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短編集
白く染まる日
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私の誕生日である今日、東京は数年ぶりの大雪に見舞われていた。深夜に降っていた雨が、天気予報通りに雪へと変わったらしい。ベッドから起き上がりカーテンを全て開けてみる。マンションの二階に位置する我が家のベランダも、真っ白に埋め尽くされていて、野ざらしだったベランダ用のサンダルが見当たらない。目の前に広がる住宅街は、灰混じりの白色に染まっていた。目で追える程大きな、綿というよりも埃のような雪が、上からも下からも舞っている。雪の舞う隙間から、空一面に灰色の雲が見える。
刺さるような冷気が家中に染みていて、ワンルームの部屋は一向に温まる気配が無い。エアコンの暖房が低い音で唸り、それがまるで降雪の効果音のようで。テレビを点けると、合羽姿のリポーターが雪の中で必死に叫んでいた。都心部でも20cm近い積雪となっているらしく、都内の交通機関はどれも機能停止しているようである。今日が日曜日である事が唯一の救いであろう。どのテレビ局も大雪についてのテロップを出していて、私はうんざりしてテレビを消す。
充電中だった携帯が震え、確認するとメールが一通来ていた。大学時代からの友人で、雪で身動きが取れず外出不可能、との事であった。私の家でささやかな誕生日パーティーを開く予定だったのだが、この雪では仕方がない。中止を伝える返信を送って、私はキッチンへと向かった。ヤカンで湯を沸かす。サンドイッチを作ろうと思い、冷蔵庫を覗きこむ。冷蔵庫内より室温の方が低いのではなかろうか。
予定は中止になってしまったが、冷蔵庫の中には今日の為の食材が詰まっていた。真空パックで包装されたブロックタイプのゴーダチーズの封を開け、ナイフで厚めにカットする。レタスの葉を数枚ちぎって軽く洗い、スモークサーモンの切り落としパックを皿にひっくり返す。トースターで焦げ目を付けたバタールにナイフを入れる。朝食と呼ぶには遅く、昼食と呼ぶには早く、こういった食事を何と呼んだか思い出せずに唸り、唸りながらサンドイッチを作る。部屋の真ん中に折り畳み式の背の低い丸テーブルを据えて、無駄にキャンドルライトなど灯してみて、サンドイッチを乗せた皿を置く。携帯で調べて、ブランチという言葉を思い出す。
サンドイッチ片手にふと思い立ち、私は靴下を脱いだ。部屋の窓を開けると、一気に流れ込んできた冷気が私の肌を撫でていく。雪まみれのベランダに一歩踏み出す。冷たい感触が肌を引っ掻いて、足の裏のちょっとした痛みは、寒さで麻痺して直ぐに分からなくなる。雪の中に埋めた足先から、感覚というモノが染み出していってしまうようで。雪空の下で食べようというのは流石に無理があったかと、慌てて部屋に戻ろうとして。私は、視界の片隅に、灰混じりの白色の中に、何かを見つけた。
ベランダの隅に設置した室外機の前に小山が出来ていて、雪の塊かと思ったそれが猫であることに気が付く。雪化粧をし過ぎて元の毛の色も分からぬ猫が、身動きせずに丸くなっていた。この雪で彷徨ってきた野良猫であろうか。
サンドイッチを口にくわえ、両手で猫を抱き上げる。結晶の様な雪が零れ散って、私の腕を冷気が這っていく。その向こう側にほのかな温もりがあって、私は急ぎ部屋に戻った。古いバスタオルを持ってきて猫の雪を叩いて落とすと白黒の乱れた毛並みが見えた。バスタオルに包んで、暖房の熱風が当たる辺りに寝かせてやる。猫は大人しく、一つ鳴いた。
猫にかまけている間、火にかけたままであったヤカンが悲鳴を上げていた。貰い物である紅茶パックをマグカップに入れ湯を注ぐ。白い湯気が昇って、紅茶の香りがした。バスタオルと一緒に丸くなっている猫の横にクッションを敷いて座る。傍らにある背の低い丸テーブルと、手にしていたマグカップとサンドイッチを交換し、ようやく落ち着いてサンドイッチにかじりつく。皿の隅で余っていたスモークサーモンの一切れを、猫の鼻先に垂らしてみれば素早く食いつれた。フローリングの上で軽やかに猫の足音が踊る。思ったより元気では無いか、と独り言ちって残りのサンドイッチを頬張った。私の顔を見て猫はまた一つ鳴いた。どういう意味だろうかと思っていると、猫は再び鳴いて。それは追加の催促である様な気がして、私は空っぽの両手を広げて猫に見せる。猫は不貞腐れたのか丸くなり、私はそれを見ながらマグカップを両手で包む。
窓の外。雪は一層強くなったようで吹雪いていた。景色の全てを、何もかもを、雪が覆いつくしてしまっていて。世界からこの部屋が切り離されてしまい、私と一匹は取り残されたようで。けれども、エアコンは動いているし、湯を沸かす為の水もガスも出る。ネットを見れば雪景色の写真を載せる人ばかりで、テレビを点ければ雪に足止めを食らう人達の映像が流れ続ける。
雪は今日中に止むだろう。私の心が悴む間もなく。
刺さるような冷気が家中に染みていて、ワンルームの部屋は一向に温まる気配が無い。エアコンの暖房が低い音で唸り、それがまるで降雪の効果音のようで。テレビを点けると、合羽姿のリポーターが雪の中で必死に叫んでいた。都心部でも20cm近い積雪となっているらしく、都内の交通機関はどれも機能停止しているようである。今日が日曜日である事が唯一の救いであろう。どのテレビ局も大雪についてのテロップを出していて、私はうんざりしてテレビを消す。
充電中だった携帯が震え、確認するとメールが一通来ていた。大学時代からの友人で、雪で身動きが取れず外出不可能、との事であった。私の家でささやかな誕生日パーティーを開く予定だったのだが、この雪では仕方がない。中止を伝える返信を送って、私はキッチンへと向かった。ヤカンで湯を沸かす。サンドイッチを作ろうと思い、冷蔵庫を覗きこむ。冷蔵庫内より室温の方が低いのではなかろうか。
予定は中止になってしまったが、冷蔵庫の中には今日の為の食材が詰まっていた。真空パックで包装されたブロックタイプのゴーダチーズの封を開け、ナイフで厚めにカットする。レタスの葉を数枚ちぎって軽く洗い、スモークサーモンの切り落としパックを皿にひっくり返す。トースターで焦げ目を付けたバタールにナイフを入れる。朝食と呼ぶには遅く、昼食と呼ぶには早く、こういった食事を何と呼んだか思い出せずに唸り、唸りながらサンドイッチを作る。部屋の真ん中に折り畳み式の背の低い丸テーブルを据えて、無駄にキャンドルライトなど灯してみて、サンドイッチを乗せた皿を置く。携帯で調べて、ブランチという言葉を思い出す。
サンドイッチ片手にふと思い立ち、私は靴下を脱いだ。部屋の窓を開けると、一気に流れ込んできた冷気が私の肌を撫でていく。雪まみれのベランダに一歩踏み出す。冷たい感触が肌を引っ掻いて、足の裏のちょっとした痛みは、寒さで麻痺して直ぐに分からなくなる。雪の中に埋めた足先から、感覚というモノが染み出していってしまうようで。雪空の下で食べようというのは流石に無理があったかと、慌てて部屋に戻ろうとして。私は、視界の片隅に、灰混じりの白色の中に、何かを見つけた。
ベランダの隅に設置した室外機の前に小山が出来ていて、雪の塊かと思ったそれが猫であることに気が付く。雪化粧をし過ぎて元の毛の色も分からぬ猫が、身動きせずに丸くなっていた。この雪で彷徨ってきた野良猫であろうか。
サンドイッチを口にくわえ、両手で猫を抱き上げる。結晶の様な雪が零れ散って、私の腕を冷気が這っていく。その向こう側にほのかな温もりがあって、私は急ぎ部屋に戻った。古いバスタオルを持ってきて猫の雪を叩いて落とすと白黒の乱れた毛並みが見えた。バスタオルに包んで、暖房の熱風が当たる辺りに寝かせてやる。猫は大人しく、一つ鳴いた。
猫にかまけている間、火にかけたままであったヤカンが悲鳴を上げていた。貰い物である紅茶パックをマグカップに入れ湯を注ぐ。白い湯気が昇って、紅茶の香りがした。バスタオルと一緒に丸くなっている猫の横にクッションを敷いて座る。傍らにある背の低い丸テーブルと、手にしていたマグカップとサンドイッチを交換し、ようやく落ち着いてサンドイッチにかじりつく。皿の隅で余っていたスモークサーモンの一切れを、猫の鼻先に垂らしてみれば素早く食いつれた。フローリングの上で軽やかに猫の足音が踊る。思ったより元気では無いか、と独り言ちって残りのサンドイッチを頬張った。私の顔を見て猫はまた一つ鳴いた。どういう意味だろうかと思っていると、猫は再び鳴いて。それは追加の催促である様な気がして、私は空っぽの両手を広げて猫に見せる。猫は不貞腐れたのか丸くなり、私はそれを見ながらマグカップを両手で包む。
窓の外。雪は一層強くなったようで吹雪いていた。景色の全てを、何もかもを、雪が覆いつくしてしまっていて。世界からこの部屋が切り離されてしまい、私と一匹は取り残されたようで。けれども、エアコンは動いているし、湯を沸かす為の水もガスも出る。ネットを見れば雪景色の写真を載せる人ばかりで、テレビを点ければ雪に足止めを食らう人達の映像が流れ続ける。
雪は今日中に止むだろう。私の心が悴む間もなく。
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