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第四話 父を倒した者達(2)
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◆◆◆
次の日、レオンとサイラス率いる両軍は平原にて対峙した。
サイラス軍は作戦通り防御重視の陣形を敷いていた。二列の陣形を敷いており、後列にある攻城兵器の周りには多くの大盾兵が配置されていた。
対するレオン軍は一列に布陣しており、総大将であるレオン率いる騎馬隊が右端、アンナとディーノ含むアラン隊は左端に配置されていた。
レオンの狙いは攻城兵器の破壊であった。主力を両端に配置し、敵軍を両端から挟み込み押しつぶす作戦であった。
レオン将軍は楽器を鳴らし、全軍に号令を発した。
「全軍突撃! 狙いはあの攻城兵器のみ! あれを破壊すれば我が軍の勝ちだ!」
レオン軍が動き出したのを見て、サイラスもまた楽器を鳴らし、号令を発した。
「全軍前進! 作戦通り、カミラとダグラスはアンナを狙え! それ以外の者は防御に徹しろ!」
ゆっくりと前進するサイラス軍に対し、レオン軍は猛進した。
機動力のあるレオンの騎馬隊は敵の前列に先制の魔法をおみまいした。対するサイラス軍は騎馬隊の方向に盾を向け、防御に徹した。
(守りが堅いな。しかし大した反撃も来ない。防御に徹しながら前進を続ける気か)
それならばと、レオンは騎馬隊に号令を発した。
「これより我が隊は相手の裏に回りこむ! 機動力で相手を翻弄して、敵の防御の綻びを突け!」
レオンの騎馬隊は魔法を撃ちながら敵軍の周りを旋回した。
サイラス軍は柔軟に大盾兵を運用してこれを受け止めたが、騎馬隊の激しい攻勢の前に、味方の盾持ちは一人、また一人と倒れていった。
サイラスは徐々に味方が削られていくさまに焦りを覚えながら、アラン隊を目指して前進していった。
そして、レオンの騎馬隊よりやや遅れて、アラン達もまた敵軍と接触し交戦を開始した。
そのアラン達の前には、不気味な威圧感を放つ二人が立ちふさがっていた。
「アラン様! あの二人はかなりの使い手です! お気をつけ下さい!」
それを見たアランの部下、クラウスはそう声を上げた。クラウスはあの二人のことを知っているようであった。
「皆のもの、今のクラウスの言葉を聞いたな! あの二人に攻撃を集中させろ!」
言いながら炎の魔法を放つ。クラウスや他の魔法使い達もこれにつづき、次々と光弾を見舞った。
対する二人はこれを避ける素振りを見せなかった。
女のほうが「すっ」と、両手を前にかざす。
そして着弾の瞬間、女の手がまばゆく輝き、その場に光の壁があらわれた。
アラン達が放った魔法は次々とその壁にぶつかった。すさまじい轟音が鳴り響いたが、光の壁はびくともせず健在であった。
(これは……防御魔法か!?)
光の壁――そう形容した魔法の正体はアランの推測どおりただの防御魔法であった。
しかしこれだけ大きな防御魔法はこれまで見たことが無い。あの女の魔力が相当なものであることは想像に難くなかった。
この女は「盾のカミラ」の異名をとる精鋭魔道士の一人であった。その名が示すとおり、カミラは強力な防御魔法の使い手であった。
「攻撃の手を休めるな! 皆のもの魔法を撃ち続けろ!」
これほどの防御魔法を扱えるのだ、攻撃魔法の威力も相当なものだろう。アランは相手に反撃の隙を与えまいとした。
アラン達の攻撃はやはり光の壁を崩すには至らず、それどころか相手は光の壁を展開したままこちらに前進してきていた。
(相手の足も止められないのか!?)
敵の攻撃魔法の射程はわからないが、相手との距離は徐々に詰まってきていた。
アランが敵の反撃を受けることを覚悟したとき、アランのものとは段違いの威力の炎魔法が光の壁に叩きつけられた。
「その者達、かなりの使い手のようですね。私に任せてください」
その炎を放ったのはやはりアンナであった。そのすさまじい炎は光の壁を押し返していった。
対するカミラは、アンナの炎の威力に驚愕していた。
(なるほど、サイラスがあれだけ警戒するのも納得できる。カルロほどではないが、これほどの使い手もそうはいない)
光の壁は炎の進行を完全に止めていたが、生じる熱波がカミラの身をじりじりと焼いていた。
「大丈夫ですか?! 姉上!」
傍にいる普段無口な弟、ダグラスが姉の身を案じた。
「これくらいなら大丈夫よ。それより、あれが目標のアンナよ。わかっているわね?」
カミラの顔はわずかに苦悶の表情を浮かべていたが、ダグラスはあえて何も言わず黙って頷いた。
「なら……作戦どおりにやれるわね?」
ダグラスは再び頷き、腰を低くして身構えた。
ぎしり、と、ダグラスの鎧が軋みを上げる。
ダグラスの体がほんの少し膨張したように見えた。筋肉の隆起が鎧を押し破らんとしているのだ。
「では、行きなさい!」
カミラの凛とした声に弾かれたように、ダグラスは勢いよく前に飛び出した。
ダグラスは一直線に猛進した。ある一点を目指して。
「まずい! アラン様をお守りしろ!」
狙いを察したクラウスは、すかさず大盾兵達をアランの前に並べ、自身もそれに加わり盾を構えた。
そしてクラウスの声に反応したアンナもまた、
「お兄様に手出しはさせません!」
と声を上げながらダグラスに向かって炎を放った。
その炎はダグラスを飲み込むかと思われたが、突如アンナの正面に現れた光の壁によって遮られた。
それはやはりカミラであった。カミラはアンナの狙いが弟に切り替わったのを素早く察知し、すかさずアンナの前に飛び出していた。
そして、カミラは先と同様、光の壁を「自身の目の前に」展開してアンナの炎を受け止めていた。
この時、アンナはあることに気がついた。
いかに防御魔法が強固でも、炎を目の前で受け止めていては、伝わる熱が容赦なくその身を焼いているはずだ。過去に父の炎を同じように受け止めたことがあるからわかる。
防御魔法自体は炎に強い。だが使い手は生身の人間。伝わる熱で体をあぶられることになる。全身を防御魔法で覆い隠すことが出来れば話は別だが、そんなことが出来る人間はほとんどいない。ゆえに炎魔法は目の前で受け止めては駄目なのだ。
事実、カミラの身はその熱に焼かれていた。炎魔法から身を守るには、炎が自分の眼前に迫る前に、遠距離から魔法を撃ちこんで相殺するのが正しい防御法である。
ではなぜ彼女はそうしないのか?
(もしかして、この人は魔力を飛ばせないのでは――)
アンナのこの推測は当たっていた。カミラは強大な魔力を持っているが、その魔力を飛ばすことができない、言い換えれば射程が全く無いという大きな欠点を抱えていた。
「あいつをこれ以上隊長に近づけるな! 撃て!」
アンナに続き、他の魔法使い達も次々とダグラスに向かって魔法を撃ち込んだ。しかしこれはまたしても現れた光の壁によって阻まれた。
「こいつも同じ魔法を使うのか!」
この光の壁はダグラスの手から生み出されていた。彼もまた姉と同じく強力な防御魔法の使い手であった。
しかし彼の異名は姉と異なり、「盾」ではない。
ダグラスは正面に光の壁を展開しながら突進した。眼前にはクラウスと大盾兵達が立ちはだかっていたが、ダグラスはそれを障害とは見ていなかった。
ダグラスの突進は容易に盾の壁を突きやぶった。光の壁に触れたクラウスと大盾兵達はふんばることもできず、軽々と弾き飛ばされていた。
彼は「猛進のダグラス」の異名をとる精鋭魔道士であった。姉とは異なり、その戦いぶりがそのまま異名となっていた。
「クラウス!」
大丈夫か、と部下の身を案じる暇もなく、光の壁はもうアランの目の前にまで迫っていた。
アランは咄嗟に盾を構えたが、
(受けては駄目だ! 避けろ!)
という直感に従い、大きく真横に飛んだ。しかし僅かに迷ったのが仇となり、光の壁はアランの足に触れた。
足に激痛を感じたのと同時にアランの視界は回転した。
アランは自分の体勢がどうなっているのかわからないまま宙を舞い、満足な受身も取れないまま地面に激突した。
その際に頭を強く打ったのか、アランの意識はほんの僅かな時間混濁したが、気がつくとアランは立ち上り盾を構えていた。
ディーノとの訓練のおかげであろう、アランの体は反射的に動き、無意識のうちに戦闘態勢を取っていた。
「アラン様、右です!」
咄嗟に耳に入った、クラウスのものと思われる声に反応し、アランは右を向いた。そこには再びこちらに迫ってくる光の壁があった。
アランは避けようと足に力を込めたが、激痛がアランの足に走った。アランの足はまるで力が入らず、立っているだけで精一杯の状態であった。
やむを得ず、アランは盾を構え長剣を持つ手に力を込めた。アランは無駄とわかっていながらも、長剣の一撃を光の壁に叩き込もうと考えていた。
しかし、意外なことに敵はアランの目の前で光の壁を解除した。
(どういうことだ?)
アランは敵のその行動に疑念を抱きつつも、長剣を振り下ろした。
長剣による一撃は甲高い金属特有の衝突音とともに弾き返された。アランの長剣を弾いたのは、やはりダグラスの防御魔法であったが、それは光の壁ほどの規模のものではなかった。
アランの一撃を弾き返したにも拘らず、ダグラスは反撃の素振りを見せなかった。アランは後退しながら次々と攻撃を繰り出したが、全てダグラスの防御魔法に弾かれていた。
アランが何度も長剣を敵に打ち込むその様は、傍から見ればアランが敵を押さえ込んでいるように見えたかもしれないが、ここにいる全ての者がそうは見ていなかった。ダグラスは光の壁を使えばいつでもアランを倒せるはずである。
ではなぜそうしないのか。敵に何かの狙いがあるのは明らかだったが、その答えは未だ見えなかった。
そして、周囲の味方は魔法でアランを援護しようとしていたが、アランに当たる可能性を恐れ、手をあぐねていた。
そんな中、一人の男が声を上げた。
「皆のもの剣を抜け! 勇を持って隊長をお救いするのだ!」
その声を発したのはクラウスだった。彼は自ら剣を構えダグラスに突撃していった。
飛び道具を撃てないのであれば近接戦を仕掛ければよい。クラウスのその考えと勇気に周りの者も応え、皆一斉に剣を抜いてクラウスに追従した。
ダグラスは片手でアランの攻撃を防ぎつつ、もう片方の手でクラウス達の相手をした。クラウス達は何度も吹き飛ばされたが、その度に立ち上がり、ダグラスに向かっていった。
ダグラスは四方八方からの攻撃を捌ききれず、その甲冑には徐々に傷がつけられていった。
アラン達の心に、このままいけば倒せる、という希望が湧いていた。
しかし彼らは忘れていた。ダグラスの真の狙いのことを。
アランはクラウス達と共に懸命に剣を振るっていたが、ふとその背中に熱を感じた。
その熱はアンナが放っていた炎によるものだった。アンナはカミラの相手をしており、こちらに気がついていないようであった。
(いつの間にかアンナがこんなに近くに……?!)
アランは少しずつアンナのほうに誘導されていた。そして今、ダグラス、アラン、アンナの三人は一直線上に立っていた。
このときアランはようやく敵の狙いに気が付いた。
「アンナ!」
アランは咄嗟に叫んだが、直後その身にダグラスの光の壁が叩き込まれた。
そして、自分を呼ぶ声に振り返ったアンナの目に映ったのは、こちらに向かって吹き飛ばされてくる兄の姿であった。
(! 兄様?!)
避けるか、受けるか。しかし飛んできているのが兄であるため、防御魔法で受け止めるわけにはいかない。
迷ったアンナは結局満足な防御体勢もとれぬまま兄と激突した。
二人は折り重なるように地面に倒れた。兄の下敷きになったアンナは、その重さから逃れようともがいた。
しかしアンナは満足に動くことができなかった。突然兄に抱きしめられたからだ。兄の片手はアンナの肩に回され、もう片方の手はアンナの頭を守るように回されていた。
アンナは兄が自分を庇ってくれていることを察した。
庇う? 何から?
先に体を起こそうとしたアランの目にはそれが映っていた。
それはダグラスの光の壁。アランを弾き飛ばしたダグラスは、そのまま勢いをつけてこちらに突撃してきていた。
体を起こす暇も無かった。二人は地に伏した体勢のまま、光の壁に飲み込まれた。
重いものがぶつかる嫌な音とともに、二人の体は光の壁と地面に挟み込まれた。
光の壁は二人を地面に押し付け、そのまま引きずっていった。地面と肉がしばらく削りあった後、二人は光の壁の外に弾き出された。
開放された二人の体は地面を転がり、そのまま糸の切れた人形のように動かなくなった。
「隊長! アンナ様!」
その様を見ていたクラウスの脳裏には最悪なイメージが浮かんでいた。クラウスは真っ先に二人のもとに駆け寄り容態を確認した。
二人とも全身傷だらけで血まみれであった。それでもアランはゆっくりと自力で立ち上がろうとしていたが、アンナのほうはぴくりとも動かず、胸にはひどい出血が見られた。
「アンナ様、失礼!」
そう言ってクラウスはアンナの胸元に手をかけ着衣を脱がした。アンナの傷を確認したクラウスは一瞬驚きに目を大きく見開き、すぐさま声を上げた。
「誰か! 誰か来てくれ!」
声を聞いて集まった者達にクラウスは即座に指示を出した。
「お二人を陣まで運んでくれ! 特にアンナ様は胸にひどい怪我をされている! 丁重に扱え!」
兵士達はクラウスの指示に従い、アンナの傷口にきれいな布を当てて簡単な止血処理を施し、軍旗を使って作った担架に二人を乗せ、すぐさま陣へと運びだした。
「隊長とアンナ様の撤退を援護するぞ! 敵を近づけるな!」
しかし敵がそれをみすみす見逃してはくれるはずがない。カミラとダグラス達は既にこちらに迫ってきていた。
「あの二人に正面からの攻撃は通じん! 乱戦に持ち込んで背後をつけ! 全員突撃しろ!」
クラウス達は雄叫びをあげながらカミラ達に向かって突撃していった。
次の日、レオンとサイラス率いる両軍は平原にて対峙した。
サイラス軍は作戦通り防御重視の陣形を敷いていた。二列の陣形を敷いており、後列にある攻城兵器の周りには多くの大盾兵が配置されていた。
対するレオン軍は一列に布陣しており、総大将であるレオン率いる騎馬隊が右端、アンナとディーノ含むアラン隊は左端に配置されていた。
レオンの狙いは攻城兵器の破壊であった。主力を両端に配置し、敵軍を両端から挟み込み押しつぶす作戦であった。
レオン将軍は楽器を鳴らし、全軍に号令を発した。
「全軍突撃! 狙いはあの攻城兵器のみ! あれを破壊すれば我が軍の勝ちだ!」
レオン軍が動き出したのを見て、サイラスもまた楽器を鳴らし、号令を発した。
「全軍前進! 作戦通り、カミラとダグラスはアンナを狙え! それ以外の者は防御に徹しろ!」
ゆっくりと前進するサイラス軍に対し、レオン軍は猛進した。
機動力のあるレオンの騎馬隊は敵の前列に先制の魔法をおみまいした。対するサイラス軍は騎馬隊の方向に盾を向け、防御に徹した。
(守りが堅いな。しかし大した反撃も来ない。防御に徹しながら前進を続ける気か)
それならばと、レオンは騎馬隊に号令を発した。
「これより我が隊は相手の裏に回りこむ! 機動力で相手を翻弄して、敵の防御の綻びを突け!」
レオンの騎馬隊は魔法を撃ちながら敵軍の周りを旋回した。
サイラス軍は柔軟に大盾兵を運用してこれを受け止めたが、騎馬隊の激しい攻勢の前に、味方の盾持ちは一人、また一人と倒れていった。
サイラスは徐々に味方が削られていくさまに焦りを覚えながら、アラン隊を目指して前進していった。
そして、レオンの騎馬隊よりやや遅れて、アラン達もまた敵軍と接触し交戦を開始した。
そのアラン達の前には、不気味な威圧感を放つ二人が立ちふさがっていた。
「アラン様! あの二人はかなりの使い手です! お気をつけ下さい!」
それを見たアランの部下、クラウスはそう声を上げた。クラウスはあの二人のことを知っているようであった。
「皆のもの、今のクラウスの言葉を聞いたな! あの二人に攻撃を集中させろ!」
言いながら炎の魔法を放つ。クラウスや他の魔法使い達もこれにつづき、次々と光弾を見舞った。
対する二人はこれを避ける素振りを見せなかった。
女のほうが「すっ」と、両手を前にかざす。
そして着弾の瞬間、女の手がまばゆく輝き、その場に光の壁があらわれた。
アラン達が放った魔法は次々とその壁にぶつかった。すさまじい轟音が鳴り響いたが、光の壁はびくともせず健在であった。
(これは……防御魔法か!?)
光の壁――そう形容した魔法の正体はアランの推測どおりただの防御魔法であった。
しかしこれだけ大きな防御魔法はこれまで見たことが無い。あの女の魔力が相当なものであることは想像に難くなかった。
この女は「盾のカミラ」の異名をとる精鋭魔道士の一人であった。その名が示すとおり、カミラは強力な防御魔法の使い手であった。
「攻撃の手を休めるな! 皆のもの魔法を撃ち続けろ!」
これほどの防御魔法を扱えるのだ、攻撃魔法の威力も相当なものだろう。アランは相手に反撃の隙を与えまいとした。
アラン達の攻撃はやはり光の壁を崩すには至らず、それどころか相手は光の壁を展開したままこちらに前進してきていた。
(相手の足も止められないのか!?)
敵の攻撃魔法の射程はわからないが、相手との距離は徐々に詰まってきていた。
アランが敵の反撃を受けることを覚悟したとき、アランのものとは段違いの威力の炎魔法が光の壁に叩きつけられた。
「その者達、かなりの使い手のようですね。私に任せてください」
その炎を放ったのはやはりアンナであった。そのすさまじい炎は光の壁を押し返していった。
対するカミラは、アンナの炎の威力に驚愕していた。
(なるほど、サイラスがあれだけ警戒するのも納得できる。カルロほどではないが、これほどの使い手もそうはいない)
光の壁は炎の進行を完全に止めていたが、生じる熱波がカミラの身をじりじりと焼いていた。
「大丈夫ですか?! 姉上!」
傍にいる普段無口な弟、ダグラスが姉の身を案じた。
「これくらいなら大丈夫よ。それより、あれが目標のアンナよ。わかっているわね?」
カミラの顔はわずかに苦悶の表情を浮かべていたが、ダグラスはあえて何も言わず黙って頷いた。
「なら……作戦どおりにやれるわね?」
ダグラスは再び頷き、腰を低くして身構えた。
ぎしり、と、ダグラスの鎧が軋みを上げる。
ダグラスの体がほんの少し膨張したように見えた。筋肉の隆起が鎧を押し破らんとしているのだ。
「では、行きなさい!」
カミラの凛とした声に弾かれたように、ダグラスは勢いよく前に飛び出した。
ダグラスは一直線に猛進した。ある一点を目指して。
「まずい! アラン様をお守りしろ!」
狙いを察したクラウスは、すかさず大盾兵達をアランの前に並べ、自身もそれに加わり盾を構えた。
そしてクラウスの声に反応したアンナもまた、
「お兄様に手出しはさせません!」
と声を上げながらダグラスに向かって炎を放った。
その炎はダグラスを飲み込むかと思われたが、突如アンナの正面に現れた光の壁によって遮られた。
それはやはりカミラであった。カミラはアンナの狙いが弟に切り替わったのを素早く察知し、すかさずアンナの前に飛び出していた。
そして、カミラは先と同様、光の壁を「自身の目の前に」展開してアンナの炎を受け止めていた。
この時、アンナはあることに気がついた。
いかに防御魔法が強固でも、炎を目の前で受け止めていては、伝わる熱が容赦なくその身を焼いているはずだ。過去に父の炎を同じように受け止めたことがあるからわかる。
防御魔法自体は炎に強い。だが使い手は生身の人間。伝わる熱で体をあぶられることになる。全身を防御魔法で覆い隠すことが出来れば話は別だが、そんなことが出来る人間はほとんどいない。ゆえに炎魔法は目の前で受け止めては駄目なのだ。
事実、カミラの身はその熱に焼かれていた。炎魔法から身を守るには、炎が自分の眼前に迫る前に、遠距離から魔法を撃ちこんで相殺するのが正しい防御法である。
ではなぜ彼女はそうしないのか?
(もしかして、この人は魔力を飛ばせないのでは――)
アンナのこの推測は当たっていた。カミラは強大な魔力を持っているが、その魔力を飛ばすことができない、言い換えれば射程が全く無いという大きな欠点を抱えていた。
「あいつをこれ以上隊長に近づけるな! 撃て!」
アンナに続き、他の魔法使い達も次々とダグラスに向かって魔法を撃ち込んだ。しかしこれはまたしても現れた光の壁によって阻まれた。
「こいつも同じ魔法を使うのか!」
この光の壁はダグラスの手から生み出されていた。彼もまた姉と同じく強力な防御魔法の使い手であった。
しかし彼の異名は姉と異なり、「盾」ではない。
ダグラスは正面に光の壁を展開しながら突進した。眼前にはクラウスと大盾兵達が立ちはだかっていたが、ダグラスはそれを障害とは見ていなかった。
ダグラスの突進は容易に盾の壁を突きやぶった。光の壁に触れたクラウスと大盾兵達はふんばることもできず、軽々と弾き飛ばされていた。
彼は「猛進のダグラス」の異名をとる精鋭魔道士であった。姉とは異なり、その戦いぶりがそのまま異名となっていた。
「クラウス!」
大丈夫か、と部下の身を案じる暇もなく、光の壁はもうアランの目の前にまで迫っていた。
アランは咄嗟に盾を構えたが、
(受けては駄目だ! 避けろ!)
という直感に従い、大きく真横に飛んだ。しかし僅かに迷ったのが仇となり、光の壁はアランの足に触れた。
足に激痛を感じたのと同時にアランの視界は回転した。
アランは自分の体勢がどうなっているのかわからないまま宙を舞い、満足な受身も取れないまま地面に激突した。
その際に頭を強く打ったのか、アランの意識はほんの僅かな時間混濁したが、気がつくとアランは立ち上り盾を構えていた。
ディーノとの訓練のおかげであろう、アランの体は反射的に動き、無意識のうちに戦闘態勢を取っていた。
「アラン様、右です!」
咄嗟に耳に入った、クラウスのものと思われる声に反応し、アランは右を向いた。そこには再びこちらに迫ってくる光の壁があった。
アランは避けようと足に力を込めたが、激痛がアランの足に走った。アランの足はまるで力が入らず、立っているだけで精一杯の状態であった。
やむを得ず、アランは盾を構え長剣を持つ手に力を込めた。アランは無駄とわかっていながらも、長剣の一撃を光の壁に叩き込もうと考えていた。
しかし、意外なことに敵はアランの目の前で光の壁を解除した。
(どういうことだ?)
アランは敵のその行動に疑念を抱きつつも、長剣を振り下ろした。
長剣による一撃は甲高い金属特有の衝突音とともに弾き返された。アランの長剣を弾いたのは、やはりダグラスの防御魔法であったが、それは光の壁ほどの規模のものではなかった。
アランの一撃を弾き返したにも拘らず、ダグラスは反撃の素振りを見せなかった。アランは後退しながら次々と攻撃を繰り出したが、全てダグラスの防御魔法に弾かれていた。
アランが何度も長剣を敵に打ち込むその様は、傍から見ればアランが敵を押さえ込んでいるように見えたかもしれないが、ここにいる全ての者がそうは見ていなかった。ダグラスは光の壁を使えばいつでもアランを倒せるはずである。
ではなぜそうしないのか。敵に何かの狙いがあるのは明らかだったが、その答えは未だ見えなかった。
そして、周囲の味方は魔法でアランを援護しようとしていたが、アランに当たる可能性を恐れ、手をあぐねていた。
そんな中、一人の男が声を上げた。
「皆のもの剣を抜け! 勇を持って隊長をお救いするのだ!」
その声を発したのはクラウスだった。彼は自ら剣を構えダグラスに突撃していった。
飛び道具を撃てないのであれば近接戦を仕掛ければよい。クラウスのその考えと勇気に周りの者も応え、皆一斉に剣を抜いてクラウスに追従した。
ダグラスは片手でアランの攻撃を防ぎつつ、もう片方の手でクラウス達の相手をした。クラウス達は何度も吹き飛ばされたが、その度に立ち上がり、ダグラスに向かっていった。
ダグラスは四方八方からの攻撃を捌ききれず、その甲冑には徐々に傷がつけられていった。
アラン達の心に、このままいけば倒せる、という希望が湧いていた。
しかし彼らは忘れていた。ダグラスの真の狙いのことを。
アランはクラウス達と共に懸命に剣を振るっていたが、ふとその背中に熱を感じた。
その熱はアンナが放っていた炎によるものだった。アンナはカミラの相手をしており、こちらに気がついていないようであった。
(いつの間にかアンナがこんなに近くに……?!)
アランは少しずつアンナのほうに誘導されていた。そして今、ダグラス、アラン、アンナの三人は一直線上に立っていた。
このときアランはようやく敵の狙いに気が付いた。
「アンナ!」
アランは咄嗟に叫んだが、直後その身にダグラスの光の壁が叩き込まれた。
そして、自分を呼ぶ声に振り返ったアンナの目に映ったのは、こちらに向かって吹き飛ばされてくる兄の姿であった。
(! 兄様?!)
避けるか、受けるか。しかし飛んできているのが兄であるため、防御魔法で受け止めるわけにはいかない。
迷ったアンナは結局満足な防御体勢もとれぬまま兄と激突した。
二人は折り重なるように地面に倒れた。兄の下敷きになったアンナは、その重さから逃れようともがいた。
しかしアンナは満足に動くことができなかった。突然兄に抱きしめられたからだ。兄の片手はアンナの肩に回され、もう片方の手はアンナの頭を守るように回されていた。
アンナは兄が自分を庇ってくれていることを察した。
庇う? 何から?
先に体を起こそうとしたアランの目にはそれが映っていた。
それはダグラスの光の壁。アランを弾き飛ばしたダグラスは、そのまま勢いをつけてこちらに突撃してきていた。
体を起こす暇も無かった。二人は地に伏した体勢のまま、光の壁に飲み込まれた。
重いものがぶつかる嫌な音とともに、二人の体は光の壁と地面に挟み込まれた。
光の壁は二人を地面に押し付け、そのまま引きずっていった。地面と肉がしばらく削りあった後、二人は光の壁の外に弾き出された。
開放された二人の体は地面を転がり、そのまま糸の切れた人形のように動かなくなった。
「隊長! アンナ様!」
その様を見ていたクラウスの脳裏には最悪なイメージが浮かんでいた。クラウスは真っ先に二人のもとに駆け寄り容態を確認した。
二人とも全身傷だらけで血まみれであった。それでもアランはゆっくりと自力で立ち上がろうとしていたが、アンナのほうはぴくりとも動かず、胸にはひどい出血が見られた。
「アンナ様、失礼!」
そう言ってクラウスはアンナの胸元に手をかけ着衣を脱がした。アンナの傷を確認したクラウスは一瞬驚きに目を大きく見開き、すぐさま声を上げた。
「誰か! 誰か来てくれ!」
声を聞いて集まった者達にクラウスは即座に指示を出した。
「お二人を陣まで運んでくれ! 特にアンナ様は胸にひどい怪我をされている! 丁重に扱え!」
兵士達はクラウスの指示に従い、アンナの傷口にきれいな布を当てて簡単な止血処理を施し、軍旗を使って作った担架に二人を乗せ、すぐさま陣へと運びだした。
「隊長とアンナ様の撤退を援護するぞ! 敵を近づけるな!」
しかし敵がそれをみすみす見逃してはくれるはずがない。カミラとダグラス達は既にこちらに迫ってきていた。
「あの二人に正面からの攻撃は通じん! 乱戦に持ち込んで背後をつけ! 全員突撃しろ!」
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