Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第六話 救出作戦(2)

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   ◆◆◆

 一方――カルロ復活の報告を受けたサイラスは、陣中にて地図を眺めながら思案していた。
 サイラスは今後の展開について考えを巡らせていた。
 そしてその考えがまとまった頃、ドアをノックする音が部屋に響いた。

「開いております。どうぞ」
「夜分遅く失礼するよ、サイラス将軍」

 部屋に入ってきたのは、仰々しい礼装に身を包んだ老人であった。

「これはヨハン将軍! よくお越しに。さあ、どうぞご自由におくつろぎ下さい。今部下に茶をいれさせますので」

 サイラスが礼を示すこのヨハンという老人は、この国で有数の権力者であった。今のサイラスがあるのは、この老人のおかげであると言っても過言では無かった。

「構わん。こんな夜分に訪れたのは、少し内密な話がしたいからでな。人払いをお願いする」
「わかりました」

 サイラスは手早く人払いを済ませ、ヨハンの対面に座った。

「それで内密な話とは?」
「うむ、耳の早いそなたのことだ、カルロが復帰した話は既に聞いておるな?」
「はい」
「それで、そなたは次の戦いをどう見る?」

 ヨハンは机の上に広げた地図を指差しながらサイラスに意見を尋ねた。

「この戦いは既に終わっているようなものと思っております」

 ヨハンは黙って頷き、話の続きを促した。

「こちらは兵力で敵を上回っておりますが、カルロを含む敵の固い守りを突破できるほどではありません。このまま睨み合いを続けてカルロをこの場に釘付けにし、別の場所から首都を攻めるのが上策かと」

 サイラスの意見を聞いたヨハンは髭をいじりながら上機嫌に頷いた。

「やはりそなたもそう思うか」
「ですが、この作戦は一部の将から反発を受けるでしょうな」

 サイラスはやや大げさな身振り素振りをしながら語った。

「ある者はこう言うでしょう、『勇の無い軟弱な戦い方だ!』と。またある者は『ここまで敵を追い詰めておきながら逃げるのか!』と」

 サイラスは一息おき、言葉を続けた。

「何も知らない新参者や、カルロの力を侮っている愚か者達はそのように喚きたてるでしょうな。この戦いで重要なのは彼らの暴走をいかに抑えるかでしょう」

 これを聞いたヨハンは突然目つきを鋭くし、声を上げた。

「実は内密な話とはな、その愚か者たちについてのことなのだ」
「どういうことでしょうか?」
「いやなに、大した話ではない。上層部では意見が真っ二つに分かれておってな、特に私に楯突く反対派のガストン将軍と、その取り巻きの愚か者共が戦え戦えとうるさいのだよ」
「気苦労、お察しいたします。その者達を説得するのは大変でしょう」
「いや、私は彼らを説得するつもりなど全く無いのだよ、サイラス将軍」

 ヨハンは最後の「サイラス将軍」という部分に凄みを効かせてきた。これはつまり、サイラスになにか良からぬことの片棒を担がせるつもりなのだろう。

「あの者共は前から何かと目障りであった。幸いにも此度は自ら突撃したいと言っておることだし、この戦いで少し痛い目を見てもらおうと思っておってな」
「つまり彼らを説得するのではなく、捨石にすると」

 無駄に血を流す愚かな作戦だ。
 しかしサイラスにこれを拒否することはできなかった。何故ならサイラスはヨハンからかなりの援助を受けていたからだ。
 だが、サイラスは一言だけヨハンに物申した。

「若き将達の血を無駄に流させるなど、あまり感心できませぬな」
「これも政治だよサイラス将軍。愚か者には早々に消えてもらうのが国にとって一番なのだ」

 この言葉にサイラスはあきれた。政治は私情を挟んで行うものでは断じて無い。
 この時、サイラスは少しだけ怒りを抱いた。それは表情に全く影響を及ぼさない程度のものであったが、その小さな感情はサイラスの口を動かした。

「しかしヨハン将軍、ガストン将軍と彼の臣下達がいなければ今の戦線を維持することは難しいと思われますが」

 これにヨハンは眉ひとつ動かさずに即答した。

「それについては心配するな」

 当然だが、こんな答えで納得するサイラスでは無かった。

「どういうことでしょうか? ガストン将軍亡き後でも、戦線を維持するための策が何かあるのですか?」

 ヨハンは少し間を置いてから答えた。

「……まあな、ちょっとした『当て』があるのだ」
「『当て』……で御座いますか」

 サイラスはこの場はこれ以上詮索しないことにし、話を戻すことにした。

「……承知いたしました。では、この戦いで誰を殺し、誰を生かすかを決めましょう」

 二人は誰を生贄にするか品定めを行い、作戦を練った。この話はすぐに纏まった。
 作戦は非常に単純なものだった。事前にガストン将軍達をできるだけ炊きつけておき、戦いでは先陣を切ってカルロに突撃してもらう。そしてガストン将軍達が壊滅したら速やかに撤退する、ただそれだけであった。

「ではヨハン将軍にはこの作戦の周知と根回しをお願いします。私も信頼できるものに声をかけておきますので」
「うむ、よろしく頼むぞサイラス殿」

 サイラスはヨハンに一礼し、気の乗らない仕事に取り掛かった。

   ◆◆◆

「大将、本当によろしいんですか?」

 外に出たサイラスは突然フレディにこんなことを尋ねられた。フレディが聞いているのはヨハンに好き勝手させて良いのか、ということだろう。

「良いわけがない。奴にあるのは出世欲だけだ。この戦いでは邪魔者を排除することしか考えていない。愛国心など微塵もないだろう」
「だったらこれはまずいんじゃないですか? もしあの爺の企みが成功したらどうなるので?」
「……ガストン将軍達がいなくなれば、この国は奴のものになるだろう」

 それを聞いたフレディは驚きに目を丸くした。

「いやいやいや、冗談きついですぜ。あんな糞爺がこの国の王様になるなんて」

 フレディはサイラスの顔を下から伺いながら恐る恐る口を開いた。

「いっその事、あんな糞爺のことなんか裏切ってガストン将軍達のほうにつきやせんか?」
「ガストン将軍にカルロを倒せるほどの力があればそうした」

 サイラスはフレディの提案をあっさりと切り捨て、言葉を続けた。

「ガストン将軍はこの戦争でかなりの戦果を上げ勢いづいているが、それは所詮一時のものに過ぎぬ。残念だが今この国で圧倒的な力を持っているのはあの糞爺のほうだ」
「あの爺がそんなに強いんですか? そうは見えませんがね」
「魔法が強いとかそういう話では無い。奴は巨大な一族の長なのだ。奴らはこの国の隅々に広がり、至る所で影響力を持っている」
「あんな糞爺がそんなに顔が利くんですか」
「いまでは欲と権力に塗れた糞爺だが、あれでも若かりし頃は武勇で名を馳せた英雄だったのだ」
「あれが英雄だったなんて笑い話にもなりませんね」
「おそらく老いが奴を変えてしまったのだろう。『武』を失ったかわりに、権力にすがろうと必死なのだ」
「それでもあんな奴の言う事を聞くなんて、あっしは気が乗りませんね」
「今は奴の言うことを聞いておいたほうが良い。今は、な」

 そう言われたフレディはこの件についてこれ以上口を挟むのはやめることにした。

「フレディ、お前に一つ仕事を頼みたい。ヨハンが言っていた『当て』とやらについて探りをいれてほしい」
「ああ、確かに気になりますね。なんなんでしょう?」
「ヨハンに何か策があるとは思えん。恐らく、新しい『戦力』だろう。だが、カルロに対抗できるほどの魔法使いが見つかったのなら、とっくに騒ぎになっているはずだ」

 強い戦力、それが手に入りやすく、かつ隠しておける場所、フレディにはそれは二つしか思い浮かばなかった。

「強い魔法使いが見つかりやすくて、隠しておける場所っていやあ……やっぱり『教会』か『収容所』ですかね」

 これにサイラスは頷きを返しながら口を開いた。

「そうだ。ヨハンの管轄下にある『教会』と『収容所』を調べろ」

 この言葉に、フレディもまた同じように頷きを返した。

   ◆◆◆

 数日後――

 戦支度を整えたアラン達、救援部隊は集まり出発の時を待っていた。
 そんな中、アランは今回の作戦に参加する隊長の元を訪ね、お互いの意気込みを語り合い、鼓舞しあっていた。
 そしてアランがある部隊を訪ねたとき、その中に見知った顔を見つけたので声をかけた。

「もしかしてケビン殿では?」
「おお、これはアラン殿。お久しぶりですな」

 地味な彼のことを覚えている読者は少ないであろう。彼はアランが初めてサイラスと出会った地で共に戦った男である。主君を失った彼はその後レオン将軍のもとで戦っていたが、今回の救出作戦には自ら志願していた。

「ケビン殿もこの作戦に志願されていたのですか」
「北の地には私の故郷がありますので」
「それは……ご家族のことが心配でしょう」
「ええ。一人残してきた母のことが気がかりです」
「この作戦が成功すれば、北の地を取り戻すための足掛かりにできるかもしれません。共に力を尽くしましょう」
「そうですな。アラン殿が今回の作戦に参加してくれたこと、心から感謝しております。共に頑張りましょう」

 その後もアランは色んな人と言葉を交わしたが、その内容はほとんどがケビンの時と同じ故郷についてだった。
 救出部隊の戦力は決して多くは無い。しかしそれを補って余りある士気の高さをアランは感じていた。

   ◆◆◆

 一方、北の地で篭城をしている将、クリスは父の肖像画の前で苦しい決断を迫られていた。
 彼が思い悩んでいたのは一刻ほど前に部下から受けたある報告のせいであった。
 それは兵糧があと半月ほどで底を尽きるという悪い報せであった。
 残された時間は少ない。このまま座して死を待つか、一か八か打って出るか、それとも剣を捨て降伏するか――
 クリスの頭には悪い想像ばかりが浮かんだ。そして悩んだ先にたどり着く答えはいつも同じであった。

「私の代でこの家を終わらせてしまうことになるとは、無念だ……」

 考えれば考えるほど、彼の中で死のイメージが濃くなっていた。

「将軍、あまり思い詰めなさるな」

 そのとき、いつの間にか後ろにいた臣下から声をかけられ、クリスは振り返った。深く考え事をしていたせいで、傍に人がいることに全く気がついていなかった。

「まだ死ぬと決まったわけではありませぬ。脱出した兵士達が救援を呼んでくれることを信じて、ぎりぎりまで待ちましょう。覚悟するのはその時でもよろしいではないですか」

 恐らく先の独り言を聞かれていたのであろう。しかしクリスは弱さを臣下に見せたことを恥とは感じず、むしろその臣下の言葉はクリスを安心させていた。

「……そうだな。時間はまだある。悩むにはまだ早い、か」

 クリスは窓から南の地を遠く眺めながら、心を無にしてその時を待つことにした。
 クリスが覗くその南の窓からは美しい景色が一望できていたが、今はあるものがその景観を損ねていた。
 それはクリス達を包囲している敵の陣であった。

   ◆◆◆

 クリス将軍と対する敵の総大将ルークは城の正面に陣を構え、静かに戦いの時を待っていた。

「申し上げます!」

 そこへ駆け込んできた兵士がルークの前に跪き、偵察兵からの報告を読み上げた。

「敵の援軍は二手に分かれた模様です! 一方は谷間の道を、もう一方は森に続く迂回路のほうへ進軍しているとのこと!」

 アラン達の動きは敵に筒抜けであった。ルークは援軍を呼ばれることを警戒して、街道に偵察兵を配置していたのであった。

「思ったより早かったな。皆の者に伝えよ、戦いの準備だ!」

 レオンの危惧していたことは当たっていた。アラン達は敵の仕掛けた罠に飛び込むことになるのであった。
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