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痛い女
しおりを挟むまたね。
それは魔法の言葉で、あの夜を極上だったと思わせてくれる。
それが再び姫川の口から溢れでて、私の鼓膜を震わせた。
次がなくても、あると思い続けていれば、諦めなければ、一生期待させてくれる言葉。
次を期待しているなんて痛すぎる。
自分が姫川の言葉に期待している事に気がついて、恥ずかしくなる。
このままでは痛い女一直線だ。深い意味なんてないのに間に受けてしまって。
自己嫌悪で俯くと、大きな腕が背中に回された。
ふわりと、姫川の体温が私の身体を包み込む。
「……っ!」
突然の事に驚いていると、姫川は再び私の耳元に唇を近づける。
「また、連絡します」
耳にかかる温かな息。掠れた声に、胸が高鳴る。
期待なんてしてはいけない。わかってる。
「……ありがとう」
待っているなんて怖くて言えなかった。
自分の部署に戻る間。姫川の「またね」という声が頭の中でリフレインし続けた。
なぜ、私は期待をしてはいけない。と、思うのか。
よくわからなかった。
姫川からのメッセージは、その日の夜に来た。
『土曜日の朝会えませんか?』
と、あった。
「きっと、そういうことだよね」
姫川との一夜を思い出す。
呼び出す理由はきっとそういうことなのだと思う。
彼は欲求不満だと話していた。
「会わなくなったら、きっと寂しくなるんだろうな」
それなのに、断る事ができなかった。
そして、土曜日の朝。
普段着のラフな格好で最寄駅で待っていると、姫川が車で迎えに来た。青のコンパクトカーだろうか。
何度か駅で待ち合わせした事があったが、移動は全て電車だった。
車を持っていた事すら私は知らなかった。
お互いに挨拶を交わすと、私は疑問を口にした。
「車、持っていたんですね」
「ええ、まあ」
姫川は、どこか気まずそうに頬を掻いた。
「知らなかった」
「電車での移動もいいけど、こっちの方がリラックスできるでしょう?」
確かにその通りかもしれない。
電車に乗ると、姫川と離れないように近くにいるので、混んでいる時は身体が密着してしまう事があった。
所謂壁ドンの状態で抱きしめられた時はどうしようかと思った。
それが凄く気まずいのよね……。
「う、うん」
車ならそこまで身体の距離は近くない。
そういった気まずさがないのなら凄く気が楽だ。
姫川も同じように感じて、今回は車を出してくれたのかもしれない。
「じゃあ、おいで」
「うん」
何だか、親しい人に声をかけているみたいだな。と、思いながら私は姫川の車に乗り込んだ。
「今日も、ラフな格好なんですね」
姫川にそう指摘されて、苦笑いを浮かべる。
そういえば、気合いを入れてちゃんとした服を着たのは、初めて会った時だけだ。
やっぱり、可愛い服とか着てる方がいいのかな。
着たところで、似合うわけがないし、買う勇気もないのでできないけれど。
「スカートとか似合わないから、ワンピースもあれと結婚式用しか持ってないし」
「そんな事ないと思うけど」
姫川がしげしげと私の全身を見て呟く。
社交辞令が変わらず上手だ。
「それに、楽なんだよね。ズボンの方が」
ズボンが楽だからこそ、そういった服を着ないというのもある。
……つまり、おしゃれに興味がないのだ
「楽なのが一番だよね。そういえば、あのワンピースはどこで買ったの?」
姫川の探るような質問に、あれは、自分で買ったものではない事を思い出す。
趣味ではないからだ。
「あのワンピース、……腐れ縁が選んでくれたんだけど、あんまり着ないの」
あのワンピースはある意味での一張羅だ。
「そっか」
姫川の目がどこか寂しそうに伏せられる。
私は、それを見ながら、姫宮と姫川は意外と気が合いそうな気がした。
それに、姫と姫コンビって響きがいいんだよね。
姫宮に姫川を気軽に紹介できないような関係性なのが少し辛い。
「ところで、腐れ縁さんの名前は何でいうんですか?」
「姫宮っていうの、とにかくカッコよくて、男前で世界一素敵な人」
姫川に姫宮の話をしながら、昔のことを思い出す。
姫宮は、誰よりも頼りになる存在だった。
「何で付き合わないの?」
「え、そういうのじゃないから」
姫川の質問に思わず想像して、ありえないと思ってしまう。
やっぱり姫宮とは腐れ縁の関係でしかない。
「……そうなんだ」
姫川が何か言いたげな顔をしている。
「姫川さん、どうしました?」
不思議に思って声をかけると「なんでもないです」と言って、それ以上は聞いてほしくなさそうな様子だ。
「どこ行きます?持ち物とか気にしないで出掛けられますよ」
姫川の質問に一つだけ浮かんだ場所があった。
姫宮の地元で有名なクレープ屋さんだ。
『あそこのクレープ食べたら他が食べれなくなる!季節関係なく定期的に食べたくなるから!』
当時高校生だった姫宮が熱弁した場所だ。
いい年した可愛げのない女が、こんな事を言ったら笑われるだろうか。
「……あの、笑わないで聞いてもらえますか?」
「はい」
「美味しいクレープが食べに行きたいです」
「場所は?」
姫川は笑う事なく、その場所を聞いてきた。
「少し離れてるんですけどいいですか?」
場所を教えても、姫川は面倒くさそうな様子は見せず微笑んだ。
「もちろん、ドライブデートしますか」
ドライブデートという単語に思わず目を見張る。
深い意味なんてないわ。ただ、言っているだけ。
そう自分に言い聞かせる。
「車出しますね」
車はゆっくりと走り出し、私がよく知る最寄駅から遠ざかっていく。
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