芋虫(完結)

毛蟹

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 びっくりする事が2連続で来ると、思考が停止してしまうようだ。
 つまり、一回寝たけど。『顔を隠せばイケるからセフレになれ』と、そういうことなのだろう。
 私は電光石火の速さで水津の言いたい事を理解した。
 年増の女と寝て水津の汚点になることはあっても、いい思い出になることはまずない気がする。
 しかし、あの一夜の事を持ち出されると私は間違いなく訴えられて職を失う。
 記憶がないなんて政治家のような言い訳は私にはできない。今この場で乗っておけば、今すぐにはクビにならないはずだ。
 関係を解消する時に私はクビを切られるかもしれないけれど。
 絶対に仕事は辞めたくない。
 3年前に全て失った私だが最後に残ったのは仕事だけだった。これを、なくしたらどうしたらいいのか自分でもわからない。
 私は結婚するつもりもないし、彼と関係を持っても何も損することはない。
 それに、どのくらいの頻度で来るかもわからない。
関係を持ったら少しは対応がマシになるだろうか?そんな打算が生まれた。
 毎日のように嫌味や嫌がらせをされると、精神的に辛いものがある。精神の安定のために身体を差し出すなら全然いい。耐えられる。
 水津は私よりも育ちはいいだろうし、病気なんてないはずだ。
 向うは性欲満たすために私に身体を差し出す。私は少しだけ関係がよくなればいい。
 明らかにおかしいが利害は一致している。割りきればいいだけだ。波風たてない人生の為に。
 いつか、切り捨てられるんだ。だったら、彼との関係を続けている間に転職先を探そう。

「私でよければ。いいよ」

 私は彼と同じように嘘くさい笑顔をうっすらと貼り付けた。

「……っ」

 水津は少しだけ眉を寄せたような気がした。
 その後、お葬式のような雰囲気の中で一緒に弁当を食べた。何を口に入れても味がしなかった。
 仕事を終えて家に帰ると、私は水津との今後の関係について考えることにした。
 淋しい枯れた女でもいいという綺麗な男が居るんだ。セフレの関係で何回か寝ただけで私が変に勘違いして、面倒な事になったら洒落にならない。
 心なんて動かないと思うが、これ以上痛い女になんてなりたくなかった。
 絶対に必要以上のことは話さないでおこう。
 もし水津を好きになりそうだったら、好きな人が出来たとかなんとか言って関係を解消してもらえればいい。
 私の事は嫌いだろうから一々聞かないだろう。踏み込まない。踏み入れない。

また、あの愛する人を失くす苦しみは味わいたくないから。

 これは自分を守るためにすることなのだ。と、自分に言い聞かせる。
 私は生活を守る為に水津と関係を持つ。ただそれだけだ。そこに、愛情は必要のないものだ。
 あの日から私は芋虫のように地べたを這う醜い生き物になったのだから、たまには綺麗な蝶と戯れたっていいじゃないか。今はこの刹那的な関係を楽しめばいい。
 この関係は水津のお気に入りのセフレを見つけるまでの繋ぎみたいなものだ。

「人ってその気になれば落ちぶれられるものだね。本当に笑える」

 苦笑い混じりにそんな皮肉が唇から溢れた。
 3年前、澤田と結婚するつもりで、幸せそのものだった自分の姿とはかけ離れている。

「まあ、口先だけで怖気付いて本当は来ないかもしれないし」

 そう言って自分を元気付けたが、そう世の中うまくいかないものだった。
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