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前世の夢
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部屋に戻ってからと言うものの、カルミアはずっとベッドの上で両膝を抱え込んでいた。
その表情には生気はなく、陰鬱を沈み込ませている。
よほどショックだったのだろうか。
目に写るもの全てがセピアのように色褪せて見える。
身体中が氷のように冷たい。
「カルミア様、大丈夫ですの?お茶会で何かありましたの?」
「...」
「...もしかして王女様に何か言われましたの?」
ターニャが絶え間なく話しかけてくれているが、水の中にいるように不鮮明に聞こえる。
「ごめん。ターニャ。今は一人にしてほしい」
「...カルミア様」
一刻も早く一人になりたかった。
一人になって、この胸に渦巻く醜い感情と向き合いたかった。
「...分かりましたわ。城外で用を足してきますわね。夕方には戻りますわ」
今は一人にしたほうがいいと判断したターニャが部屋から出ていった。
バタンと、扉が閉まる音と共に訪れたのは、自分の息が響く程の静寂。
一人になるや否や、押し寄せてくる感情の嵐に、カルミアは思わず叫び出しそうになった。
怒りや悲しみ。不安。混乱。ーーそして激しい嫉妬。
それらがごちゃごちゃに混ざりあい、胸中でせめぎあう。
複雑な感情の渦巻きの中に心を浸していていると、やがてそれらは、一粒の雫に姿を変えた。
「っふ、う」
一粒の雫は大きさを変え、何度も目から零れ落ちる。
「っう。うう。ふぅ」
カルミアは化粧が崩れるのもお構い無しに、泣きじゃくった。
こんな時にクロエがいてくれれば。
手を繋いで、泣き止むまで待っていてくれただろう。
ーーでももうクロエはいない。僕のせいで王宮から追放されてしまった。
ギルバートが子供を成した。
いつ、なんて分からない。けれど間違いなく、クローディアに愛の言葉を囁いたのだろう。
側室のいる王室じゃあこんなの日常茶飯事だろう。
しかしカルミアは、自分以外と関係を持つギルバートなんて考えられなかった。
(なんで言ってくれなかったんだよ。僕にだって心の準備があったのに)
今はまだいいが、子供が生まれたら分からない。
父親になったギルバートは、変わらずカルミアに愛情を注いでくれるだろうか。
もしかしたら子供に全部の愛情を取られるかもしれない。そうしたらギルバートがこの部屋に繁りに訪れる事もなくなるはずた。いや、もしかたら二度と姿を現すことはないかもしれない。
クロエもいないこの部屋で、来るはずのないギルバートを待ち続ける日々。
そんなの耐えられない、とカルミアは思った。
もう僕にはギルバートしかいないのに。
僕からギルバートを、奪わないで。ギルバートを奪われたら、もう僕には何も残らない。
僕が女なら良かった。
ギルバートとの子を為すことが出来た。そうしたらギルバートを独占することだって出来ただろうに。
何故僕は男なのだろうか。
そんなどうしよもない事をぐるぐると考えてしまう。
ターニャが部屋を後にして、何分。何十分と経った頃だった。
子供のように泣き続けたカルミアは、泣き疲れたのだろう。
いつのまにか眠ってしまったようだった。
ほどなくして、夢を見た。また前世の夢だ。
けれど今度の夢はいつもの前世の夢と、何やら様子が違っていた。
※※※
牢獄のような真っ白な部屋。鼻をつく強い消毒液の臭い。
そしてすすり泣く誰かの泣き声。
息が苦しい。押さえつけられてるかのように体は重く、手指一つ動かせない。
体にはいくつもの線が張り付いていて、それらは見たこともない重々しい機械に繋がっていた。
カルミアは前世の記憶を辿って、そして気づいた。
ーーこれは長谷川一樹の最期の瞬間だと。
「手は施しましたが、残念ながら」
白い衣服を身に纏った白髪混じりの男性が、悔しそうに項垂れながら言った。白いベッドの横には肩を小さく上下に揺らしながら泣いている女性と、沈んだ表情を浮かべている男性がいた。ー一樹の母親と、父親だ。
「樹ちゃん。死なないで。お願いだから」
「樹、一緒にキャッチボールするんだろ、キャンプだって...っっ」
樹の父親が目元を押さえて、むせび泣いた。
彼らはわかってる。
どんな治療を施されようと、樹は助からないことに。
母さん、父さん泣かないで。僕は二人の笑った顔が好きだよ。
母親と父親の先にある病室の窓に視線を向けた。
綺麗な青空だ。雲一つない。
あの青空の下、自由に動き回れる人がいつも羨ましくて仕方なかった。
もし生まれ変わりというものがあるなら、今度は自由に好きな事を出来るだろうか。
樹は陰った思考で、そんな事を考えた。
意識が薄れていくのを感じる。
息苦しかったはずなのに、今は何だか心地いい。
徐々に瞼が重くなって行く。
このまま眠ったら、もう二度と起きられないんだろう。
樹は自分が死ぬことに気づいていた。
ピーピー、と何かを察知したかのようにけたましく鳴る機械。
母さんと父さんが何やら必死に喋っているけど、よく聞き取れない。樹は心地いい眠りに抗えず、目を瞑った。
樹は願った。
どうか次に生まれてくる時は、自由に生きられますように。
ーー幸せに生きられますように。
ぱりんと、幻想が弾ける音がする。
夢の終わりを告げる音だ。
その表情には生気はなく、陰鬱を沈み込ませている。
よほどショックだったのだろうか。
目に写るもの全てがセピアのように色褪せて見える。
身体中が氷のように冷たい。
「カルミア様、大丈夫ですの?お茶会で何かありましたの?」
「...」
「...もしかして王女様に何か言われましたの?」
ターニャが絶え間なく話しかけてくれているが、水の中にいるように不鮮明に聞こえる。
「ごめん。ターニャ。今は一人にしてほしい」
「...カルミア様」
一刻も早く一人になりたかった。
一人になって、この胸に渦巻く醜い感情と向き合いたかった。
「...分かりましたわ。城外で用を足してきますわね。夕方には戻りますわ」
今は一人にしたほうがいいと判断したターニャが部屋から出ていった。
バタンと、扉が閉まる音と共に訪れたのは、自分の息が響く程の静寂。
一人になるや否や、押し寄せてくる感情の嵐に、カルミアは思わず叫び出しそうになった。
怒りや悲しみ。不安。混乱。ーーそして激しい嫉妬。
それらがごちゃごちゃに混ざりあい、胸中でせめぎあう。
複雑な感情の渦巻きの中に心を浸していていると、やがてそれらは、一粒の雫に姿を変えた。
「っふ、う」
一粒の雫は大きさを変え、何度も目から零れ落ちる。
「っう。うう。ふぅ」
カルミアは化粧が崩れるのもお構い無しに、泣きじゃくった。
こんな時にクロエがいてくれれば。
手を繋いで、泣き止むまで待っていてくれただろう。
ーーでももうクロエはいない。僕のせいで王宮から追放されてしまった。
ギルバートが子供を成した。
いつ、なんて分からない。けれど間違いなく、クローディアに愛の言葉を囁いたのだろう。
側室のいる王室じゃあこんなの日常茶飯事だろう。
しかしカルミアは、自分以外と関係を持つギルバートなんて考えられなかった。
(なんで言ってくれなかったんだよ。僕にだって心の準備があったのに)
今はまだいいが、子供が生まれたら分からない。
父親になったギルバートは、変わらずカルミアに愛情を注いでくれるだろうか。
もしかしたら子供に全部の愛情を取られるかもしれない。そうしたらギルバートがこの部屋に繁りに訪れる事もなくなるはずた。いや、もしかたら二度と姿を現すことはないかもしれない。
クロエもいないこの部屋で、来るはずのないギルバートを待ち続ける日々。
そんなの耐えられない、とカルミアは思った。
もう僕にはギルバートしかいないのに。
僕からギルバートを、奪わないで。ギルバートを奪われたら、もう僕には何も残らない。
僕が女なら良かった。
ギルバートとの子を為すことが出来た。そうしたらギルバートを独占することだって出来ただろうに。
何故僕は男なのだろうか。
そんなどうしよもない事をぐるぐると考えてしまう。
ターニャが部屋を後にして、何分。何十分と経った頃だった。
子供のように泣き続けたカルミアは、泣き疲れたのだろう。
いつのまにか眠ってしまったようだった。
ほどなくして、夢を見た。また前世の夢だ。
けれど今度の夢はいつもの前世の夢と、何やら様子が違っていた。
※※※
牢獄のような真っ白な部屋。鼻をつく強い消毒液の臭い。
そしてすすり泣く誰かの泣き声。
息が苦しい。押さえつけられてるかのように体は重く、手指一つ動かせない。
体にはいくつもの線が張り付いていて、それらは見たこともない重々しい機械に繋がっていた。
カルミアは前世の記憶を辿って、そして気づいた。
ーーこれは長谷川一樹の最期の瞬間だと。
「手は施しましたが、残念ながら」
白い衣服を身に纏った白髪混じりの男性が、悔しそうに項垂れながら言った。白いベッドの横には肩を小さく上下に揺らしながら泣いている女性と、沈んだ表情を浮かべている男性がいた。ー一樹の母親と、父親だ。
「樹ちゃん。死なないで。お願いだから」
「樹、一緒にキャッチボールするんだろ、キャンプだって...っっ」
樹の父親が目元を押さえて、むせび泣いた。
彼らはわかってる。
どんな治療を施されようと、樹は助からないことに。
母さん、父さん泣かないで。僕は二人の笑った顔が好きだよ。
母親と父親の先にある病室の窓に視線を向けた。
綺麗な青空だ。雲一つない。
あの青空の下、自由に動き回れる人がいつも羨ましくて仕方なかった。
もし生まれ変わりというものがあるなら、今度は自由に好きな事を出来るだろうか。
樹は陰った思考で、そんな事を考えた。
意識が薄れていくのを感じる。
息苦しかったはずなのに、今は何だか心地いい。
徐々に瞼が重くなって行く。
このまま眠ったら、もう二度と起きられないんだろう。
樹は自分が死ぬことに気づいていた。
ピーピー、と何かを察知したかのようにけたましく鳴る機械。
母さんと父さんが何やら必死に喋っているけど、よく聞き取れない。樹は心地いい眠りに抗えず、目を瞑った。
樹は願った。
どうか次に生まれてくる時は、自由に生きられますように。
ーー幸せに生きられますように。
ぱりんと、幻想が弾ける音がする。
夢の終わりを告げる音だ。
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