恋の始め方がわからない

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曇りきって何も見えない

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 旅行に、行けないことがわかったその日のうちに断りに行くと。

「大丈夫です。一緒に行く相手は探せばいると思うので、キャンセル代とかは気にしなくていいですよ」

 どこか安堵した様子で、明るく言われたので無性に腹が立った。
 もしかしたら、「行けないかもしれない」と、言った直後に相手を見つけたのかもしれない。

「それって誰ですか?」

 弓削か姫宮ではない事を願いつつ誰なのか聞くと、八王子はムスッとした顔で答えた。

「姫宮ですけど」

 まだ、行けないと決まってもいないのに、姫宮と勝手に話を進めていたのかもしれない。
 そんな事ないはずなのに、なぜかそう思えてきた。

「……そう、ですか」

「あの、何か?」

 だから、どうした。と言わんばかりの八王子に、だんだんと腹が立ってきた。

「何でもないです。僕と行くよりも姫宮さんと行った方が楽しいでしょうから」

 つい、嫌味っぽい言葉を返してしまう。
 何だか裏切られた気分だった。

「姫宮なら一緒に温泉に入れますしね」

 その一言で頭の中が真っ白になった。
 姫宮との肉体関係を匂わせるような言葉に、俺はどういうことなのか。と、怖くて聞けなかった。

 弓削との肉体関係も少しずつ現実なのかもしれないと思い始めていた。

「……とりあえず仕事やるか」

 何も考えたくない俺は、仕事に集中して逃げる事にした。
 奇しくもそのおかげで、発表会の資料は旅行ギリギリに間に合わせる事ができた。

 そして、旅行当日。

 俺は一人寂しく部屋で過ごしていた。

「……もしも、俺が間に合ってたら今頃」

 八王子と旅行に行くところを想像して苦しくなる。
 彼女は今頃、姫宮とお愉しみなのだろう。

「最悪だ」

 気分は最悪だった。
 取るに足らない男の中の一人なのだと思い知らされると、わかっていたのに辛くなる。

 不意にスマホが鳴った。表示を見ると森本の名前が出ていた。

『あ、俺だけど、俺俺』

 森本の軽薄そうな喋り方に、俺は八つ当たりだとわかっていても苛立つ。

「何のようだ」

『いや、暇だからさ、飯食いにいかない?てか、最近、全然会ってないだろ?』

 つい、きつい口調になってしまうが、森本は気にした様子もなく俺を誘った。
 そういえば、最近は八王子と会う事を優先させていたし、仕事も忙しくて森本と会っていなかった事に気がつく。

「行く」

 一人でいても気分が落ち込むだけだし、気分転換にいいかもしれない。
 迷わず俺は返事をしていた。

「久しぶり」

「久しぶりだな。忙しくてなかなか時間がなくて」

 ニヤケ顔の森本に、挨拶を返しながらなかなか会えなかった理由を話すと、他人事のように「大変だったな」とだけ呟いた。

「そういえば、あの美女と会ってからどうなった?」

 そういえば、森本とはあの一件から一度も会っていなかった事に気がつく。
 覚えておけよ。と捨て台詞を吐いていたが、そこから連絡はなかったし、すっぱりと忘れているものだと思っていた。

「別に何も」

 八王子を一目見た時、かなり気に入っている様子だったので、本当のことは何も言わずに濁した。
 忘れていたようだが、寝た。とか、本当の事を言ったら面倒な事になりそうな気がしたからだ。

「ふーん」

 森本は、何ともなしに返事をした。
 どうやら、深い意味などなく聞いたようだ。

「なあ、聞いてくれよ」

「なんだよ」

 森本がいつものニヤケ顔で何かを切り出してきた。
 こういう時は、嫌な話題が多く無意識に警戒してしまう。

「おれさ、あの人と寝ちゃった」

「は?」

「秋田コマネチさんだっけ?マッチングアプリまだ登録しててメッセージ送ったら返事きてさ」

「そうなんだ」

 森本が何を言っているのかわからない。いや、頭が理解するのを拒んでいるのだ。
 マッチングアプリは八王子が削除しているはずだ。
 
 ……マッチングアプリを削除するところを見せてもらってない。
 
 その瞬間に、胸の内に不安が広がった。

「会おうってなって、その場で勢いでホテル行った」
 
「……それ本当か?」

「俺が嘘つくと思ってるのか?え、やったのお前」

「黙れ」

「ていうかさ、写真まで撮らせてくれてさ、これ。やっぱり美人だよな」

 森本が見せてくれたのは、見覚えのあるロイヤルブルーのワンピースを着ている八王子だった。
 彼女は恥ずかしいのか、目線をカメラに合わせていない。

「……」

「何だよお前、黙り込んでさ、もしかして、できなくて俺のこと羨ましいって思ってるのか?」

「違う」

「マッチングアプリで男漁りしているっぽい。美人だからさ、よりどりみどりだろうな」

 森本の話を聞きながら、俺の腹の中にどす黒い感情が渦巻いていく。
 怒り。妬み。そして、悲しみ。

「お前、二回目は会ったのか?」

 森本に激しく詰め寄りたい衝動を堪えて問いかける。
 森本は、下卑た笑みを浮かべて頭を振った。

「いや、全く。ブロックされた。やり捨てだよ。酷くないか?締まりもよかったしエロかったし、フェラとか凄く上手で、……男に仕込まれたんだろうな」

 耳を塞ぎたくなるような汚い言葉に、これ以上聞きたくないと思った。
 
「帰る」

「は?来たばっかりだろ」

「お前と話したくない。帰る」

「酷くないか?……あ、お前あの美人の事を好きだったんだな」

 バカにするように笑う森本。
 図星だ。
 どうしようもない嫉妬心が渦巻いていた。
 他の男に股を開くなら俺でもいいじゃないかという怒りで頭がどうにかなりそうだった。

「……じゃあな」

 引き止める森本を振り払って帰りながら、八王子にメッセージを送った。

 もう、どうとでもなれという気分だった。
 少しでも八王子に嫌な思いをさせてやりたい。それだけだった。
 もちろん、最後までするつもりはなかった。その気になった時に、バカにして笑ってやろうと思っていただけだった。

 八王子の腕を掴みラブホテルへと向かう道中。何度も彼女が手を振り払って逃げてくれないかと望んでいた。
 そんなことはなく、従順に八王子はラブホテルの中に入ってきた。

 ……その結果は後悔で終わった。

 寝不足、疲労、周囲の悪意、タイミングの悪さ、八王子の天然さ、勘違い、すれ違い……、とにかくさまざまな条件が重なり合い、俺はとんでもない思い込みで八王子に襲いかかっていた事に気がついたのだ。

 全て勘違いだと気がついた瞬間。安堵と共に、途方もない罪悪感に苛まれた。
 
 警察に行くと言うのなら、一緒に行き罰を受けるつもりだ。
 顔を合わせるのも嫌だと言うのなら、当然会社も辞めるつもりだった。

 その旨を八王子に伝えると「大丈夫だ」と言う、それがさらに後悔と申し訳なさを加速させる。

 何でこんな事をしたのかと聞かれて、俺は、二度と彼女と会わないつもりで自分の気持ちを打ち明けた。

 そして、余裕のなさゆえの勘違いで、嫉妬心を爆発させてこのような事をしでかしたのだと説明した。

 自分の痛い行動まで打ち明ける事になり、羞恥でどうにかなりそうだった。

 そんな事よりも、八王子も八王子で追い詰められていたようで、自分もその追い討ちをかけていた事がわかり、そちらの方がきつかった。

 俺の告白に八王子の返した言葉は、好きでも嫌いでもなかった。

「……あの、私、無愛想で背が高くて、男みたいで、可愛くもないし、そんな、なんで私を好きになったの?」

 それは、八王子に嫌われるよりも、もっと悲しい返事だった。

 彼女は今までどんな恋愛を経験してきたのだろう。それすらも、自ら拒んで生きてきたのかもしれない。

 そう思うととても苦しかった。
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