戦国転生・内政英雄譚 ― 豊臣秀長の息子として天下を創る

丸三(まるぞう)

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第二章 動きだす歯車

第24話 商人との出会い

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天正9年(1581年)5月下旬 近江・長浜城 竹若


春の陽は、城の庭にも等しく落ちていた。
縁側の下で、マルが何かと格闘している。

いや、格闘というほど大層なものではない。
ただの木切れだ。
だが、本人はいたって真剣だった。

前足で押さえ込み、噛みつき、振り回し、そして勢い余って自分で転ぶ。

「……」

私はしばらく黙って眺めていたが、木切れが口の奥に入りかけたのを見て、さすがに立ち上がった。
「だめだ、それは食べ物じゃない」

声をかけると、マルは何事かとこちらを見上げ、次の瞬間、誇らしげに木切れを咥え直した。
違う、そういう意味ではない。

私は溜息をつき、膝をつく。
木切れを取り上げると、マルはきゅん、と情けない声を出した。
「壊れるし、腹も壊す」

分かるはずもないが、一応言っておく。
マルは納得しない様子で、私の袖に噛みついて引っ張った。
「……仕方ない」

私は母の居間の方を振り返った。
「母上」

「なんでしょう?」

「犬に与えてもよい物と、噛んでも危なくない物を探しに行きたいのですが」

母は一瞬きょとんとし、それから小さく笑った。
「市に行きたいの?」

「はい」

ちょうど、母を訪ねてお茶を楽しんでいたねね様も会話に入ってきた。
「まあ、犬の買い物?」
「竹若様は、随分と過保護ね」
そう言いながらも、楽しそうだ。

本多俊政は、少し離れたところで腕を組んでいる。
「城下であれば、差し支えはありませぬ」

硬い言い方だが、許可は出た。


城下は賑やかだった。
湊町の長浜は、人と物と声で満ちている。

マルは籠に入れたが、じっとしているはずもなく、隙あらば顔を出し、吠え、また引っ込められる。

「……落ち着きがない」

そう言うと、ねね様がくすりと笑った。
「飼い主に似たのかしら」
否定はしない。

市では、干した骨、木の端材、砕いた米、さまざまな物を見て回った。
店の者たちは、最初は訝しげだったが、犬のためと分かると、皆どこか和らいだ顔になる。

「若様、これは固すぎますな」
「こちらは腹を下します」

そんなやり取りをしている折だった。

「……おや」

背後から、控えめな声がした。 

振り返ると、油と木綿を扱っているらしい店の前に、若い商人が立っている。

年は二十代後半だろう。
顔立ちは平凡だが、目だけが妙に鋭い。

「もしや、以前……米蔵をお開きになった若君では」

一瞬、記憶を探る。
以前、蔵米を放出したときに卸した商人の一人だ。

「ああ、あの時の商人の方ですね」

「はい。伊勢屋宗右衛門と申します」
深々と頭を下げた。

ねね様が横から覗き込む。
「有名人ね」

「悪名でなければいいのですが」
そう返すと、宗右衛門は困ったように笑った。

「犬に与える木でしたら、こちらがよろしいかと」
そう言って差し出されたのは、角を落とした小さな堅木だった。
確かに、噛んでも欠片が出にくそうだ。

「ありがとうございます」

「いえ……」

宗右衛門は一瞬だけ視線を巡らせ、それから控えめに言った。
「もしご迷惑でなければ、今後も、その……犬の餌や木切れなど、お持ちすることも出来ますが」

本多がわずかに眉を動かす。
私も商人の狙いにピンときたが、努めて自然に質問した。

「ところで伊勢屋さんは、どのような商いを?」

「米、木綿、菜種油などを扱っております」

「長浜に店を?」

「父が美濃、近江、京、大和で店を構えておりまして、この長浜にも、最近、店を構えせていただきました」
「修行を兼ねて、ここの店を任されております」

畿内周辺で手広く商いをしている大店の跡継ぎか。
若年の私に利を感じ、声をかけてくるとは、なかなか目鼻が利く。

関係を作っておくのも悪くない。
そう判断し、答えた。

「こいつの餌や木切れを、定期的に持ってきてくれるのはありがたいです」
「ついでに、諸国の話も聞かせてもらえますか?」
「よろしいですか? 母上」

母に水を向けると、にこやかに口を開いた。
「もちろんです。助かりますわ」

宗右衛門の顔が、わずかに明るくなった。
「ありがとうございます。良い餌と遊び道具をご用意いたしましょう。諸国の面白い話も」
そう言って、深く礼をした。

本多は、そのやり取りを何も言わずに聞いていた。
母が快諾したとき、目を少し細めていたが、商人が屋敷に売り物を持ってくるのは珍しいことではない。

若い商人が竹若を訪ねても、自分がいれば、問題はないと判断したのだろう。
特に何も言わなかった。

ここで、ねね様が退屈になってきたのか、
「マルの遊び道具も見つかったことですし、そろそろお屋敷へ戻りましょう」
と、声をかけてきた。

欲しいものを手に入れたし、いいツテ(かどうかはわからないが)にも巡り合ったので、このあたりで引きることには賛成だった。
伊勢屋に堅木の代金を払い、後日、屋敷を訪ねるよう伝えて、帰路についた。


屋敷へ戻ると、マルは新しい木切れを咥えて庭を走り回った。
転び、起き、また走る。

やがて疲れたのか、私の膝に登り、丸くなる。
私はその背を、そっと撫でた。
そして、撫でながら今日のことを考えた。

美濃、安土、京、大和に店を構える商人か……。

1年後の大事件に向けて、私には情報網が必要だ。
使える者であればよいが……。

「俊政を呼んでほしい」
ふと思い立ち、側についていた侍女に声をかける。

しばらくして、本多俊政がやってきた。
「ご用でございますか」

「少し頼みがあります」
「今日の商人の素性、父親や家族、交友関係、商売の中身を探ってくれませんか」

「既に動いております」
「何も探らず、この屋敷に入れるとお思いで?」

私は苦笑して、
「それはそうですね」
「それにしても、俊政は抜かりがない。流石です」
と褒めると、
俊政は、したり顔で「はっ」とだけ答えた。


膝の上の重みを、少しだけ抱き直す。
「……落ちるなよ」
マルは返事の代わりに、小さく鼻を鳴らした


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