芋虫(完結)

毛蟹

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 月曜日出社すると、柏木が先にいた。待ち構えていたかのような表情をしていて、なぜかわからないけれど少し怖かった。

「おはよう。柏木くん」

「小久保さん。おはようございます」

 挨拶を済ませると、柏木は、少し何かを躊躇するように口をモゴモゴさせた。

「その、あの、えっと、金曜日あれからどうなったんですか?」

 歯切れの悪い切り出し方。やはり、柏木は後味の悪い感じでお互いに別れたから、気になっていたようだ。
 何があったかなんて言えるわけはないけれど、「相談」という名目があるのでそれを使い誤魔化すことにした。

「別に何も、仕事の相談をされただけよ」

「そうですか、本当に?」

 柏木は心配そうな顔をして私を見ている。

「ええ、若くて優秀でも悩みってあるのね。なんか、不思議な感じよ」

 本当に相談に乗っていた。と、念押しするように伝えると柏木は安堵した顔をする。

「ああ、そうだったんだ。良かった。小久保さんと水津くんってあまり仲良くないでしょう?」

 柏木のその言葉に私は驚いた。気がついていないと思っていた。少なくとも表面上は仲が悪そうには見えないようにお互い接していたつもりだったのに。
 柏木にはお見通しだったようだ。

「……気がついていたの?」

「彼、少し小久保さんに当たりが強かったから、心配だったんです。何もなくてよかった」

 どうやら、相談と称して私に何か嫌味でも言ったのかと柏木は心配してくれていたようだ。
 そんなふうに心配してくれていたのに、私たちは遊びに出かけていた。思い出すと急に申し訳なくなってきた。

「心配かけて、ごめんなさいね。本当に大丈夫よ。それに、なぜかわからないけど態度は変わったし、何も酷いことなんて言われてないわ。そんな心配なんてないと思う」

「……そうですね。今度は別の意味で心配なんですけどね」

 私が心配しなくていい。と、伝えると柏木は、また心配だと言い出す。意味がわからない。

「……?」

「わからなくていいですよ」

 私が首を傾けていると柏木は苦笑いしている。謎が深まった。
 そこに……。

「あの!」

 柏木と話している間に、出社していたらしい進藤が座っていたデスクから立ちあがろうと腰を上げる。そこへ。水津が進藤を遮るように声をかけてきた。

「主任。おはようございます」

 彼はやや強ばった微笑を浮かべて私に挨拶をする。
 しかし、すぐにいつものような人の良さそうなものに変わった。
 私は気不味さがない事に驚きながらも「おはよう」と挨拶を返した。

「あの、主任!」

 進藤はツカツカと大きな足音をさせて、水津を追い越し、私のすぐ横に立つ。そして、突然腕を掴んだ。

「あ、あの。何?」

 私は驚きながらも、突然の行動に出た進藤の方を見るけれど、一切口を開く気配がない。じりじりと腕を掴む手に力が入っていくのがわかる。

「っつ」

 痛みを感じたけれど、顔に出さないように彼女の反応を伺う。

「進藤さん。どうしたの?」

 水津はまるで私の事など目に入っていないかのように進藤の方を向く。
 彼女は水津に呼び止められたので、力をいれて握りしめていた手を離した。
 シワのないブラウスにはくっきりと彼女の手の跡がついており、アザになっていないだろうかと内心ため息をつく。

「お昼休憩の時、少し時間ありますか?相談したいことがあって」

 そういって。進藤は睨み付けるような鋭い視線を私に向ける。その様子はどこからどう見ても相談したいことのように思えない。

「進藤さん。やめなさい」

 柏木は進藤の気配を察知して、叱責するように止める。
 しかし、『相談がある』と言われた手前。それを断る事は私には出来なかった。

「何で、ダメなんですか?部下の相談ですよ」

 進藤も、痛いところをついてくるので、柏木はそれ以上何も言えずに言葉に詰まる。

「そんな事ないわよ。もちろん。いいわよ」

 わたしの言葉に進藤はニヤリと笑ったのが見えた。嫌な予感がしたけれど、だからといって何か出来るわけでもない。

「小久保さん!」
「柏木くん。大丈夫よ。相談したいことがあるだけなんだから」
「わかりました」

 私の念押しに、柏木は心配そうに渋々ではあったが、引き下がった。


「そろそろお仕事の時間だからデスクに戻りましょうか?」


 私の声に三人が慌てたように周囲を見渡すと、このやり取りを皆驚いたように見ている同僚達が目に入る。
 こんな事で目立ちたくなかったのだけれど。私の思いなど関係なく周囲の勘違いや、思い込みは加速していくものだ。それは嫌でもよくわかっている。

「騒がせちゃってごめんなさい」

 口角をなんとか上げて曖昧な微笑を浮かべると、皆が威圧されて息を飲んだように見えた。よほど私達のやり取りが怖かったのだろう。

「ほら、デスクに戻って」
「はい」

 三人共、席に戻っていった。
 ふと、視線を感じその先を見ると。水津の唇が弧を描き、このやり取りを楽しんでいたように見えた。

『今度は海に行こう』

 彼は確かに声には出さなかったけれど、そう、唇は動いていた。
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