七不思議

彼女の想い

　今日もこの学校では、いくら歩いても聞こえる何百もの会話と、人の声で満たされている。俺、和泉涼は、自習室で勉強をしていた。家だと集中できないため、ここで勉強をしているが、もうすぐ下校時刻になるだろう。自習室を出ようとしたところで、面白いことを聞いた。おそらくこの学校で話題になっているオカルト好きの男子生徒だ。
「ねえねえ知ってる！？屋上の扉が鍵を開けてもいないのに勝手に開くっていう噂！僕的には幽霊が開けてると思うんだけど....」
　屋上、幽霊か、面白い。最近は何かと暇だから、暇つぶしにでも調べてみるか。俺は自習室から出たあと、そのまま屋上へと進んだ。
　長い階段を登り、屋上の扉へと辿り着いた。夕陽の光がドアの窓から漏れ出て、床や階段をオレンジ色に染めている。しばらく観察することにした。確かに、鍵は掛かっていた。だが、噂通り扉が開いているわけではなかった。やはり単なる噂、思い込みじゃないか。そう思ったところで、俺の思考を裏切るかのように、誰も触っていないのに、扉がガチャっと開いた。窓から差していた夕陽の光が、扉の隙間からキラキラと見える。
「……まじか」
　あの男子生徒の言うように、本当に幽霊がいるのだろうか。そう一瞬思いかけたが、馬鹿らしくなり、辞めることにした。…まあ、だからと言ってこのまま帰るわけにもいかないので、引き続き観察することにした。鍵はちゃんと掛かってる。屋上に人の気配もなし。だが、ここであることに気づいた。ドアノブ付近が錆びている。……なるほど。
「錆や建物の老朽化によって鍵が機能していないのかも知れないな」
　何より特に最近、風が強い。扉が勝手に開いてしまうのも、このせいだろう。謎がほとんど解けたため、今日は家に帰ることにした。

　1週間後。
　俺は今日は図書室に来ていた。何となく、図書室で勉強をしたい気分だったのだ。図書室には人がおらず、静かな空間に、つい力が抜けてしまいそうだ。
「…疲れた」
　本でも読もうかな。そう思い、図書室の隅に本を探しに来たところだった。周りの本とは一味違う、古びた本がそこにあった。表紙には「日記」と拙い字で書かれていた。興味が湧いてきた。ページをパラパラとめくるそこには、おそらくもうここにはいないであろう、生徒の想いが綴られていた。
『あの場所…屋上では本当の自分でいられる。』
　屋上か。屋上といえば、あの噂を思い出すな……
　この日記からは、生徒の想い、叫びが伝わってくる。
　その時、思いもよらぬ考えが、浮かんできた。
　あの屋上の噂は…生徒の想いが関係しているのではないのか？……もちろんそうではないことは分かっている。だが、俺の中で心が躍っているのも確かだった。
　俺は最後のページを読み終えた後、真っ先に屋上へと向かった。そして、また扉の前に立っていた。手で軽く扉を押してみると、「ギイィ」という音と共に、扉が開く。
「あぁ…やはり錆びていただけか……」
　軽く自嘲して言う。ただ、ここにいた生徒の想いはおそらく本物だったのだ。日記の一番最後のページには、
　『明日も、あの扉が開きますように』
　と書いてあった。
　今、俺の中には言葉で説明できない温かさが残っていた。そして、それ以上に「もういない誰か」にとってこの場所は大切だったのだろう。そう思うと、屋上に入り込もうと考えていたところだったが、申し訳ないという感情からか、気後れする。
　いや、おそらく「怖さ」だ。誰かの大切な場所に踏み込むこと、そして前に進むことに恐怖を覚えたのだと思う。
　結局、屋上には入れずじまいで終わり、そのまま家に帰ってしまった。
　それからは日常が長く感じた。日記のことを考えると胸が締め付けられる。それくらい忘れられなかった。
　ある日、また図書室で勉強をしていた時だった。今回はたまたま自習室が使えなく、図書室で勉強をしていた。その時だった。誰もいない図書室の奥から「ボトッ」と音がした。振り返ると、誰もいない図書室の隅に、まるで俺がここに来るのを待っていたかのように、日記が、最後の記録――
『明日も、あの扉が開きますように』
　と書かれたページを開いていた。もうそれを見るのも懲り懲りだった。拾って元に戻そうとした時だった。そのページの隅に何か文字が書いてあった。それを見た時、俺は顔がカッと熱くなるような感覚を覚えた。そこには
『そして、誰かがこの日記を見つけ出してくれますように』
　と書かれていた。自分が恥ずかしかった。
　その後、俺は屋上へ向かって走った。周りの目など気にならなかった。扉の目の前で立ち止まっていると、扉が勝手に開く。その音は少し不気味なように思えた。
　扉の隙間からは、微かな光が覗いており、風が吹き抜けていた。それはまるで「誰かの想い」が今でも生きているように思えた。俺は扉の前で立ち止まっていた。あの日記を読んだばかりに、まだ「怖さ」が残っていた。
　だが、感謝もしていた。あの日記が俺に大切なことを教えてくれたのだと、信じている。
　光は今でも扉の隙間からチラチラと覗いている。それは未来への希望を表しているように思えた。