芋虫(完結)

毛蟹

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 それから、ずっと寝込んでいたのは言うまでもなく。血はすぐに止まったが、引き裂かれるような痛みと、粘膜を強く擦られた痛みは身体を動かすたびに私に襲ってきた。
 それと、気になっていたのは水津の事だ。
 最終的に怒らせてしまったので、彼がどのように動くのか考えるのが怖かった。訴えられるかもしれない。という、不安で眠れなかった。

 月曜日、会社に行くと柏木が私に声をかけてきた。

「小久保さん。おはようございます。顔色、すごく悪いですけど」

 柏木は気遣わしげな表情だ。休日はずっと寝込んでいた事を見透かされているような気がした。
 本当は助けを求めた方が楽だとわかっている。しかし、私は笑って誤魔化す。

「そうかしら?ファンデーションの塗りすぎかも」

「……本当に?」

 探るような目。柏木は目端がよく効く。だからこそ、いつか私を追い越すだろう。優秀さは部下だからこそわかる。
 弱みを少しでも見せたら、私の代わりなんて彼なら容易くなれてしまうから。
 信用のない私の足場はいつだって脆い。まるで薄皮の氷の上に立っているようで、それが崩れていくのを考えるのが怖い。

「大丈夫よ。本当に、心配かけてごめんなさい」

 だから、私はどんなに体調が悪くても、辛くても平気な顔をして笑うしかできない。平気だと大丈夫だと虚勢を張らないと、自分は立っていられないから。
 誰かを信じてしまうと、大きな痛手を負うことを私は知っている。もう、誰も信じる事なんて私にはできない。

「柏木くんは、本当に優しいのね。ありがとう」

 私はにっこりと笑って、彼と心の壁を作った。

「そりゃ、小久保さんの事、心配ですから」

 柏木は困ったような顔をした。

「じゃあ、仕事しようか」

 柏木から離れてデスクに座ると違和感を持った。誰かに見られているようなそんな感覚だった。

「……?」

 私がそちらに目を向けると、水津とかち合った。
 彼は何か言いたそうな顔をした。そこには金曜日の夜に私に向けた苛立ちや怒りは含まれていなかった。
 とりあえず当面は首が繋がった事だけはわかった。安堵から思わず笑みが溢れると、水津は気まずそうに目を逸らした。

 身体の調子は最悪だが、仕事に集中する事だけは何とかできた。
 休憩時間になるのはあっという間だった。
 12時きっかりの時間になると、水津は立ち上がり明らかに私に視線を向けて口を開く。

「あ、小久保……」

「水津さん!一緒にランチしましょう!」

 水津が私の名前を言い切る前に、別の女子社員が水津の名前を呼んだ。

「え、あ、進藤さん。僕は」

 水津は断ろうとしたのだろうか、続きを言おうとしたがすぐにそれは阻まれた。

「ねえ、行きましょうよ!」

 進藤は水津の腕に抱きつくと、引きずるように彼を連れてフロアからいなくなった。

「こんなに、わかりやすいアプローチってなかなかないな」

 頭上から聞こえてきた嫌な声に、私は眉間に皺を寄せそうになるのを我慢した。
 今日は、厄日か何かなのだろうか。
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