Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第六話 救出作戦(1)

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   ◆◆◆

  救出作戦

   ◆◆◆

 アランが父との訓練を開始してから三ヶ月の時が流れた。
 アランは城で戦支度をしていた。装備を一つ一つ手に取り、その状態を丁寧に確認していた。
 長剣を手に取ったところでアランの手が止まった。その刀身は傷だらけで、刃に写った曇った自分の顔がこれまでの厳しい戦いを思い出させた。
 その過去と恐怖を流し去るかのように、アランはその刃を研ぎ始めた。
 砥石に刃を押し当てながら、アランの脳裏に浮かんでいたのはリリィの存在であった。

 ここ最近、アランはリリィと会っていなかった。
 父との訓練のせいで時間が作れなかったというのもある。しかしアランは意識してリリィと会うことを避けていた。
 アランはリリィを心配させたくなかった。戦いで傷ついた自分の体をリリィに見せたくなかったのだ。
 しかし出発を明日に控えた今、リリィに会いたいという欲求は抑えがたいものになっていた。

   ◆◆◆

 その日の深夜、アランはリリィを訪ねた。

 部屋に招かれたアランはリリィのベッドに腰掛けたが、リリィはその隣には座らず窓際に立ち、アランに背を向けていた。

「……その、久しぶりだな」

 背を向けたまま返事をしないその態度に、アランはリリィが怒っているのかと勘違いした。

「君をほったらかしにしてすまないと思っている。最近は忙しくて時間が作れなかったんだ」

 これは嘘である。会おうと思えば無理にでも時間を作ることはできた。
 対し、リリィはそんなありふれた嘘など気にも止めず、今の純粋な気持ちをアランに述べた。

「……アランが大怪我をしたと聞いて、ずっと気が気じゃ無かった。私、心配で、心配で……」

 リリィは怒っているわけではないことをアランは察した。

「アラン、私はもうあなたに戦ってほしく無い」

 これにアランはすぐには返答できなかった。答えはとうに決まっていたのだが、この回答はリリィを悲しませてしまうことがわかっていたからだ。

「……すまない、それは……できない」
「どうして?」

 眉をひそめながら尋ねるリリィに、アランは口を開いた。

「……皆必死で戦っている。ディーノもだ。俺だけが安全なところにいるわけにはいかない」
「弱いアランが無理して戦う必要なんかないじゃない!」

 瞬間、リリィは自分が軽率なことを口走ってしまったことに気がついた。
 しかしアランはリリィの感情的な発言に怒りもせず、ただ黙って後ろからその身を抱きしめた。

「リリィ、身勝手な俺を許してくれ。君を心配させてしまっていることはよくわかってる」

 リリィは自身の正面に回されたアランの手を握り、口を開いた。

「ごめんなさい、私、嫌な女ね」

 荒れた心を静めるかのように二人は押し黙った。しばらくそうしたあと、アランが口を開いた。

「リリィ、勝手ついでにひとつ俺のお願いを聞いてほしいんだ」

 そう言いながらアランはリリィの正面に回りこんだ。
 お願い、アランはその内容を言葉にはしなかった。
 そして、窓から差し込む月明かりに浮かぶ二人のシルエットはどちらともなくゆっくりと近づき、重なった。



   ◆◆◆

 数日後――

 前線にいるレオンは皆を集めて会議を行っていた。しかしその内容は今目の前にいる敵とどう戦うか、では無かった。
 彼らが話し合っているのは北で孤立している将、クリスについてだった。
 事の発端は北の地から数名の兵士が逃げ延びてきたことだった。彼らはクリスの兵士であり、レオンにクリス達の救出を願った。
 しかしレオンはこれを拒否した。救出部隊に戦力を割く余裕は全く無かったからである。
 だがクリスの兵士達は引き下がらなかった。彼らは逃げ延びる際に敵の陣容を良く見ており、その詳細を地図に記していた。
 彼らはそれを皆に見せ、その陣容の欠陥を指摘し、奇襲作戦を提案した。これに隊長格の人間が何名か反応した。
 北の地に故郷を持つものは多い。この作戦に賛成の意を示したのはそういう者達であった。
 そして今、話はまずい方向へと進んでいた。彼らは反対派の意見を無視して行動を起こすと言い出したのである。
 会議は平行線のまま荒れていった。しかしその時、突如外が騒がしくなり、何事かと会議室は静まり返った。
 しばらくして会議室に二人の人間が姿を現した。それを見た会議室の者達は皆一斉に起立し、その者に敬意を示した。
 会議室に現れた二人はカルロとアランであった。カルロの存在が会議室の空気を凛としたものに一変させていた。

「これはカルロ将軍、お体のほうはもうよろしいのですか?」

 レオン将軍は開口一番にその身を案じた。

「うむ。皆に心配をかけさせてしまったようだな」
「カルロ将軍、どうぞこちらの席へ」

 レオンは先ほどまで自分が座っていた席から一歩身を引き、カルロをその席へと招いた。そこは総大将の席であった。
 カルロは悠々とその席に座り、口を開いた。

「何について話していた? かなり荒れていたようだが」
「はっ、実は……」

 レオンはこれまでのいきさつを簡単に説明した。

「やらせてやれば良い」

 話を聞いたカルロはこの一言だけを返した。これに対しレオンが当然の意見を述べた。

「ですが、今兵を割くのは得策では無いかと」
「その心配なら無用だ。私がいる」

 なんと傲慢な言葉であろうか。しかしこの言葉に物申す者は誰もいなかった。その言葉のとおり、カルロの力は一騎当千なのだから。

「クリス将軍は我が兄のご子息殿だ。個人的な感情だが、見捨てるのは心苦しい。レオン将軍、詳細を教えてくれ」

 そう、本人の言うとおりカルロは今私情を挟んで喋っている。しかしこれについても物申すものは現れなかった。カルロは次代の王となる者。その口から発せられる言葉は王のそれと等しいものであった。

「ではこちらの地図をご覧ください」

 レオンはカルロの前に地図を広げ説明した。

「先ほどお話ししたとおり、クリス将軍は北の地で孤立し、敵に包囲されております。クリス将軍は自城に篭って敵の攻勢を凌いでいるようですが、現在は兵糧攻めを受けている模様です」
「兵力差は?」
「情報によるとクリス将軍のほうが六千、対する敵はおよそ一万五千ほどだと」
「救出部隊に志願している者の数は?」
「四千人ほどかと」

 カルロは少し考えたあと、口を開いた。

「少ないな。我が隊から二千出そう」

 これで数だけならクリスの分も含めて約一万二千となった。正面からでも戦えないことはない数である。

「ではレオン将軍、作戦を説明してくれ」

 レオンは地図を指差しながら作戦を説明した。

「部隊を陽動役と奇襲役の二つに分けます。陽動部隊はこの狭い谷間の道で敵を引き付け、奇襲部隊はその間に敵の守りが手薄な森側から攻撃をしかけます」

 カルロに作戦内容を説明しつつも、レオンはいまだこの作戦に素直に賛成できないでいた。レオンは敵が罠をしかけている可能性を恐れていた。

「わかった。作戦内容について私から異論は特に無い。あとの細事はレオン将軍に任せる」
「わかりました……ではそのように」

 だが、レオンはこの場は何も言わず大人しく引き下がることにした。

「レオン将軍、父上、よろしいですか」

 その時、それまで会議室の入り口で立っていただけであったアランが口を開いた。

「アラン殿、なにか意見があるなら遠慮せずに言うといい」

 この時レオンはアランが反対意見を述べてくれると思っていた。息子の言葉であればカルロの心を動かせるかもしれないとレオンは期待していた。
 が、アランの口から出た言葉はレオンが期待したものとは全く正反対のものであった。

「私もその作戦に参加することをお許しいただけますか」

   ◆◆◆

 会議が終わり部屋から出てきたアランをディーノが待ち受けていた。

「北に行くのかアラン」
「ディーノ、久しぶりだな。……盗み聞きしていたのか?」

 そばにカルロがいるにも拘らず、ディーノとアランはいつも通りに接した。

「もちろん俺も連れて行ってくれるんだよな?」

 その言葉を聞いたアランは顔に喜びの表情を滲ませた。

「一緒に来てくれるのか」

 てっきりディーノはレオンの下でここの防衛に当たるものと思っていた。

「当たり前だろ」
「ありがとう。お前が一緒に戦ってくれるのなら心強い」
「ところでアラン、なんでこの作戦に志願したんだ? そのクリスさんとは親しいのか?」
「ああ、それは……」

 アランはディーノの問いにすぐには答えられなかった。アランは考えたが、結局良い言葉が浮かばず、

「ただそうしたいと思っただけだ」

 とだけ答えた。
 そして直後、二人の会話が途切れるのを見計らっていたかのように、カルロがディーノに声をかけた。

「お前がディーノか。活躍は聞いている。一度会いたいと思っていた」
「え、あ、どうも」

 突然カルロに話しかけられたディーノは身を強張らせた。そしてそれは隣にいるアランもまた同じであった。アランは父が奴隷であるディーノになにか良からぬ言葉を投げつけるのではないかと気が気ではなかった。

「息子の事をよろしく頼む」

 しかし意外にもカルロの口から出た言葉はディーノを信頼したものであった。

「あ、そりゃあもう! しっかり守りますよ!」

 緊張こそしていたが、カルロの前でもディーノの調子はあまり変わらなかった。

「カルロ将軍、少しよろしいですか」

 その時、いつの間にか後ろにいたレオンが声をかけてきた。

「うむ。アラン、私はレオン将軍と少し話してくる。先に行け」

 そう言ってカルロは親衛隊だけを連れ、レオンと共に陣の奥へと消えていった。

   ◆◆◆

 人払いを済ませたレオンは地図を広げ、カルロに自分の意見を述べ始めた。

「カルロ将軍、私はどうもこの敵の布陣にきな臭さを感じるのです」
「それはつまり、これが敵の罠であると?」
「はい。確かに森側は敵の守りが薄くなっていますが、私にはこれが敵の誘いに見えるのです」

 レオンはカルロの顔を伺いながら言葉を続けた。

「カルロ将軍、援軍を送ることを今更止めようとは思っておりませぬ。ですが、ご子息殿を行かせるのはやめておいたほうがよろしいかと存じます」

 この言葉を聞いたカルロはその心を伺うようにレオンの目を一瞥した。

「ご子息殿はまだお若い。ここで危険を冒さずとも、良い機会がいずれまたあるはずです」

 これを聞いたカルロはまるで想いにふけるように、静かに目を閉じた。そして言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開き話し始めた。

「……あれは子供の時からずっとああなのだ、レオン将軍」

 カルロは幼き頃のアランを思い出しながら話していた。それはまるで独白のようであった。

「弱いのに負けん気だけは人一倍強くてな。あやつは今功を焦っておる」

 カルロはアランの心の内を見抜いていた。

「あやつには本を片手に知を活かす人生を歩んで欲しかったが……」

 魔法の才も勉学の才も無かったが、意地だけは強い子であった。カルロは小さくため息をつき、再び口を開いた。

「全く、子供というものはまことにままならぬものだ」

 この時カルロは遠い目をしていた。その心の内を支配している感情が何なのか、諦めか、それとも憂いか、それは誰にもわからなかった。

「もしこれで死んだとしても、それは武家の嫡男としての定めなのであろう」
「……わかりました。そこまでおっしゃるのであれば、これ以上何も言いませぬ」

 しかしこれで死ねばそれはただの匹夫の勇、それはあまりにも悲しい。アランにとっても、カルロにとっても。
 この時カルロの中で様々な感情がせめぎあったが、その心の天秤は僅かに親心のほうに傾いた。

「フリッツ」
「はっ」

 名を呼ばれた親衛隊は礼をしながら返事をした。

「お前に千の兵を預ける。我が息子を守ってくれ」
「承知いたしました」
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