21 / 57
21. The Dream
しおりを挟む
直人は、FYA3周年記念に利用するイベント会場の視察に訪れていた。
「これが概案です」
そう告げると、イベント会社アトラクトの社員、佐伯が資料を直人に手渡した。
「結城社長から、橘先生のお父様の作品を、先生の原点と題して入口もしくは出口に飾るように指示されています」
「よう・・ 結城社長がそんなことを」
「ええ。それでですね ・・・・・・・」
自分が昔語った事を覚えてくれていた陽一に対して、感謝の気持ちがこみ上げた。
直人に概案を見せながら説明する佐伯の声が、直人の意識からどんどんと遠ざかって行く。
パーカーとジーンズに身を包んだ直人は、磯崎スーパー前でソワソワしながら陽一の到着を待っていた。
陽一と交際するようになって以来、何度もデートに出掛けたが、未だ待ち合わせ場所には、予定よりも随分前に到着し、頬が緩むのを制御出来ない面持ちで、陽一が到着するのを待つのだった。
「あ! 相澤先輩」
カジュアルな紺のジャケットを羽織った陽一の姿を捉えて直人は手を振った。
『カッコいいなぁ。僕の恋人だなんて! どうしよう』
「橘。ごめん、また待たせちゃった?」
「いえ、全然です」
「顔真っ赤だよ。ほら、あの林檎と負けないくらいね」
陽一は、クスクスと笑いながらスーパーの店先に並べてある林檎を指差した。
「だって、先輩がカッコいいから」
「かぁ~ 橘って可愛すぎるよ」
陽一は照れながら直人の額に自分の頭を優しく合わせた。
直人は、一瞬だが陽一の頭が触れた部分を手で嬉しそうに触る。
「相澤先輩、行きましょう」
「うん」
お互いの間に垂れ下がった手の甲を、時折触れさせながら直人の家に足を進ませた。
「へぇ、こっちはやっぱり坂が多いんだね」
「この坂を登ったところが僕の家です」
「そうなの? じゃあ眺めが良いんだろうね?」
「あ、はい。少し遠くですが海が見えます」
「楽しみだぁ~ 橘の生家!」
「生家って」
「橘が画家で有名になったら、橘画伯の生家って代々受け継がれるかもよ」
「え? 僕そんな有名になれないですよ」
「そう? 俺は橘が誰もが認める画家になれると信じてるよ」
「相澤先輩 ・・嬉しいです」
恥じらいながら陽一を見つめる直人の頭を、陽一は嬉しそうに撫でた。
「あ、あれです」
坂を登り切った所に数軒の家が建っており、その内の1つを直人が指差した。
赤茶色のレンガ造りの家は2階建てで、小さな鉄格子の門が付いており、ポストに橘の文字がローマ字で表示されていた。
生まれてからずっとアパート暮しの陽一は、一軒家に憧れる時期もあった。
「素敵な家だね」
「あ、有難うございます。先輩どうぞ」
直人は門を開け陽一に入るように促すと、家の玄関の鍵をポケットから取り出した。鍵には鈴が付いているのか、チャリンと言う可愛い音がする。
「僕、よく物を落とすので母が鈴を付けてくれたんです。女みたいですよね・・ハハ」
「優しいお母さんだね」
「はい」
直人は、開錠をすると玄関のドアを開ける。
「先輩、どうぞ」
「はい、お邪魔します」
比較的広い玄関ポーチには木製の大きな下駄箱があり、その上には絵が壁に掛けてあった。
「綺麗だね」
「あ、それは僕が最初に描いた絵です。母さんが凄く気に入ってて、ずっと飾ってくれていて」
「この頃から精霊が見えてたんだ」
「そうみたいです・・でも下手だし、そろそろ玄関に飾られるのは恥ずかしいですよね」
「全然、僕も好きだな。それに橘の第一歩だよね。お母さんの気持ち分かるよ」
「あ、ありがとうございます」
玄関で立ち話をしていた二人は靴を脱ぐと家の中に上がる。一歩入ると直ぐ、小さな吹き抜けになっていて2階部分が少し見えた。
「俺、一戸建てに住むの憧れてたんだよね」
広い家だからか、あまり人の気配が無いと陽一は思った。
「父さんのアトリエ、家の裏なんです」
直人はそう言うと廊下を奥に進む。陽一はキッチンやリビングルームを横目で眺めながら直人の後に続くと、家の奥に裏口が見えて来る。
「相澤先輩スミマセン。僕のサンダルを履いてください」
直人の父親のアトリエは離ではなく母屋とは裏口で繋がっているが、床がコンクートであるためサンダルに履き替えたのだ。
「うわ!」
アトリエは天井が高いせいか陽一が想像していたよりも広いと感じた。中は、美術室のような絵具や紙の匂いが漂っている。そして、壁側には布を掛けられたキャンバスがズラリと立て掛けられていた。また、設置してある棚にもビッシリと道具が詰まっており、美術室では見かけない画材でアトリエは埋め尽くされていた。
「ここが橘の原点だね」
「そうですね。ここに居る時間が何処よりも長いです。おもちゃが紙と絵具でしたから」
「そっか、そうやって今の橘が出来上がったんだ」
「相澤先輩、こっちです」
直人は、陽一をアトリエの奥へと案内する。辺りを見渡していた陽一の視覚が1枚の絵に止まると息をのんだ。
「きっと、これ ・・だよね。お父さんの絵」
畳半畳ほどもあるような巨大なキャンバスには異世界が広がっていた。だが、それはどこか見覚えのある景色なのだ。
「これって、橘の家?」
「先輩すごい! 正解です。父さんの最後の作品なんです」
陽一が直人の家に到着した際、鉄格子の門が何故か印象的だったのだ。
民家だと、かろうじて分かるユニークな建物が描かれていたが、以前直人が父の絵を説明したように、現代の物が1つだけそのままの姿で絵に登場していた。それが、直人の家の門だったのだ。
「すご・・いね。橘の言う通り素晴らしいよ。これが最後だなんて ・・本当に残念」
「父さんの夢は個展を開く事でした。だから、もし僕が個展を開けたら、父さんの絵を会場の入口か出口に僕の原点として飾りたいんです」
「橘なら出来るよ」
直人は、優しい言葉をくれる陽一を見つめる。
「相澤先輩、ありがとうございます。 ・・僕、先輩を家に呼べる日が来るなんて、想像すらした事が無かったから ・・父さんの絵を見て貰えて良かった ・・本当に良かった」
喜びで胸が一杯の直人は、自分の胸元に手を当てると呼吸を整える仕草を見せる。
陽一は直人に対する想いが抑えられなくなり、直人の頬に手を添えると唇を重ねた。
「俺の事を好きになってくれてありがとう。そして、こんな温かい気持ちを教えてくれて、本当にありがとう」
直人と額を合わせて陽一は囁いた。
「これが概案です」
そう告げると、イベント会社アトラクトの社員、佐伯が資料を直人に手渡した。
「結城社長から、橘先生のお父様の作品を、先生の原点と題して入口もしくは出口に飾るように指示されています」
「よう・・ 結城社長がそんなことを」
「ええ。それでですね ・・・・・・・」
自分が昔語った事を覚えてくれていた陽一に対して、感謝の気持ちがこみ上げた。
直人に概案を見せながら説明する佐伯の声が、直人の意識からどんどんと遠ざかって行く。
パーカーとジーンズに身を包んだ直人は、磯崎スーパー前でソワソワしながら陽一の到着を待っていた。
陽一と交際するようになって以来、何度もデートに出掛けたが、未だ待ち合わせ場所には、予定よりも随分前に到着し、頬が緩むのを制御出来ない面持ちで、陽一が到着するのを待つのだった。
「あ! 相澤先輩」
カジュアルな紺のジャケットを羽織った陽一の姿を捉えて直人は手を振った。
『カッコいいなぁ。僕の恋人だなんて! どうしよう』
「橘。ごめん、また待たせちゃった?」
「いえ、全然です」
「顔真っ赤だよ。ほら、あの林檎と負けないくらいね」
陽一は、クスクスと笑いながらスーパーの店先に並べてある林檎を指差した。
「だって、先輩がカッコいいから」
「かぁ~ 橘って可愛すぎるよ」
陽一は照れながら直人の額に自分の頭を優しく合わせた。
直人は、一瞬だが陽一の頭が触れた部分を手で嬉しそうに触る。
「相澤先輩、行きましょう」
「うん」
お互いの間に垂れ下がった手の甲を、時折触れさせながら直人の家に足を進ませた。
「へぇ、こっちはやっぱり坂が多いんだね」
「この坂を登ったところが僕の家です」
「そうなの? じゃあ眺めが良いんだろうね?」
「あ、はい。少し遠くですが海が見えます」
「楽しみだぁ~ 橘の生家!」
「生家って」
「橘が画家で有名になったら、橘画伯の生家って代々受け継がれるかもよ」
「え? 僕そんな有名になれないですよ」
「そう? 俺は橘が誰もが認める画家になれると信じてるよ」
「相澤先輩 ・・嬉しいです」
恥じらいながら陽一を見つめる直人の頭を、陽一は嬉しそうに撫でた。
「あ、あれです」
坂を登り切った所に数軒の家が建っており、その内の1つを直人が指差した。
赤茶色のレンガ造りの家は2階建てで、小さな鉄格子の門が付いており、ポストに橘の文字がローマ字で表示されていた。
生まれてからずっとアパート暮しの陽一は、一軒家に憧れる時期もあった。
「素敵な家だね」
「あ、有難うございます。先輩どうぞ」
直人は門を開け陽一に入るように促すと、家の玄関の鍵をポケットから取り出した。鍵には鈴が付いているのか、チャリンと言う可愛い音がする。
「僕、よく物を落とすので母が鈴を付けてくれたんです。女みたいですよね・・ハハ」
「優しいお母さんだね」
「はい」
直人は、開錠をすると玄関のドアを開ける。
「先輩、どうぞ」
「はい、お邪魔します」
比較的広い玄関ポーチには木製の大きな下駄箱があり、その上には絵が壁に掛けてあった。
「綺麗だね」
「あ、それは僕が最初に描いた絵です。母さんが凄く気に入ってて、ずっと飾ってくれていて」
「この頃から精霊が見えてたんだ」
「そうみたいです・・でも下手だし、そろそろ玄関に飾られるのは恥ずかしいですよね」
「全然、僕も好きだな。それに橘の第一歩だよね。お母さんの気持ち分かるよ」
「あ、ありがとうございます」
玄関で立ち話をしていた二人は靴を脱ぐと家の中に上がる。一歩入ると直ぐ、小さな吹き抜けになっていて2階部分が少し見えた。
「俺、一戸建てに住むの憧れてたんだよね」
広い家だからか、あまり人の気配が無いと陽一は思った。
「父さんのアトリエ、家の裏なんです」
直人はそう言うと廊下を奥に進む。陽一はキッチンやリビングルームを横目で眺めながら直人の後に続くと、家の奥に裏口が見えて来る。
「相澤先輩スミマセン。僕のサンダルを履いてください」
直人の父親のアトリエは離ではなく母屋とは裏口で繋がっているが、床がコンクートであるためサンダルに履き替えたのだ。
「うわ!」
アトリエは天井が高いせいか陽一が想像していたよりも広いと感じた。中は、美術室のような絵具や紙の匂いが漂っている。そして、壁側には布を掛けられたキャンバスがズラリと立て掛けられていた。また、設置してある棚にもビッシリと道具が詰まっており、美術室では見かけない画材でアトリエは埋め尽くされていた。
「ここが橘の原点だね」
「そうですね。ここに居る時間が何処よりも長いです。おもちゃが紙と絵具でしたから」
「そっか、そうやって今の橘が出来上がったんだ」
「相澤先輩、こっちです」
直人は、陽一をアトリエの奥へと案内する。辺りを見渡していた陽一の視覚が1枚の絵に止まると息をのんだ。
「きっと、これ ・・だよね。お父さんの絵」
畳半畳ほどもあるような巨大なキャンバスには異世界が広がっていた。だが、それはどこか見覚えのある景色なのだ。
「これって、橘の家?」
「先輩すごい! 正解です。父さんの最後の作品なんです」
陽一が直人の家に到着した際、鉄格子の門が何故か印象的だったのだ。
民家だと、かろうじて分かるユニークな建物が描かれていたが、以前直人が父の絵を説明したように、現代の物が1つだけそのままの姿で絵に登場していた。それが、直人の家の門だったのだ。
「すご・・いね。橘の言う通り素晴らしいよ。これが最後だなんて ・・本当に残念」
「父さんの夢は個展を開く事でした。だから、もし僕が個展を開けたら、父さんの絵を会場の入口か出口に僕の原点として飾りたいんです」
「橘なら出来るよ」
直人は、優しい言葉をくれる陽一を見つめる。
「相澤先輩、ありがとうございます。 ・・僕、先輩を家に呼べる日が来るなんて、想像すらした事が無かったから ・・父さんの絵を見て貰えて良かった ・・本当に良かった」
喜びで胸が一杯の直人は、自分の胸元に手を当てると呼吸を整える仕草を見せる。
陽一は直人に対する想いが抑えられなくなり、直人の頬に手を添えると唇を重ねた。
「俺の事を好きになってくれてありがとう。そして、こんな温かい気持ちを教えてくれて、本当にありがとう」
直人と額を合わせて陽一は囁いた。
0
あなたにおすすめの小説
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる