夕顔は朝露に濡れて微笑む

毛蟹葵葉

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村井の変化

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「そんなに緊張しないで貰えますか」
 退院を済ませて、タクシーに乗り込み、ガチガチに緊張している私に村井が冷静な声をかける。以前と同じく冷めた物だ。やはり彼の事が苦手だと思った。
 今から警察署で取調べのため、付き添って貰っているのだが、一人で行った方がいくらいだ。
 それくらい気まずいし、空気が冷たく感じる。
「は、はい」
「まず、ないと思いますが、不当な取調べをされたら私に言ってください」
 私はそう言われて、驚き瞬きをする。
 仕事で言っているのはわかっているが、そこに機械的な物は含まれていなかった。
 会わない間に雰囲気が柔らかくなった気がするけれど何かあったのだろうか。
「あ、あの」
「何か?」
「い、いえ。何でもありません」
 私は何かありましたか?と聞きかけて口を閉じた。それは、あまりにもプライベートな事を聞いているような気がしたからだ。
「そうですか。困った事があったら言ってくださいね。精一杯の事をするつもりですから」
 本当に以前会った彼とは別人のようだ。
「ありがとうございます。その、サイガフーズはどうなるのでしょう?」
 私は一番不安な事を彼に聞いた。
 発ガン性の薬を才賀与一に麗美達が与え続けていた話を、看護師がしていたのをたまたま聞いてしまったのだ。きっと誰かがリークしたに決まっている。
 この状態が続けば信用を落としたサイガフーズは解体されるかもしれない。
 テレビを観ないようにしていても、嫌でも情報は入ってくる。私はそれを考えるだけで不安になってくるのだ。
 サイガフーズに雇われている人達は大丈夫なのかと。
「どうなるとは?」
「知られてしまってはいけないことを報道されているようなので、会社に影響がないか心配で」
「なるほど。大丈夫かそうじゃないかといえば、大丈夫ではありませんね」
 村井は取り繕うことなくハッキリと答える。
 もしも、サイガフーズが倒産することになったらどうするつもりなのだろう?
 朔也も、雇用者達はどうなるのだろう。
「そうですよね。あの、朔也さんや他の方達は……?」
「鳴海さんは気にしなくていいです」
 私の心配を村井は気にするなと言う。
「しかし」
「貴女はサイガフーズとはなんの関わりもありませんから。被害者なんです。一つ一つに心を痛めないでください」
 キッパリと無関係だと言われると、確かにその通りだと思う。
 少しだけ関わりを持っただけなのに、何か思うのはおかしいことなのだろうか?
 食って掛かってもなんの意味もないとわかっているから、私は言葉を引っ込めた。
「確かにそうかもしれません」
「行きましょう。早く取調べは終わらせて帰りましょう。アパートの家賃などは大丈夫ですから。仕事が決まるまでは支払います」
「はい。何から何まですみません」
 無関係だと言うのに、私が入院中身動き取れなかった期間の家賃は支払ってくれた事は申し訳なく感じている。
「気にしないでください。貴女は被害者なのですから」
 村井は改めて私が被害者だと言い切った。
「それでは警察署に行きましょうか」
「はい」
「車を出してください」
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