終わりにする? ゼノスが望むように」

 言って残酷に微笑むセレナに、思わずゼノスは首を振っていた。
 かたくシーツを握りしめ、目尻には涙が滲んでいる。理性と色欲の葛藤に、勝てる者はそういない。

 それからきつく目を閉じたのと同時に、蝋燭の明かりが消え部屋は暗闇に包まれた。
 セレナに負けたゼノスが魔法で火を消したのだ。

 今夜は月も出ていない。
 その暗闇の中でゼノスのものが、濡れた温かいものに呑み込まれる。
 セレナに食べられたのだと、悟り。
 待ち望んだその快楽にゼノスはとうとう身を委ねた。

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