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会社の王子様
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会社の王子様
月曜日は、とても憂鬱だ。
理由は単純なもので、休日でだらけ切った身体に鞭打って仕事に行くからだ。
もう、とにかく面倒臭いのだ。
仕事に行くのも嫌なのだけれど、それよりも、もっと面倒なことがあった。
それは、主に人間関係だ。
どこに出しても恥ずかしいコミュ障。
仕事上では問題ない程度には話をする事はできるけれど、社内で親しい人はいない。
そもそも、友人もほぼおらず。交友関係は狭い。
たまに、「腐れ縁」の高校の時の同級生と遊ぶことがあるが、友人と呼ぶのは微妙だった。
話しかけてくれる人はいるのだけれど、性格が根本的に合わない。つまり苦手だった。
「八王子さん、おはようございます」
声をかけられて、顔が引き攣りそうになるのを堪える。
彼女の名前は信木ゆいといい。同じ高校出身だ。
入社した時は、知り合いがいて嬉しかったが、今はそう思うこともない。
信木は、推しのアイドルに街角で出会ったかのようなうっとりとした表情で私を見ている。
見る相手を間違えていわよ。
何でも信木が言うには、高校の時に私は王子様キャラだったらしい。
初耳すぎて、何を言っているのかちょっと理解できなかった。今もできないけれど。
私は少し背が高いだけで、某歌劇団のようなプリンスオーラなどない。どこにでもいる。アラサーの口下手なコミュ障の干物女なのだ。
高校の時は、キツい見た目と無口なせいで変に勘違いされてしまったのだろう。
とは言え、青春時代のフィルター効果なのか、信木の目は曇っている。
もう、いい年した大人だけど、青春を引きずるのをやめてほしい。
私ははっきりとそう言うべきなのだけれど、信木の態度が一定のラインを越える事がなかったので、言うに言えずいまに至る。
「……信木さんおはようございます」
顔が引き攣るのを堪えてなんとか挨拶を返すと、信木は花開いたような笑みを浮かべる。
あまり話しかけてこないでほしい。と、言うべきだとわかっているのに、その笑顔に絆されて何も言えない。
「八王子さんは、この週末はどこに行ったんですか?」
「どこにも行ってないわよ」
本当は出かけたが、そう返さざるおえない。
出かけた場所を話したら、偶然を装って信木が来た事があった。それは、一度や二度じゃない。
生活範囲を知ろうとしているのか、少し怖い。
「いい匂いがしますけど香水してますか?」
信木は、言うなり私の髪の毛を一房手に取り匂いを嗅いだ。
私は内心ヒィッとなる。
これ、同性だからまだ許容されてるけど異性だったら確実にアウトだし。それに、こういう時の信木さんの目が怖い。
「えっと、入浴剤は高いから買ってない。この匂いは柔軟剤と石鹸の匂いだと思うわ」
引き攣った笑顔で答えると、信木は瞳を輝かせた。
「石鹸と柔軟剤は何を使ってるんですか?」
答えると信木は私のことを真似するだろう。
私物をいくつか真似された事がある。
「あ、ごめんなさい。私、早く取り掛からないといけない事があって」
これ以上会話をするのが苦痛で話を切り上げる事にした。
「え、そうなんですか?でも、もう少しお話ししましょうよ」
残念そうな顔をしてまだ引き止めようとする信木に「本当にごめんなさい」と謝ってその場から小走り気味に逃げ出した。
「もういない……?」
後ろを確認しながら曲がり角を曲がったところで、どすん。と、何かにぶつかった。
体勢を崩したのはほんの一瞬。
すぐにその場に踏みとどまり体勢を立て直す。
「八王子さん。どうしたの?」
頭上から声がして私は瞬きした。
身長が170センチ近くある私は会社の決まりでヒールを履いており、私が見上げる人はほとんどいない。
見上げると、星屑を散らしたようなオーラを纏った男が困った顔で微笑んでいた。
ついでに、彼の後ろには一人の女子社員がおり、不愉快そうに私を見ている。
「姫川さん。不注意でぶつかってしまいました」
姫川はハイヒールを履いた私よりも身長が高い。
彼はハーフだか、クォーターだか、何だからしく、色素の薄い髪の毛をしている。瞳の色もグレーがかっていて、顔立ちも恐ろしいほどに整っていて日本人離れしていた。
私が紛い物の王子様なら、彼は本物の王子様のようだと思う。
何をしても様になるのだ。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
にこやかに笑う姿に隙はない。
彼は誰に対しても優しくて親切だ。だからこそ苦手意識を持ってしまう。
当たり障りなく離れよう。そう思ったところで姫川の後ろにいた女子社員が私に注意してきた。
「八王子さん。姫川さんが怪我したらどうするんですか!」
少し怒った様子で目が吊り上がっていた。その大きな目には私が無表情で立っているのが映っている。
可愛いな。私とは大違いだわ。
私は呑気にそんなことを思う。
女子社員の名前は河合雛といい私よりも2
つも歳が下だ。
確か部署は開発部だったと思う。
姫川への好意を隠すことなく、私に注意してくる姿がとても微笑ましくて羨ましい。
「気をつけてくださいよ。身体が大きいんですから!」
好きな人が私のような大女とぶつかって、怪我でもしたらと思い腹を立てる気持ちはよくわかる。
だけど、小柄な人に背のことを言われると苦しい。
身長はどうしようもない事だから。
「姫川さん。本当にすみませんでした。お怪我はないですか?」
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
頭をちゃんと下げて謝ると、姫川は「転んでもないですから平気ですよ」と付け加えて笑った。
「河合さん。八王子さんもわざとやったわけじゃないから、そんな言い方しないでほしいな。ぶつかったのは僕だし、君が口出しする理由はないよね」
姫川は、河合に言い過ぎだと窘めた。
「ご、ごめんなさい」
河合は、姫川に注意されたので慌てて彼に謝った。
「八王子さんは怪我はない?」
「ありません」
ない。と、迷わず答える。
私のような丈夫な女が怪我をするなんて滅多にない。
「それならいいよ。何回も謝らせてごめんね」
姫川は、被害者なのになぜか謝ってきた。
「……」
河合が面白くなさそうな顔をして私を睨んでいる。
でも、その気持ちはわかる。
良かれと思ってやったことが、空回りしてしまった。そんなところだろうか、好きな人の前だと何かしてあげたくなる気持ちはわかる。
気の毒だと思うし、何か声をかけたいけれど、それをしたところで余計に怒らせるだげな気がした。
気まずい空気の中、姫川が苦笑いして河合に声をかけた。
「河合さん。行こうか、八王子さん、じゃあ、また」
姫川は、河合に触れないように背中を押すような素振りを見せた。
河合はまだ不満そうな顔をしたが、はあ。と、ため息を吐いて姫川の後について行った。
後ろ姿を見ると、恋人同士のようだ。
「……あの二人付き合ってるのかな」
自分には関係のない事だが、お似合いだと思った。
姫川は優しいので、そういう意味では心配かもしれない。
あんなふうにキツく言いたくなる気持ちもわかる。
「私なんか、眼中にないんだから、あんなふうに言わなくてもいいのに」
若くて余裕がないから仕方ない。
それに、そもそも私がぶつからなかったらあの子も注意される事なんてなかったわけだし。
……反省だ。
姫川は、女性社員からモテるけれど、男性社員から嫉妬される事はあまりないらしい。
誰にでも優しいが、一人だけを特別に扱うところを見たことがない。
だからこそ、恋人の失言をちゃんと注意したのだと思う。
恋人同士かどうかなんて知らないけれど、ずっと一緒にいるのだからそうなんだろう。
「さてと、仕事始めますかね。その前に、メッセージのチェックだけしておこう」
私はスマートフォンを手に取りマッチングアプリのメッセージボックスを開く。
「あ、姫りんごさんからの返事が来てる」
私はウキウキしながらメッセージの確認をした。
月曜日は、とても憂鬱だ。
理由は単純なもので、休日でだらけ切った身体に鞭打って仕事に行くからだ。
もう、とにかく面倒臭いのだ。
仕事に行くのも嫌なのだけれど、それよりも、もっと面倒なことがあった。
それは、主に人間関係だ。
どこに出しても恥ずかしいコミュ障。
仕事上では問題ない程度には話をする事はできるけれど、社内で親しい人はいない。
そもそも、友人もほぼおらず。交友関係は狭い。
たまに、「腐れ縁」の高校の時の同級生と遊ぶことがあるが、友人と呼ぶのは微妙だった。
話しかけてくれる人はいるのだけれど、性格が根本的に合わない。つまり苦手だった。
「八王子さん、おはようございます」
声をかけられて、顔が引き攣りそうになるのを堪える。
彼女の名前は信木ゆいといい。同じ高校出身だ。
入社した時は、知り合いがいて嬉しかったが、今はそう思うこともない。
信木は、推しのアイドルに街角で出会ったかのようなうっとりとした表情で私を見ている。
見る相手を間違えていわよ。
何でも信木が言うには、高校の時に私は王子様キャラだったらしい。
初耳すぎて、何を言っているのかちょっと理解できなかった。今もできないけれど。
私は少し背が高いだけで、某歌劇団のようなプリンスオーラなどない。どこにでもいる。アラサーの口下手なコミュ障の干物女なのだ。
高校の時は、キツい見た目と無口なせいで変に勘違いされてしまったのだろう。
とは言え、青春時代のフィルター効果なのか、信木の目は曇っている。
もう、いい年した大人だけど、青春を引きずるのをやめてほしい。
私ははっきりとそう言うべきなのだけれど、信木の態度が一定のラインを越える事がなかったので、言うに言えずいまに至る。
「……信木さんおはようございます」
顔が引き攣るのを堪えてなんとか挨拶を返すと、信木は花開いたような笑みを浮かべる。
あまり話しかけてこないでほしい。と、言うべきだとわかっているのに、その笑顔に絆されて何も言えない。
「八王子さんは、この週末はどこに行ったんですか?」
「どこにも行ってないわよ」
本当は出かけたが、そう返さざるおえない。
出かけた場所を話したら、偶然を装って信木が来た事があった。それは、一度や二度じゃない。
生活範囲を知ろうとしているのか、少し怖い。
「いい匂いがしますけど香水してますか?」
信木は、言うなり私の髪の毛を一房手に取り匂いを嗅いだ。
私は内心ヒィッとなる。
これ、同性だからまだ許容されてるけど異性だったら確実にアウトだし。それに、こういう時の信木さんの目が怖い。
「えっと、入浴剤は高いから買ってない。この匂いは柔軟剤と石鹸の匂いだと思うわ」
引き攣った笑顔で答えると、信木は瞳を輝かせた。
「石鹸と柔軟剤は何を使ってるんですか?」
答えると信木は私のことを真似するだろう。
私物をいくつか真似された事がある。
「あ、ごめんなさい。私、早く取り掛からないといけない事があって」
これ以上会話をするのが苦痛で話を切り上げる事にした。
「え、そうなんですか?でも、もう少しお話ししましょうよ」
残念そうな顔をしてまだ引き止めようとする信木に「本当にごめんなさい」と謝ってその場から小走り気味に逃げ出した。
「もういない……?」
後ろを確認しながら曲がり角を曲がったところで、どすん。と、何かにぶつかった。
体勢を崩したのはほんの一瞬。
すぐにその場に踏みとどまり体勢を立て直す。
「八王子さん。どうしたの?」
頭上から声がして私は瞬きした。
身長が170センチ近くある私は会社の決まりでヒールを履いており、私が見上げる人はほとんどいない。
見上げると、星屑を散らしたようなオーラを纏った男が困った顔で微笑んでいた。
ついでに、彼の後ろには一人の女子社員がおり、不愉快そうに私を見ている。
「姫川さん。不注意でぶつかってしまいました」
姫川はハイヒールを履いた私よりも身長が高い。
彼はハーフだか、クォーターだか、何だからしく、色素の薄い髪の毛をしている。瞳の色もグレーがかっていて、顔立ちも恐ろしいほどに整っていて日本人離れしていた。
私が紛い物の王子様なら、彼は本物の王子様のようだと思う。
何をしても様になるのだ。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
にこやかに笑う姿に隙はない。
彼は誰に対しても優しくて親切だ。だからこそ苦手意識を持ってしまう。
当たり障りなく離れよう。そう思ったところで姫川の後ろにいた女子社員が私に注意してきた。
「八王子さん。姫川さんが怪我したらどうするんですか!」
少し怒った様子で目が吊り上がっていた。その大きな目には私が無表情で立っているのが映っている。
可愛いな。私とは大違いだわ。
私は呑気にそんなことを思う。
女子社員の名前は河合雛といい私よりも2
つも歳が下だ。
確か部署は開発部だったと思う。
姫川への好意を隠すことなく、私に注意してくる姿がとても微笑ましくて羨ましい。
「気をつけてくださいよ。身体が大きいんですから!」
好きな人が私のような大女とぶつかって、怪我でもしたらと思い腹を立てる気持ちはよくわかる。
だけど、小柄な人に背のことを言われると苦しい。
身長はどうしようもない事だから。
「姫川さん。本当にすみませんでした。お怪我はないですか?」
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
頭をちゃんと下げて謝ると、姫川は「転んでもないですから平気ですよ」と付け加えて笑った。
「河合さん。八王子さんもわざとやったわけじゃないから、そんな言い方しないでほしいな。ぶつかったのは僕だし、君が口出しする理由はないよね」
姫川は、河合に言い過ぎだと窘めた。
「ご、ごめんなさい」
河合は、姫川に注意されたので慌てて彼に謝った。
「八王子さんは怪我はない?」
「ありません」
ない。と、迷わず答える。
私のような丈夫な女が怪我をするなんて滅多にない。
「それならいいよ。何回も謝らせてごめんね」
姫川は、被害者なのになぜか謝ってきた。
「……」
河合が面白くなさそうな顔をして私を睨んでいる。
でも、その気持ちはわかる。
良かれと思ってやったことが、空回りしてしまった。そんなところだろうか、好きな人の前だと何かしてあげたくなる気持ちはわかる。
気の毒だと思うし、何か声をかけたいけれど、それをしたところで余計に怒らせるだげな気がした。
気まずい空気の中、姫川が苦笑いして河合に声をかけた。
「河合さん。行こうか、八王子さん、じゃあ、また」
姫川は、河合に触れないように背中を押すような素振りを見せた。
河合はまだ不満そうな顔をしたが、はあ。と、ため息を吐いて姫川の後について行った。
後ろ姿を見ると、恋人同士のようだ。
「……あの二人付き合ってるのかな」
自分には関係のない事だが、お似合いだと思った。
姫川は優しいので、そういう意味では心配かもしれない。
あんなふうにキツく言いたくなる気持ちもわかる。
「私なんか、眼中にないんだから、あんなふうに言わなくてもいいのに」
若くて余裕がないから仕方ない。
それに、そもそも私がぶつからなかったらあの子も注意される事なんてなかったわけだし。
……反省だ。
姫川は、女性社員からモテるけれど、男性社員から嫉妬される事はあまりないらしい。
誰にでも優しいが、一人だけを特別に扱うところを見たことがない。
だからこそ、恋人の失言をちゃんと注意したのだと思う。
恋人同士かどうかなんて知らないけれど、ずっと一緒にいるのだからそうなんだろう。
「さてと、仕事始めますかね。その前に、メッセージのチェックだけしておこう」
私はスマートフォンを手に取りマッチングアプリのメッセージボックスを開く。
「あ、姫りんごさんからの返事が来てる」
私はウキウキしながらメッセージの確認をした。
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