戦国転生・内政英雄譚 ― 豊臣秀長の息子として天下を創る

丸三(まるぞう)

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第一章 秀長の子

第18話 文治派の首領(石田三成) その1

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天正9年(1581年)2月 竹若


石田三成という男を、私は史実の中でよく知っている。

長浜で見い出され、豊臣政権の中枢を担い、算用と兵站と法度を整え、誰よりも「国を動かす数字」を理解していた男。武将ではなく、剣豪でもなく、だが天下の骨格を作った実務家。

ーその能力は疑いようがない

だが同時に、その名は「嫌われ者」としても記される。

 傲慢。融通が利かない。
 人の顔を立てない。
 武功を誇る者の心を理解せず、帳面と理屈だけで人を裁いた。

結果、武断派から憎まれ、孤立し、やがて関ヶ原で敗れる。

彼の敗北は、能力の不足ではない。
性格の欠陥だ。

 人の誇りを理解しない。
 戦で生きてきた者の自尊心を計算に入れない。

それが、取り返しのつかない亀裂を生んだ。
武断派がいなければ、秀吉の天下は存在しない。
三成ほどの男が、それを理解できなかったのは、悲劇としか言いようがない。

 だから私は決めている。

 三成を変えることはできない。
 あれは性格だ。矯正は不可能だ。

ならば――
彼を孤立させない。

武断と文治の間に立ち、衝突を受け止める存在になる。
いずれ主として、彼を政の場に立たせ続ける。

その役目を負うのは、私だ。
これは、未来の話。
その男は今、まだ二十一歳の無名の中堅奉行にすぎない。


天正9年(1581年)2月  石田三成
播磨方面の陣所で、三成は帳面の上に指を滑らせていた。

 米の入出。
 薪の手配。
 人足の損耗。
 荷駄の破損。
 村々の焼け跡。

武将たちが語るのは戦功と首と恩賞だ。
勝ち負けの話は、一晩で盛り上がり、一晩で消える。
だが、三成の帳面に残るのは「戦の後」ばかりだった。

 戦は一日で終わる。
 暮らしを創るのは十年かかる。

そういう数字が並ぶ。

その日、三成は近江・長浜へ戻る命を受けた。
戦線が膠着する中、今のうちに、長浜に行き資金や米・武具など補給の摺り合わせをしてこい、との秀吉様の命であった。
が、その実は、たまには長浜への戻れという配慮であろう。
正直、播磨でやるべきことが山積みになっており、あまり気乗りしなかったが、黒田(官兵衛)殿から「本拠の状況を実際に目にし、長浜の家臣団と気脈を通じておくことも前線の奉行として必要」と諭され、そういう考え方もあるなと思い直した。

 長浜へ入ると、城下の空気は播磨と違っていた。
 戦の匂いは薄く、代わりに人と銭が動いている匂いがする。

そこにいたのが、小堀正次殿だった。
浅井旧臣の中核。秀長様の実務を支える男。
三成にとっても、近江の旧縁の延長線にいる人物だ。

「石田殿、遠路お疲れでございます」
「小堀殿、お久しゅうございます。留守を預かっていただき誠にありがたく存じます」
「いやいや前線に比べれば、長浜でのお役目など苦労は感じませぬ」

挨拶は二言程度。それほど親しげではない。
小堀殿は、父親(石田正継)と同世代であり、親と子ほど歳が離れている。
その関係でお互い遠慮がちになる。
だが、距離が遠いわけでもない。共に長浜に根を下ろしてきた家同士だ。

補給についての摺り合わせを終えた後、小堀殿がいつもの調子を崩さずに言った。
「秀長様の嫡子・竹若様を知っているか」
三成は一瞬、言葉を探した。
「……噂だけは」
「今年で7つにおなりだ」
小堀殿は続ける。
「だが、政の話をする」
「政……」
「兵の帰る村の話をする」

三成は半信半疑で小堀を見た。
子供が村の話をする?
しかも兵の帰る先――それは奉行が口にする言葉だ。
武将は勝てば終わりだと思いがちで、村の十年後など見ない。

小堀は感情を出さないまま、しかし確信だけを込めて言った。
「麒麟児、と家中では呼んでいる」

三成の胸の奥で、何かが小さく鳴った。

長浜の城内。

小堀殿の案内で通されたのは、評定のための大部屋の近くだった。
子供がいるような場でもない。
「定例の竹若様へのご報告だ。併せて、お主の紹介もしたい」

小堀殿はそう言って、襖を開けた。
そこにいたのは――子供だった。

年齢相応の背丈。だが視線が落ち着いている。
小堀殿が私を紹介する。
「隣は石田三成殿でございます。本日播磨より補給物資の摺り合わせでご帰着なさいました」
「石田三成にございます」
三成が名乗ると、目の前の子供ははっきりとした声で返した。

「羽柴竹若にございます」
畳に手をつき、礼をする動きが妙にきれいだ。
礼が終わるまで視線が泳がない。
予定外の人間が急に現れたにも関わらず、全く動揺がない。
それだけで、普通ではないと分かる。

小堀殿が帳簿を開いて、直近の出納の状況を説明する。
話自体はそれほど難しくはない。
だが、福島や加藤の両人では理解できまい。いや理解しようとしないだろう。
竹若様が黙って小堀殿の話を聞き、頷き、たまに質問を投げかけている。
その光景を見て、三成はただ驚くだけだった。

小堀殿が説明を終わったのか、帳面を閉じた。
竹若様が居住まいを正し、こちらに顔を向けられた。

少しの沈黙。
三成は、子供を相手に何を言えば良いのか分からなかった。
しかも主の一門に連なる子だ。

迷いの末に、三成は問いを投げた。
「……竹若様は、戦はお嫌いですか」

竹若は少し考えてから答えた。
「怖いです」

その答えは意外だった。
この年頃の子なら無邪気に戦を喜ぶ。
己も父のように強く、戦働きができると虚勢を張るものだ。
だが、竹若様は「怖い」という。
まるで、血肉が飛び散る戦場を見たことがあるように。身内を戦で失ったことがあるように。

「でも、必要です」
「守るためには戦わなければならないことは知っています」
「戦は必要だから行うのであって、好き嫌いでするものではないでしょう」
三成は目を細めた。
この方は戦を知っている。戦が政略の延長線上にあるということを。

三成は己の中から湧いてくる喜びを抑え、これまでと同じ声色で質問を続けた。
「では、戦において必要なことは何と思われますか」

竹若様は三成の目を刺すように見つめ、少し間をおいて答えられた。
「勝つための方策….という問いではありませんね」
「戦の始め方、終わらせ方、そして終わった後の治め方」
「これを練りに練ること....これが必要なことと思います」

竹若様はさらに続けた。
「孫子にこういう言葉があるそうです。
 兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり。察せざるべからざるなり」

「戦とは国とって最大の重大事であり、人の生死と国の存亡を決するものである。
 ゆえに徹底して慎重に検討しなければならない。という意味だと教わりました」

「もっともだと思います。戦さは国を荒らします」
「しかし、戦う以上は、勝たねばなりません」
「そして取った以上は、これまでより、良く治めねばなりません」


(その2に続く)
 

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