恋の始め方がわからない

毛蟹葵葉

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お姫様の後悔

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「……はぁ」

 もう何度目だろうか、俺はため息を吐いた。
 ベッドの中で安らかに眠っているのは、最近その気持ちに気がついた。とにかく、……俺の好きな人だ。

「どうすりゃいいんだよ」

 誰かに助けを求めようにも、アドバイスをくれるような頼もしい奴はいない。

「振り向きもしない相手を抱いた上で、好きになってもらう方法なんて難易度高すぎだろ」

 セフレなら、身体から始まる関係なんていくらでもあるし、経験はないがそれを否定するつもりはない。
 いつか自分のモノになってくれるなら、他の男と同時進行だったとしても耐えられる。
 
 一度だけという約束だ。二度目はない。会ってくれるかもしれないけれど、異性としては見てくれない気がする。

 八王子さんは、その辺はきっちりと考えてそうだし隙がなさそうなんだよな。

「絆されて好きになってくれないかなぁ……」

 俺はそう独り言ちて、タオルを温めて眠り姫のように眠り続ける八王子の身体を拭き始める。
 露わになる裸体に自身が反応しそうになるが、無心になる事に集中する。

 思い出すのは初めて彼女と出会った時のことだ。

 初めて出会ったのは、入社式の日。
 
 この日、同期の中では騒ぎが起こっていた。

「もの凄い美形がいる!」

 美人でも、イケメンでもなく、「美形」というワードに、俺は鼻で笑いそうになった。
 この年になっても外見だけで騒ぐなんて馬鹿らしいと思ったからだ。

 だが、周囲から「美形」と言われて注目されている人間がどんなモノなのか興味があり、ちらりとそいつの顔を見た。

 そこにいたのは、真っ黒な髪の毛を一つにまとめて、背筋をピシッと伸ばして座っている女だった。
 その顔立ちは恐ろしいほどに整っており、無表情のせいもあって耽美的なビスクドールのようだった。
 確かに、美人でもイケメンでもなく美形だと俺は思った。……正直に言うと、こんなにも顔が整った人間を見たのは初めてだった。
 
 命知らずの地味な男が彼女に声をかけに行くのが見えた。

 やめておけばいいのに。
 
 立ち上がった彼女は背が高く男を見下ろしていて、男はすごすごと引き下がっていった。

 美人な上に背も高ければ気後れするだろう。バカだな。と、俺は思った。

 彼女に対しての興味はさほどなかった。
 社内で見かければ目で追う程度だった。

 しかし、会社に行くようになると、嫌でも彼女の情報が耳に入る。

 名前は、八王子麗といい。名前負けならぬ、名前勝ちしている人を初めて見た気がする。
 彼女は経理にいるらしく、お局の大坪にとても気に入られているらしい。
 彼女は会社ではハイヒールを履いていて、男性社員を見下している。

 ……そして、同性愛者のようだ。

 あくまで「噂」で聞いた話なのだが、僕は変に納得してしまった。八王子麗には、独特の雰囲気があったのだ。
 付き合っているのは、同じ高校出身の信木由衣らしい。
 何でも、同期の情報によるのと、命知らずにも信木に聞いたところ、否定をしなかったそうだ。

 ただ、男子校出身の俺からしてみれば、男子校でいう可愛い男子を女子として見立てるモノに近いように感じた。
 女子高出身とはいえ、もういい大人なのだから、いい加減そういったモノから卒業すればいいのに。と、思わなくもなかった。
 八王子と信木は同期の交流から外される事になった。
 よくわからないし関わるのが面倒だ。と、同期の間で話し合った結果らしい。

 そういう事をする同期に嫌悪感を持ってしまい、俺も距離を置くようにした。

 ただ、それが事実でも違っていてもそういう対応はよくない。と、だけ俺は釘を刺しておいた。

 同期は「いい子ぶりやがって」と言わんばかりの目を俺に向けきた。

 今思えば、ちゃんと八王子のために抗議するべきだったと思う。

 八王子とは挨拶をする程度の関係だった。
 彼女は、いつも無表情だ。ニコリともしない。いつもつまらなさそうにしている。付き合いも悪く会社のイベントには絶対に参加しない。

 俺は仲良くする気なんて全くなかった。

 全ての始まりは、友人の森本希がくだらない事を思いついたせいだった。

「なあ、ネカマを捕まえないか?」

 森本の突然すぎる申し出に、俺は意味がわからなかった。
 森本というのは、高校の時の友人で、変わらず今も関係が続いている珍しい存在だった。
 男子校で姫をさせられていた俺は、高三の夏に身長が一気に伸びて別人のようになった。
 周囲は態度を変える中で森本だけは、態度を変えずに普通の友達として接してくれた。
 大切な友達だが、悪いところもあった。
 思いつきでいつもとんでもない事をしでかすような男だった。

「はあ?意味がわからない。なんでそんな事をしなきゃらなんのだ」

「だって、お前、この前の合コンでも一人勝ちだったじゃねぇか」

 森本が言っているのは、先日の合コンの件の事だろうか。
 確かに、やたら声をかけられた記憶はあったが、付き合いで参加したし、連絡先も交換していない。
 それを一方的に逆恨みされても困る。

「意味がわからない!」

「うるさい!とにかくやれ!俺は怒ってるんだ。これくらいしないと許さない!」

 森本は地団駄踏む。こういう時は何を言っても無駄だ。
 高校の時は、気のいいやつだったのに、今は付き合うのが少し面倒だと思う事がある。
 こういう子供じみた面が未だになくならない所とか。

 そういう意味では、こいつは八王子と信木と同類なのかもしれない。

「許すも許さないも、俺は悪くない。絶対にやらない」

 やらない。キッパリとそう断るが、森本はどこ吹く風で勝手に話を進める。

「無理、だってアプリをダウンロードしたし」
 
 いつのまにか奪った俺のスマホを使い、マッチングアプリを勝手にダウンロードしていた。

「はあ!?やめろよ!」

「あ、こいつにしよう。『秋田コマネチ』こいつを吊し上げよう」

 森本は言いながら勝手にメッセージを送る。

「お前!いい加減にしろよ!」
 
「あはは、すげぇネーミングセンスだな。ぶっ飛んでる」

 俺がどれだけ怒っても森本は、手を叩いて笑うだけだ。
 あとは、もうなし崩しで「秋田コマネチ」さん。とのやりとりが始まった。





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