恋の始め方がわからない

毛蟹葵葉

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ある意味での悟り

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 自分が恋に向かないと思い始めたのは、思春期に入り始めた頃だった。
 この時、私は今はもう名前すら覚えていないクラスメイトに片思いしそうになっていた。
 
 なぜ、そうなったのか、たぶんそれは些細なこと。
 
 席が隣になったとか、誰に対しても優しいとか、好きな本が同じだったとか、大した理由ではなかったと思う。

 あの日は、とても寒かったことを今も覚えている。

 下校後、教室に忘れ物をした私は慌てて教室にまで取りに戻っていた。

 教室のドアに手をかけたところで、クラスメイトたちの笑い声が聞こえた。
 その中には、私があの子の声もあった。

 楽しそうに話しているし、教室に入ったら迷惑かな?

 そう思い、教室のドアを開けようか躊躇していたところで、「このクラスの女子どう思う?」という声が聞こえて、私はドキリとした。

 あの子が、誰のことが好きなのか気になったからだ。

 べ、別に自分の事を好きかなんて知りたいわけじゃないから……!どんな子がタイプなのか知りたいだけだし、これは、友達としての興味だから……!それに、話のネタにもなるし!

 そう、自分に言い訳して、その場にとどまる。

 一言一句聞き逃さないように、気がつけば耳をすましていた。
 変な話になったらすぐに帰るから。少しだけ……。聞きたかった。そのせいで後悔するなんて考えもせずに。

「八王子ってどう思う?……」

 突然、私の名前を出されてドキリとした。
 私の名前を出されて問いかけられていたのは、ずっと気になっていた子だった。

「え、ないわ」

 あの子は、軽く笑って答えた。
 悪い冗談なんて言うなよと言わんばかりに。

「仲良いだろ?」

「いや、無理だって、だって、俺よりもアイツのほうが背が高いし。見た目も……、可愛くないじゃん。いい奴だけど、うん、無理」

 心が冷えていくような気がした。
 彼は誰に対しても親切で優しかったけれど、心の中でそう思っていたようだ。
 不思議なことに、悲しさよりも「完全に好きになる前でよかった」という気持ちの方が強かった。

「違いない」

 同調するような笑い声。
 まだ、続く会話に逃げ出したいのに、足が床に引っ付いたようにその場から離れられない。
 ……聞きたくない。早くここからいなくならないと。
 そう思っているのに、身体は石のように重たく、聞きたくない言葉がどんどん耳の中に入ってくる。

「それに、やっぱり女子って可愛くないと好きになれないしな」

「まあ、わかる」

「可愛くないもんな。アイツ、無愛想だし」

「そういう目では見れないわ」

「男みたいだしな」

 この瞬間に、私は悟ってしまった。

 背が高くて可愛くない私は、恋をしてはいけないのだと。
 恋をしたいと思う資格すらないのだという事を。

 身体は程なくして動けるようになり、教室には入らずに家に帰った。

 次の日から、私はその子を避けるようにした。声をかけたら迷惑だと思ったから。
 あからさまに避けるようにしたら、いつのまにか話す事もなくなっていた。
 だから、話しかけること自体が迷惑だったんだと気がついた。

 話をしなくなってから思ったのだ。彼にとって私はどうでもよくて、声をかけられたから話をした程度の存在なのだと。

 私はあの日、あの場所に居合わせて本当によかったと思った。
 
 もしも、何も知らなかったら、彼のことを好きになっていたと思うから。もしそうなっていたら、「可愛くないから、男っぽいから無理」と言われてフラれていたはずだ。

 背が高くて、無愛想で、可愛げのない女の私は恋愛に向いていないし、「誰か」を好きになる資格すらないのだ。

 気になる人ができる度に、あの日を事を思い出すようにしている。
 
 恋をする私は痛い。
 痛い自分にはなりたくなかった。
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