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あるはずないタマが潰れた音が口からこぼれ出る

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 婚約者は、とんとん拍子で決まった。
 誰なのかと、父に聞いても顔を合わせてからのお楽しみだ。と言って何も答えてはくれなかった。

 父の様子から私が気に入りそうな人を頑張って選んでくれたのだろう。

 それなら、フェリクスではないはずだ。

 そして、顔合わせ当日。私は死を覚悟した。

「初めまして」

 そう言って、彼は血のような色の瞳を細めた。
 漆黒の髪の毛は、濡れたように艶やかだ。
 小説の挿絵で何度も見た彫刻のように美しい顔がそこにあった。

 この物語の主人公。フェリクス・ウィリアムだ。
 なぜ、マリアベルの前ではなくて、私の前にいる。

 お前、マリアベルとずっと王都にいただろう。なぜ、何も知らない田舎の貴族みたいな顔をしてここに座っているんだ。

「……ヒュッ!!」

 もしも、私に二つの輝くゴールデンボールがあるのなら、こんな音を出して潰れるのだろう。という音が口からこぼれ出た。

 冷静に考えてみると、とんでもない音だ。

 なぜ、こんなところに男主人公がいるのだろう。

 見間違いだろうか。
 思わず両目を擦るけれど、目の前にいるのはフェリクスであることには変わらない。

 お前、今はマリアベルと王都でデートしてイチャイチャしてるんじゃないのか?なんで、こんなむさ苦しいところにいるんだ。

 色々と言いたくなる気持ちを抑えて、私は何とか笑顔を浮かべる。

「初めまして、ヒヤシンスと申しますわ」

 余計なことは言わず。何とか自己紹介をする。
 余計なことを言ったら最後、私の首と胴体は永久にグッバイしてしまう。

 そうならないように、最低限の好印象だけはフェリクスに植えつけておかなくてはならない。

 私がニコニコと笑っていると、フェリクスは申し訳なさそうな顔をして俯いた。

 小説内では、自信に満ち溢れた青年だったが、こんなにも気弱そうな顔をするのに私は驚いた。
 彼も彼でやはり人なのだ。少しだけ安心した。
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