芋虫(完結)

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「着いたよ」

 水津に体を揺すられて目が覚めた。
 滲む視界、眠っている間に目でも開いていたのだろうか、もしかしたら、とんでもない寝顔を晒してしまったのかもしれない。

「えっ!?」

 しかし、寝顔のことなど吹っ飛びそうなことが、視界に広がった。
 どう見てもここは駅前ではないし、ましてや私のアパートの前でもない。そもそも、私がいるのは車の中でもない。
 私がいるのは室内でふかふかのベッドの上だ。クリーム色の天井が見える。

「ここどこ?」

 重たい瞼を擦りながら起き上がると、水津は私の隣に座り腰を抱いた。

「俺の部屋」

 水津は私の耳に唇を近づけると甘やかな声で囁く。生暖かい息が耳にかかるとゾクリと体が竦む。

「……あ、最寄り駅でいいって言ったのに……」

「駅で下ろすなんて一言も言ってないよ。ほら、シャワー浴びて寝たら?」

 車に乗った時のやりとりを思い出すが、確かに「駅に送る」とは、一言も言わなかった。

「っ、なんで」

 部屋に連れてきたの?と、私が質問する事を見越したように水津は笑った。
 セックスをするのなら、私の部屋があるのだから、水津の部屋に行く必要なんてないはずだ。
 それにしても、殺伐とした関係から急に甘いものに変わったような気がする。兆候はあったような気がするけれど、明確に態度が変わったのはいつからだろうか。

「何が?いいじゃない。別にセフレから恋人や友達になったとしてもさ」

 確かに彼の接し方は、友達以上恋人未満の関係に近いような気がする。しかし、彼は私のことを嫌っていたはずだ。

 なぜだろうか、とてつもない違和感……。

「お友達でも異性の部屋になんて気軽に行かないわよ。だから、家に帰して」

「まあ、セフレだったし?部屋の行き来くらいはあってもいいでしょう?」

 ようやく出た断りの言葉に、水津はクスリと笑って屁理屈をこねる。

「物は言いようじゃない!」

「そうだね。でも、嫌がることは何もしないから」

「っ!」

「ごめん、ふざけすぎたね。本当に何もしないよ。苦手でしょ?セックス」

「……!」

 私はそれを言い当てられた事に、恥ずかしくて頬が熱くなった。
 確かに好きではない。優しく抱かれても、酷く抱かれても楽しいと思える物ではなかった。

「本当に何もしない。したとしても怖いことはしないから、そばにいてよ」

「っ、何よそれ」

 水津の顔は溺れそうな人が助けを求めるように、必死で私は傷つけないように断る理由を探す。
 誰かと親しくなるのが怖い。それくらいなら、歪な体の関係の方が遥かにマシだ。

「来て」

「本当に何もしない?」

 懇願する声に私は彼の肩に顔を押し付ける。期間限定の友達ならそれでいいかもしれない。どうせ、彼は居なくなるのだ。
 居なくなってしばらくしたら忘れられる。

「もう、凛子の嫌がることはしない」

 水津の大きな手が私の頭を撫でる。

「名前で呼ばないで」

「ダメ、これだけは譲れない。何もしないから。そばにいてよ」

「……わかった」

 どうせ居なくなるのだ。呼び名なんてどうでもいい事だ。私はそう言い聞かせて目を閉じる。

「凛子……」

「っ……!」

 そっと水津の唇が私の額に触れた。驚いて瞬きすると、クスリと笑い声と共に彼が問いかけてきた。

「明日、どこか行きたいところある?」

「なんで?」

「行こうよ」

「特にないよ」

 そんなことを言われても、何も思い浮かばない。
 誰かと出かけたことなんて、最近ではほとんどなくて一人で図書館などに行くことが多い。

「行こうよ」

 水津の申し出に、私は困ってしまった。

「……誰かと会うのが嫌なの」

「じゃあ、遠くに行こうか?」

 そう言われて、断る事はできなかった。
 その日の夜は、映画を観て馬鹿みたいにはしゃいで過ぎていった。
 こんなに楽しかった夜はなかった気がする。
 そもそも、家から追い出されるまでは、私にだけ門限があったので、誰かの家に泊まることすら許されなかったのだ。
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