恋の始め方がわからない

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 またね。なんて、深い意味などなく出た言葉なのだろう。それなのに、何度も頭の中で姫川の声で再生される。
 昨夜の思い出を最高のものへと変えてくれた最高の言葉だ。
 思わせぶりな余韻に浸っていると、頬が緩んでくる。
 浮かれた気分で歩いていると、いつの間にかアパートに着いていた。

「つかれた」

 何もする気が起きずベットに横になる。

「……凄く良かった」

 自分の唇に指先で触れながら、姫川との口付けを思い出す。
 柔らかくて温かくて湿り気を帯びていて、まるで私を求めるように何度も唇を重ねられて、その感触を覚えてしまったようだ。
 
 姫川とのセックスは最高の物だった。

 優しくて、理性的で、その上で情熱すらあって、怖さなんて感じないで身を委ねる事ができた。
 肌を重ねる前に行ったデートもどきのおかげで、気分もかなり盛りがあっていたのもあるけれど。きっと、それも計算の上だろう。

「優しかったな」

 知らなくて戸惑う私に一から優しくリードしてくれた。わけがわからなくなって泣く私に苛立つ様子もなかった。

 こういうのって面倒だ。とか、思う人も居るだろうし。
  
 表面上であっても「可愛い」とか「好き」とか、気分を盛り上げてくれる言葉を口にしてくれて、嬉しかった。

 きっと、マッチングアプリで知り合った男と初体験をしても、こんなにも極上の気分を味わうことなんてできなかったはずだ。

「セフレを好きになる人の気持ちがわかる気がする」

 あんなふうに抱かれ続けたら、いつのまにか好意を持ってしまうのは当然のような気がした。

 行為の最中に「好きだ」なんて甘い事を言われてしまえば、信じてしまいそうだ。

 それができるということは、つまり、相手のことを好きになれる下地があるからできるのではないのかと思うのだ。

 姫川はどうかわからないけれど。

 だが、私は自分をよく知っている。
 ……無愛想で背の高い女なんて、可愛いはずがない。あれは、ただのリップサービスだとすぐにわかった。

 一回寝ただけで彼女面するなんて烏滸がましいにも程がある。
 私は自分のことを客観的にみる事ができる。

「好きな人としたら、もっと気持ちよかったんだろうな」

 そんな事をぼんやりと考えてしまう。好きな人すらいない私には絶対にあり得ない事だ。

 恋がしたい思うのはわがままなのだろうか。

 恋に向かない私は、恋をする資格すらない。だから、それ以上考えるのはやめておこう。

「またね。か……」

 独り言ちて苦笑いする。
 二度目がないと分かりきっていても、二度目があるかもしれないという期待を持たせてくれる。
 もちろん、期待なんてしていない。絶対にないのだから。

 二度目があってもいい。と、姫川が思ってくれた。と、私に思わせてくれるだけで十分だ。

「約束通りマッチングアプリを消さないとね」

 マッチングアプリを消去しながら、姫川の前でやった方が良かったのかも。と、頭の中をよぎる。

 しかし。

「わざわざ呼び出して、マッチングアプリを消去してるところなんて見せる必要ないよね。向こうだって私にそこまで興味ないだろうし」

 向こうもきっと忘れているだろうから、わざわざ言う必要もないだろう。

 マッチングアプリを消去したら、なぜかわからないが急に寂しくなった気がした。

「友達を作るマッチングアプリがあればいいのに」

 たぶん、姫川と会った事が凄く楽しかったからだ。

「あのまま会い続けていても、いつか終わるだろうし、これで良かったのよ」

 あのまま会い続けていたとしても、姫川に恋人ができたらすぐに関係は切られていたはずだ。
 異性の友達とはそういうものだから。

「好きになったら辛いから」

 あのまま会い続けて楽しい時間を過ごしていたら、きっと好きになっていたと思う。
 早く関係を切る事ができて良かったのだ。

 恋に向いていなくても、人を好きになる事は止められない。

 可愛げのない私が誰かに恋をして、「痛い」と思われるのはとても怖い。

 それなのに、姫川の連絡先を消す事ができなかった。

 またね。という言葉をどこかで信じている痛い自分がいるせいだ。
 
 でも、自分から連絡は絶対にしないから、それくらいは許して欲しいな。

 姫川の連絡先を見ながらそう思う。

 休日は、ぼんやりして過ごした。

 あんなに最高の気分を味わったのに、姫川との事を意図して思い出さないようにしていた。

 思い出したら急に寂しくなりそうな気がしたからだ。

 月曜日、会社に行くのがいつも以上に気が重たかった。





~~~~

次は誰も待ってない姫川編です
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