恋の始め方がわからない

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お局争奪戦

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お局争奪戦


 先週末、人を不快にさせる為だけのダメ出しをされて、フラれた直後に「姫りんごさん」とのメッセージのやり取りをするようになった。

「姫りんごさん」は、男性で私と共通する点が多く。数回のメッセージのやり取りで親近感を持っていた。

 年齢は私と同じで、マッチングアプリの仕様のせいだが住んでいる地区も近いようだ。
 それだけなら、共通点というには微妙だとは思う。

 彼は、高校生の時は小柄で可愛らしい見た目だったらしく、「姫」扱いされていたらしい。

『優柔不断で頼りがいがない。物足りない。と言われてフラれちゃうんですよね』

 姫りんごさん。は、頼りになりすぎて可愛げがない。と言われてフラれる私とは真逆の理由でフラれるらしい。
 なんでも、高校で「姫」扱いしてきた人たちに彼女ができ始めて、慌ててマッチングアプリを利用するそうになったようだ。

『高校で僕を「姫」扱いしていた奴らはみんな彼女持ちだし、いいな。って思う人と恋がしたいです。高校の時は物理的に無理だったので』
 
 純粋で真っ当すぎるマッチングアプリの利用の仕方に目眩を覚えたのは秘密だ。

 ただ、セックスを経験したいがために利用している私とは全く違う。

 本来なら、そういった人に機会を譲るべきだと思うのだけれど、メッセージのやり取りが楽しすぎるので、なかなか、フェードアウトする事ができずにいた。

『恋人も欲しいなとは思うんですけど、気の合う友達ができても僕は嬉しいですね』

 そう言われたら、わざわざ離れていく必要もないかなと思えてしまい。ついメッセージを返してしまう。
 マッチングアプリを始めて、こんなにも楽しいと思えたのは久しぶりだった。

「メッセージを返したら仕事仕事」

 始業を確認してパソコンに向き合い入力を開始する。

「ねえ、八王子さん」
 
 入力を始めて程なくでして、大坪という女性社員に声をかけられた。
 大坪は、物言いが少しキツいので、間違いを指摘される時は何年経っても怖い。
 声をかけられたという事は、何か抜けがあったという事だ。

「ここが抜けてる」

 大坪は書類の抜けを指さして指摘した。
 確認すると、確かに入力漏れがある。
 これが、そのままだったらと考えるとゾッとした。
 見つけてくれた事に感謝だ。私は結構そそっかしいから。

「すみません。見つけてくださってありがとうございます」

「……気をつけてよね」

 大坪は、面倒くさそうに息を吐いた。

「本当にいつまで経っても手がかかるんだから!」

「すみません」

「ほら、ここ入力し直しして早く!」

「は、はい!」

 ミスに腹を立てている大坪に言われるままに慌てて、データをだして入力をし直す。

「こういう事があるから、誰かがやったから大丈夫なんて過信しないでチェックするのよ」

「はい」

 嫌味っぽくとれなくもないが、彼女は、「私だってミスをするんだから、貴女もちゃんとチェックするのよ」と言いたいのだろう。
 何年も一緒にいるので彼女の性格は何となく把握しているが、言い方さえ優しければとたまに思うことがある。

「お互い気をつけましょ……」

 と、消えそうな声でフォローして大坪は自分のデスクに戻って行った。
 怖いけど怖くない人だと思う。

 途中だった入力を開始しようとパソコンに向き直ると、別の社員が声をかけてきた。

「プリンさん。大丈夫?」

 彼は、弓削といい「珍しく私が見上げる男性」の中の一人だ。
 親しげに話しかけてくるが、軽薄なところがある。同僚としてはいい人だとは思う。
 なぜかわからないが、陰で「日替わりスイーツ」というあだ名がついている。
 ちなみに、私の「プリン」というあだ名は「八王子」という名字をもじっている。

 普通に呼べ。

「大坪さんが私に意地悪していたように見えますか?」

 心配している様子に、少しムッとなった。
 その場で庇いに来ないだけマシだが、居なくなってから声をかけられると、悪口を言っているように思われそうなので少し嫌だ。
 
「……若い子はね。みんな、大坪さんの迫力にビビるから。プリンさんは大丈夫だと思うけど気になって」

 若い子。という単語をわざわざ強調した上で、「お前は大丈夫」と付け加えるのは、若くないと言いたいのだろうか。
 私達の部署は若い女子社員がいない。理由は「大坪さんが怖いから」だ。
 ちなみに、私が一番若い。

「なるほど、私が若くないと……、若い子が来たら、お局として頑張りますね」
 
「いや、そんな事言ってないからね!」

 私が適当に返すと、弓削は慌て始める。
 そこに。

「お局の座は私が貰うわよ!」

 大坪も当然のように参戦する。
 もはや争奪戦だ。
 大坪は、意外とノリが良く楽しい人だったりする。
 それを知る前に大体の社員は異動願いを出すのだが。

「お局って普通に嫌じゃないですか。取り合うものじゃないですよ」

「何言ってるの。素晴らしい役職じゃない。頼りになるって事でしょう」

 弓削のツッコミに、大坪は何でもなさそうな顔をしている。
 実際に大坪は、とても頼りになる先輩だ。
 事なかれ主義の上司よりもちゃんとモノを言うし、できない事はできないと断る。それなのに、不思議なことに彼女には役職がない。
 怖がられているがいい人だと思う。

「一番頼りになるのは大坪さんです。私もいつかそうなりたいです」
 
 いつかああなれたらいいのに。と、思う。断るという難しさを自分がよくわかっているから。

「お世辞言っても優しくしないからね」

「大坪さん。ちょっと」

 ははは。と、二人は笑っている。
 職場の人からは、良くしてもらっていると思うけれど、だからといって親しいとは言い切れない。
 馴れ合いと親しいは違うから。

 今のままだとダメだと自分でも思う。

 処女が嫌なのは、今の自分が嫌だから。
 何も変えたくないのに、そのままが嫌で変えたいのだ。

 失ったからといって何も変わらない事はわかっているのに、それに憧れてしまうのだ。
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