恋の終わらせ方

毛蟹

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「由寿。久しぶり」

落ち着いた声。それに違和感。正己が電話をしてくる時は、大体、女絡みだ。失恋した時か、喧嘩をした時。
本当にロクな理由じゃない事が多い。
彼はいつも、悲しみを抑えつけた切なさを孕んでいる声で、私に電話をかけてくるのだ。
泣き出すのを抑えながら話す彼の息は荒く。情事の最中のように甘い声だと、いつも私は不謹慎に思っていた。

自棄酒を飲んだ日から随分と月日は流れた。
それなのに、私の気持ちはずっと変わらない。もはや積み重なった想いは恩讐のように、心にのしかかってくる。

「久しぶりね。なんの用事?」

違和感を無視して、話すように促すと、正己は途端に吹き出す。

「ふっ、あはは」

楽しげな笑い声。
失恋を理由に電話をしてきたようではないみたいだ。
なんだろう?惚気だろうか。しかし、正己が私に女の話しをする事はほとんどない。悪口も良い話しもだ。

この男が失恋以外で私に連絡をしてくることは、ほぼないのだが。
珍しい。それだけ、今の恋人の事が好きなのかもしれない。
そう思うとズキリと胸が痛む。忘れたいのに忘れられない想いは、幻肢痛のように私を苦しめる。

呪いのようだ。この気持ちにどのくらい取り憑かれているのだろう。

「うわっ、冷たくない?」

正己は戯けたように、きっと電話越しで肩を竦ませているのだろう。
普段の彼は明るく楽天的なのだ。女が絡むとどうしようもない人間になるのだが。

「別に、だって、彼女いるのになんで電話してくるの?ヤキモチ焼きな子なんでしょ?」

今の恋人と付き合った時、正己は、私にそう説明した。
だから、あまり遊べない。
そう言いつつも、恋人と喧嘩をするたびに私と会う約束を取り付ける辺りのちゃっかりさは、羨ましく思う。
彼女とどのくらい続いたのだろうか?今までで1番長かった気がする。

「この電話は、理沙さんも納得してるから大丈夫」

口ぶりから喧嘩をしたようにも思えない。

「あのさ、大切な話があるんだ。会えない?」

そう言われて、私は正己が何のために電話をしてきたのかすぐに察する事ができた。
というか、女の勘だ。ヤキモチ焼きの彼女が女と会ってもいいと言い出すなんて理由は限られている。

結婚するのね。
そう思った瞬間、鼻の奥がツンと痛くなってきた。
今までは、誰かの物になっても確かに辛かったけれど、自分の所にくるチャンスは少なからずあった。というよりも、そう言い聞かせてなんとか気持ちを抑え込んでいたのだ。
しかし、結婚するのは違う。

「何よ。ここで言ってよ」

声が震えそうになるのを抑えてようやくそれだけ、言葉を絞り出す。
とにかく電話を切りたい。これ以上話をしたら涙が出てきそう。
顔を見て話を聞ける気力は私には無い。正己を目の前にしたら泣きじゃくりそうだ。

「いや、だって招待じょ……。」

正己は招待状と言いかけて、秘密にしたいのか言葉を飲み込んだ。
きっと、サプライズで驚かせたいのだろう。わかりやすく尻尾を出してくれてよかった。
もしも、それを何も知らない状態で実行されたら心が持たなかったかもしれない。

やっぱり彼は他人の物になるのだ。

「とにかく渡したい物があるから、今度会ってよ!理沙さんも逢いたいって」

ヤキモチ焼きの彼女も私に逢いたいのか。
わかりやすく見せつけられるかもしれない。そう思うと、心が持たない。
結婚式には参列するけれど、個別で逢うのは控えたい。
正己と理沙が仲睦まじくしている光景はとてもではないが、見てはいられない。

「忙しくて、時間を作れないかも。仕事が繁忙期だから。招待状送って貰える?」

忙しいを理由に断われば、正己も文句は言えないだろう。
仕事の大切さは彼はよく知っている。

しかし、彼からの反応は予想外の物だった。

「……違うだろう?本当は」

正己は静かな声音だが、何かに怒っているような口ぶりだ。

「俺が理沙さんと付き合ってたら付き合いが悪くなった」

それは、理沙が嫉妬深いと言われたからだ。
二人の関係を壊すかもしれないことをわざわざしたくなんてなかった。
正己の事は好きだけれど、だからといって諍いの原因にはなりたくなかったのだ。
しかし、それのどこが気に食わないのだろう。少なくとも、思いを気取られないように私はいつも気をつけていた。
もしかしたら、気付かれてしかしまったのだろうか?
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