芋虫(完結)

毛蟹

文字の大きさ
16 / 70

16

「着いたよ」

 水津に体を揺すられて目が覚めた。
 滲む視界、眠っている間に目でも開いていたのだろうか、もしかしたら、とんでもない寝顔を晒してしまったのかもしれない。

「えっ!?」

 しかし、寝顔のことなど吹っ飛びそうなことが、視界に広がった。
 どう見てもここは駅前ではないし、ましてや私のアパートの前でもない。そもそも、私がいるのは車の中でもない。
 私がいるのは室内でふかふかのベッドの上だ。クリーム色の天井が見える。

「ここどこ?」

 重たい瞼を擦りながら起き上がると、水津は私の隣に座り腰を抱いた。

「俺の部屋」

 水津は私の耳に唇を近づけると甘やかな声で囁く。生暖かい息が耳にかかるとゾクリと体が竦む。

「……あ、最寄り駅でいいって言ったのに……」

「駅で下ろすなんて一言も言ってないよ。ほら、シャワー浴びて寝たら?」

 車に乗った時のやりとりを思い出すが、確かに「駅に送る」とは、一言も言わなかった。

「っ、なんで」

 部屋に連れてきたの?と、私が質問する事を見越したように水津は笑った。
 セックスをするのなら、私の部屋があるのだから、水津の部屋に行く必要なんてないはずだ。
 それにしても、殺伐とした関係から急に甘いものに変わったような気がする。兆候はあったような気がするけれど、明確に態度が変わったのはいつからだろうか。

「何が?いいじゃない。別にセフレから恋人や友達になったとしてもさ」

 確かに彼の接し方は、友達以上恋人未満の関係に近いような気がする。しかし、彼は私のことを嫌っていたはずだ。

 なぜだろうか、とてつもない違和感……。

「お友達でも異性の部屋になんて気軽に行かないわよ。だから、家に帰して」

「まあ、セフレだったし?部屋の行き来くらいはあってもいいでしょう?」

 ようやく出た断りの言葉に、水津はクスリと笑って屁理屈をこねる。

「物は言いようじゃない!」

「そうだね。でも、嫌がることは何もしないから」

「っ!」

「ごめん、ふざけすぎたね。本当に何もしないよ。苦手でしょ?セックス」

「……!」

 私はそれを言い当てられた事に、恥ずかしくて頬が熱くなった。
 確かに好きではない。優しく抱かれても、酷く抱かれても楽しいと思える物ではなかった。

「本当に何もしない。したとしても怖いことはしないから、そばにいてよ」

「っ、何よそれ」

 水津の顔は溺れそうな人が助けを求めるように、必死で私は傷つけないように断る理由を探す。
 誰かと親しくなるのが怖い。それくらいなら、歪な体の関係の方が遥かにマシだ。

「来て」

「本当に何もしない?」

 懇願する声に私は彼の肩に顔を押し付ける。期間限定の友達ならそれでいいかもしれない。どうせ、彼は居なくなるのだ。
 居なくなってしばらくしたら忘れられる。

「もう、凛子の嫌がることはしない」

 水津の大きな手が私の頭を撫でる。

「名前で呼ばないで」

「ダメ、これだけは譲れない。何もしないから。そばにいてよ」

「……わかった」

 どうせ居なくなるのだ。呼び名なんてどうでもいい事だ。私はそう言い聞かせて目を閉じる。

「凛子……」

「っ……!」

 そっと水津の唇が私の額に触れた。驚いて瞬きすると、クスリと笑い声と共に彼が問いかけてきた。

「明日、どこか行きたいところある?」

「なんで?」

「行こうよ」

「特にないよ」

 そんなことを言われても、何も思い浮かばない。
 誰かと出かけたことなんて、最近ではほとんどなくて一人で図書館などに行くことが多い。

「行こうよ」

 水津の申し出に、私は困ってしまった。

「……誰かと会うのが嫌なの」

「じゃあ、遠くに行こうか?」

 そう言われて、断る事はできなかった。
 その日の夜は、映画を観て馬鹿みたいにはしゃいで過ぎていった。
 こんなに楽しかった夜はなかった気がする。
 そもそも、家から追い出されるまでは、私にだけ門限があったので、誰かの家に泊まることすら許されなかったのだ。
感想 18

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。