戦国転生・内政英雄譚 ― 豊臣秀長の息子として天下を創る

丸三(まるぞう)

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第一章 秀長の子

第12話 但馬の支配と息子の評価

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天正8年(1580年)9月 但馬・竹田城  羽柴秀長



竹田城の朝は、霧から始まる。

谷を埋める白い靄が石垣を撫で、城と山の境を曖昧にする。
播磨とも近江とも違う、荒く乾いた土地の匂いが、秋の風に混じっていた。

羽柴秀長は高櫓から城下を見下ろしていた。

村の屋根。
畑の畝。
曲がりくねった街道。

どれも、数年前まで敵の国だった土地だ。

(取るのは容易い)
(治めるのは、骨が折れる)
秀長は自嘲気味に息を吐いた。

国衆たちは従っている。
表向きは。
だが、それは忠義ではない。
利と恐れの釣り合いに過ぎぬ。

「殿」

桑山重晴が声をかける。
「今朝の評定、国衆が全員そろっております」
「皆の顔色は?」
「硬いままですな」
秀長は頷いた。
「それは仕方がない」
「彼らは私ではなく、“支配者”に従っているだけでしょう」
「私を信用する理由は、まだありません」

桑山が言う。
「ですが、殿の采配で村は静まっております」
「年貢も、思ったより遅れていません」

秀長は小さく笑った。
「それは、彼らが賢いからです」
「従った方が得だと分かっている」

だがそれで十分だ、と秀長は思う。
理想など持たぬ。
この時代、国は“持ちこたえれば勝ち”だ。

そのとき、使者が文を持ってきた。
2通

差出人は一つが小堀正次。もう一つはお初から。
大事が出来したか… 秀長は不安な思いを押し殺してその場で開いた。
まずは小堀の文から。

国衆・町方とも大きな乱れなし。
羽田とともに、検地帳と年貢割付の整理を進めております。
竹若様は、毎日政所へ顔を出し、帳面を覗いておられます。

秀長の口元が、わずかに緩む。

(あの子は……)

思い出すのは、畳の上で正座し、黙って大人の会話を聞いていた小さな背中だ。

政に口を出すわけでもない。
指図をするわけでもない。
ただ、見ている。

ある日、ふとこう言った。
「父上、同じ話を三人に聞くのは、疲れませんか」
「帳面を一つにまとめたら、早いと思います」

それだけだ。
秀長はその時、笑って頭を撫でた。
「お前は、変なところを見るな」

だが内心では思った。
(……確かに、そうだ)

自分がやっていることを、子供の言葉が“軽く”照らし出した。
正しいかどうかではない。
楽になるかどうか。


秀長は、文の続きに目を通した。

城下において俄かに米不足の噂が広まり、利に聡い商人や米問屋が売り惜しみ、市で米が品薄に。
それが米不足に真実味を与え、市が動揺。
すぐさま蔵の米を御蔵米として相場より安く放出。
民の動揺を押さえるとともに、問屋どもの溜め込みを阻止。
市の様子も通常に戻っております。

秀長は細めていた目を開き安堵のため息をついた。
流石は我が奉行衆、見事な手並み。
事もないように書いているが、素早い察知と情報の整理、必要な措置の実施が真に円滑だ。

しかし、その続きがある

市の様子を見分し、帳簿で蔵の米の量を把握して、値を決め、蔵を開放するよう提案したのは若様…..


「なっ! 竹若が?」
(小堀や羽田ではなく、竹若の発案だと?)

桑山が怪訝そうに見る。
「何か、問題でも」
「問題はない…いや、問題なのかもしれぬ」
驚きと呆れが合さったような表情をしながら珍しく不思議な言葉を発する主を、桑山が不思議そうに見る。

「まぁ読んでみよ」
「宜しいので?」
「構わん」

桑山は手渡された文に目を通していくうちに、次第に表情が変わってくる。
「いやはや、とんでもありませんな。若殿は。」
「まるで殿の差配を見ているようです。若殿の年齢を鑑みると天性のものなのでしょう…. 」
「いつしか高虎が麒麟児と評しておりましたが、誠にそのようですな」

「正次殿の身内贔屓が入っているという可能性もあるが」
秀長は照れ隠しにぼそっとつぶやいた。

「いや、それはございませぬ。小堀殿に限って情で評価が濁ることはありませぬ」
「まぁ、甥が可愛いというのは事実でしょうが」
桑山は主の照れ隠しに気付き、笑いながら答えた。

「わしがあれくらいの歳の時は、鼻を垂らして田畑をかけずり回っておったが。改めて思うが、あの子は普通ではないな。知、思考、発想が群を抜いておる。」
「天が、我ら羽柴にくださった、まさに宝だな」
秀長はそういうと、櫓の外に広がる青空を見やった。
「健やかに育ってほしいものよ」


(そうすると、お初からの文もこのことであろう)

秀長はそう確信すると、もう一つの文をそっと懐にしまった。


評定の刻が来た。
国衆たちが並ぶ。
疑い、警戒、計算。

秀長はそれを承知の上で、静かに語る。

「今までの決まりは変えません」
「急な年貢増も、軍役の増加もありません」
「約束したことだけを守ってください」
「私も守ります」

誰かが問う。
「それだけで、よいのか」
「十分です」

秀長は即答した。

「この国を荒らさないこと」
「それが、互いの利益です」

それ以上の言葉は要らなかった。
人は、信用より損得で動く。
秀長はそれを責めない。


夜。

灯の下で文を開く。
お初からの文だ。

 長浜で米が上がったこと。
 市が荒れそうになったこと。
 俊政がよく動いたこと。
 蔵の米で静めたこと。
  ――竹若は、元気です。

(隠さずともよいものを。)
(いや、お初は、竹若が目立つことを恐れている… か)
(竹若は元気…か。子供らしく健やかに母の元で育ってほしい、そういうことか)
秀長は、お初の母としての思いを汲み取り、目を静かにつむった。

(あの子は何を考え、何を成そうとしているのか)
(天は何のためにあの子を遣わしてくれたのか)

「余計なことを考えるな」
「あの子はわしの子だ」

「……お前は、好きに育て」

誰にともなく、そう呟いた。

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