クラウンクレイド零和

茶竹抹茶竹

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【零和 二章・認識齟齬の水面下】

[零2-4・飛翔]

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 レベッカの手慣れた戦闘は、それを専門としていたからということだろうか。
 そもそも所属は何処だろうか。
 現在の日本はどうなっているのか気になって仕方がなかった。
 けれども、私には分からないことだらけであり、それを語ってもらうには今は時間が足りなかった。
 レベッカが私に伝える。

「移動します」

 カイセさんを先頭に、列となって移動を開始した。
 突入してきた窓の辺りに足をかけて、カイセさんが近くのビルの壁面へ向けてWIIGを構える。
 ひしめき合う高層ビル郡は、それぞれの境界線を曖昧にしてしまうほどで、その景色は人工物のみで構成されていた。
 空の青色よりもその灰褐色の方が、此処から見える世界の割合を奪い取っていた。
 あの鈍い炸裂音と共にワイヤーが撃ちだされて、その先端がビルの壁面に固定されるとカイセさんが床を蹴った。
 そのマントがはためいて、背負ったAMADEUSの噴出口から翡翠色をした光の粒子が勢いよく舞う。
 ぐんっ、と力強く引かれる様にして彼女の身体は勢いよく飛んでいく。
 彼女に続いてウンジョウさん達三人も次々と飛び出していく。
 私の横に立ったレベッカが、ビルの方を指差す。
 彼女と視線を合わせるようにして私は身を寄せた。
 先に行ったカイセさん達の右手の辺りを指し示すとレベッカが私に言う。

「風もないですし、私の指差した辺りを狙ってWIIGを撃ってください。ダットサイトの中心に入れる感じです」

 言われるがまま、私はWIIGを持ち上げる。
 WIIGの銃座から伸びるストラップが私の手首にかけてあって、持ち上げるとそれが擦った。
 銃口を前方に向けると、銃身の先端部分に備え付けられた照準器‐ダットサイト‐の中にレベッカの指差した辺りが入る。
 四角いレンズが銃身上部にコンパクトに備え付けられていて、レンズには中心線が描かれている。
 その中心に投影された赤いポインタで、どの辺りを狙っているのか分かる仕組みの照準器だった。
 引き金を引く。
 あの鈍い炸裂音と共にワイヤーが打ち出された。
 ビルとビルの間はおおよそ30メートル程の距離はあったものの、勢いよく飛んでいったワイヤーはその距離を軽々と結んだ。
 手首を返して、ワイヤーの先端、アンカーがビルの壁面に固定されたのを確認する。

「AMADEUSを起動させます」

 レベッカがそう言うと私の背負ったAMADEUSが静かに駆動した。
 微かな震動が背中に伝わってきて、私の足元にあの光の粒子が散っては流れていく。
 風に背を押されるような感覚に私は地面を踏みしめる。
 独特の浮遊感があった。
 私が着ているのは、あの手術用の様なオーバーサイズの服だけで、それが風に煽られてはためくことに、幾ばくかの不安を抱いた。

「AMADEUSには複雑な動作はありません、出力を上げるか下げるかのどちらかだけです」
「あとはワイヤーでなんとかしろって事だよね」
「それと身のこなしですね。ゆっくり移動しますから、焦らないで下さい、WIIGをしっかり狙って撃てば、落下だけはしませんから」

 AMADEUSの出力調整に関してはWIIGの引き金二つを用いるとの事だった。
 つまりハンドガンに四つ並ぶ引き金を、左手で咄嗟に操作しなければならない。
 先ほどの初飛行があまり心地の良いものでないこともあって、正直不安だった。

「それとヘッドセットを確認してください。飛行中は声が届かないですから」

 渡されていた小型のヘッドセットを片耳に装着する。
 耳の穴にすっぽりと収まる装着性の良さだった。
 唇を噛んでWIIGを握り締める。
 踵を浮かせる。
 レベッカに言われるがまま、AMADEUSの出力を上げる引き金を引き絞りながら、ワイヤー巻き取りの方の引き金を引く。
 それと同時にワイヤーの巻き取りが始まった。
 ぐんっ、と強く引きずられるようにして、私の身体は勢いよく空中に浮いた。
 左手で握りしめたその一本の糸だけが、私の文字通りの命綱だった。
 足が地面を離れて、ビルの外へ空中へと身体が投げ出される。
 背を押す粒子を伴った風と、前から吹き付けてくる風に板挟みにされながらも、勢いは止まることなく身体は空中を進む。
 ワイヤーを巻き上げる鈍く擦れる音。
 耳元で風を切る音。
 前髪が風に煽られ暴れて、私の視界を遮る。
 下を見れば、何にも触れていない足と、そして大地を全て埋め尽くすゾンビの蠢く群れが見えた。
 墜ちれば、あの中へと突っ込む事。
 欠片も想像したくはなかったものの、改めてこの世界がゾンビに埋め尽くされてしまっている事を強く実感する。

「そのままゆっくり出力を下げて!」

 先に行っていたカイセさんが私に向かって叫んだ。
 彼女達は、固定したワイヤーにぶら下がるようにして、壁に身体を預けていた。
 引き金をゆっくりと引き絞る。
 勢いよく引っ張られていた身体が、勢いを失い、そしてまたワイヤーが残り少なくなって巻き上げのスピードが落ちた事もあって、ゆっくりと私は何か荷物であるかのようにゆっくりと持ち上げられていく。
 ビル壁面を目の前に、私はそこで停止した。
 カイセさん達を見習い、ぶら下がるようにして身体を壁に預ける。
 少し遅れて出たレベッカが私の側に辿り着いた。

「平気そうですね」
「何とか」

 鼓動がその速度を上げて、私の呼吸を乱れさせる。
 ほんの一瞬の事であったが、空中を移動する事に凄まじい緊張と恐怖を覚えた。
 冷や汗が吹き出して、手のひらに滲む。
 平気そうな顔をして移動してきたレベッカの姿に私は感心した。
 カイセさんが私に声をかけてくる。

「初めてにしては上出来よ、才能があるのかも」
「墜ちるのは御免ですから」
「才能のある人間なら、ハウンドはいつでも歓迎よ」

 そんなカイセさんの言葉に、ウンジョウさんが遮る。
 彼の移動するぞ、という言葉と共にカイセさん達はまた別のビルに向けてワイヤーを撃ち出して飛んでいく。
 一瞬の動作だったが、かなり複雑な事だった。
 ワイヤーは一本しか存在しない以上、まずはAMADEUSの出力を上げた状態でワイヤーの設置を解除しなければならない。
 AMADEUSの出力だけでは身体を空中に浮かせる事は出来ないため、速度は低減できるものの落下していく状態になる。
 その落下中に、次のポイントへ照準を付けてワイヤーを即座に撃ち出す必要があるということだった。
 ワイヤーの設置を解除する。
 支えを失って身体が空中へ浮遊する。
 重力に負けながらもAMADEUSが発生させた風が私の身体を持ち上げようとする。
 その間にワイヤーを撃ち出した。
 固定したのを確認すると同時に引き金を引く。
 力強く引き上げられるその感覚が、先程とは違いむしろ心強く思えた。
 次のポイントに移動し、私の少し後ろを着いてくるレベッカが追い付くと、また次のポイントへと移動を始める。
 ワイヤーの長さからして、ビルとビルの間を三角跳びしていく様な形で目的地へと移動していくらしい。
 移動先は5km先のポイントらしく、足を止めることなくビルとビルの間をワイヤーを使ってすり抜けていく。
 飛ぶことに慣れてきた辺りで、私はヘッドセット越しにレベッカに聞いた。
 
「ハウンドは対ゾンビ用の部隊って言っていたけど、その所属元はどこなの?」
『自警団って言えば分かりますか?』
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