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第三章 アランが己の中にある神秘を自覚し、体得する
第十七話 荒れ狂う光(2)
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細かく連続して聞こえてくるその音、それは寒いときに震える歯が立てる音に似ていた。それを歯ではなく金属で鳴らしているかのような音だ。
その耳障りな音、それはクラウスの剣の鍔から発せられていた。
クラウスの剣の鍔には亀裂が入っていた。それは先の攻防の際、リックが放った蹴りを受けたことによるものだった。
その鍔から細かな音が連続して鳴っているという事実からわかること、それはクラウスの剣が振動しているということであった。
当然クラウス本人はこの異常に気がついていた。しかしクラウスは光の剣が持つ危険性を知らないがゆえに、それが問題であると思っていなかった。
もちろん普段はこんなことにならない。クラウスの剣が振動し始めたのは、リックの拳を受け止めて剣が折れ曲がってからであった。
いや、異常そのものはもっと早く始まっていた。それはリックの攻撃を受け止める度に悪化していき、遂に振動という形で表に現れてきたのだ。
アランの意識はクラウスの剣にとらわれた。それは僅かな時間であったが、リックはその隙を見逃さなかった。
動きが膠着したアランに向かってリックが踏み込む。
虚を突かれる形となったアラン。
だが主人のこの窮地を、クラウスは見逃さなかった。
リックとアラン、二人の間に飛び込むようにクラウスが地を蹴る。その勢いはリックに体当たりするかのようであり、そこから生まれた無言の圧力は、リックの意識を向けさせるのに十分であった。
リックはクラウスの方に目線を向けるよりも早く地に足を叩きつけた。リックは土煙を上げるその足を軸に体の向きを回転させ、クラウスの方に向き直った。
リックとクラウス、双方が再び正面に向かい合う。その時既にクラウスの光る刃はリックの首に向かって放たれていた。
リックは水平に走るその光る刃に向かって、光る拳を真上に振り上げた。
両者が放った光の線はきれいな十字を描き、激しい金属の衝突音を再び場に響かせながら、眩い光の粒子を散らせた。
だが、この激突で生まれた音はそれだけでは無かった。
直後、クラウスの剣は「悲鳴」を上げた。金属が割れたような鋭い音の後、金属が磨耗し合う歪な音が刀身から響き始めた。
この時、アランの頭にある懐かしい言葉が浮かび上がった。
「鋼の刃に過度の光を通すべからず」
クラウスの剣は限界寸前である、それに気付いたアランは咄嗟に声を上げた。
「剣を捨てろ! クラウス!」
言いながらアランはクラウスに向かって走り出し、リックもアランの言葉に弾かれるように動き出した。
クラウスが光る剣をリックに投げつける。それを見たリックは素早く後方に飛び退いた。
そしてクラウスの手から剣が離れた直後、走りこんできたアランがクラウスの体を突き飛ばした。
主の手から離れた剣は、空中でその輝きをさらに増した。これを後ろ目に見たアランはそのまま地面に伏せた。
そして次の瞬間、剣は「破裂」した。
陶器が割れたかのような音と共に剣は四散し、そこから光が溢れ出した。
それはただの光では無かった。旋風と共に溢れ出た光は、まるで風に乗って動いているかのように、旋回しながら周囲に広がっていった。
そして光は爆発点から少し離れたところで突如規則性を失った。
光は細く枝分かれし、矢のようになりながら様々な方向に進路を変えて飛んでいった。
そうして拡散した光の矢は、周囲の人間へ無差別に襲い掛かった。
「っ!」
地に伏せていたアランは自身の左肩に走った鋭い痛みに息を漏らし、目を硬く閉じた。
直後、アランの耳に肉を裂く嫌な音と兵士達の悲鳴が飛び込んできた。これは一度では終わらなかった。
アランはじっと地に顔を伏せてこの惨事が終わるのを待った。暫くして周囲が静かになってから、アランは顔を上げた。
顔を上げたアランの前には異様な光景が広がっていた。
強い魔法使い同士が激戦を繰り広げた後、と言われればそう見えるかもしれない。周囲には多くの兵士達が倒れており、様々な呻き声が場に響いていた。
「クラウス!」
アランは声を上げ、真っ先にクラウスの姿を探した。
彼はすぐに見つかった。その有様はアランを絶句させるに十分であった。
クラウスの体は切り刻まれ、血に染まっていた。
「誰か、誰か手を貸してくれ!」
アランはそう叫びながら手を動かした。
(とにかく止血しないと!)
クラウスの怪我の様相はどこから手をつければ良いかわからないほどの有様であったが、アランはとりあえず深そうな傷から処置していった。
そしてアランの手はクラウスの左目を見た時に一瞬止まった。
クラウスの左目には縦に大きな一本の傷がついていた。
この傷ではこの目は二度と――アランはふと頭に浮かんだそんな考えを振り払い、再び手を動かし始めた。
「おい! 誰か、手が空いている者はいないのか!」
焦りからか、アランの言葉は乱暴なものになっていた。
周りは怪我人だらけである。隊長の命令とはいえ、すぐに動けないのは致し方無いことであった。
暫くして、ようやく手の空いた兵士達がアランのもとに駆けつけた。
兵士達はクラウスに簡単な処置を施した後、彼の体を急ごしらえの担架に乗せ、城へと運び出した。
アランはクラウスを見送った後、敵軍のほうに視線を戻した。
敵の有様もこちらと大した違いは無かった。多くの兵士達が負傷者の搬送に手を焼いていた。
アランはそれでも油断無く身構えていたが、敵が攻撃を仕掛けてこない理由をすぐに理解した。目の前に出来ている人だかり、そこから傷だらけのリックが運び出されるのが目に入ったからだ。
リックを連れて撤退していく敵兵達の姿を見て、アランは声を上げた。
「敵の追撃はしなくていい! それよりも負傷者達を全員城に運べ!」
こうしてこの戦いは終わった。アラン達の勝利である。
だが、アランの中に勝利したという実感は全く無かった。
そして、アランは勝利の余韻に浸る余裕すら無いまま、クラウスの元へ走り始めたのであった。
◆◆◆
それから、クラウスは暫く目を覚まさなかった。
アランはほとんど付きっ切りでクラウスの看病をした。
ベッドで寝ているクラウスの額に手を当てる。
(熱が下がらないな)
クラウスが負った傷は浅くない。その傷口はいずれもがいまだに熱を帯びていた。
冷たい水に布を浸し、それをクラウスの額に乗せる。
その時、クラウスの体がぴくりと動いた。
「クラウス!?」
アランが声を掛ける。その声に応えるかのように、クラウスは目を覚ました。
「クラウス! 気がついたのか!」
体を起こそうとするクラウスをアランは手で制した。
「動いちゃ駄目だ、クラウス」
この言葉に、クラウスは僅かな笑みを浮かべながら口を開いた。
「この前と逆の立場になってしまいましたな」
この前、それはアランがリックにやられた時のことを言っているのだろう。
「そういえば、そうだな」
同じような笑みを返すアランに、クラウスは再び口を開いた。
「しかし、慣れないことはするものではありませんな。少しでも強くなろうと、付け焼刃の技に頼ったがあまり、この有様です」
それは違う。光の剣の扱いはとても難しいものなのだ。俺がそんなものを使えているのは、俺がすごいんじゃなくて、使っている武器が――
アランがその言葉を口にするよりも早く、クラウスは言葉を続けた。
「そういえば、戦いはあれからどうなったのですか? アラン様にお怪我は?」
驚いた。この男はこんな有様になってもこんな言葉を吐く。
アランはクラウスの質問には答えず、逆に思い切って尋ねた。
「クラウス……どうしてここまでしてくれるんだ?」
「……」
押し黙るクラウスに、アランはもう一度尋ねた。
「クラウスがそこまで体を張ってくれる理由は一体なんなんだ?」
「……」
クラウスはやはり押し黙ったままであった。
暫くして、クラウスはゆっくりと口を開いた。
「……アラン様、私はあなたに期待しているのです」
「期待? 俺のどこにクラウスが期待できるような価値があるっていうんだ?」
クラウスはアランの自虐的な言葉を否定するように小さく首を振った後、答えた。
「アラン様、私はあなたの持つ『精神』に期待しているのです」
「『精神』?」
「アラン様、ご自分ではお気づきになられていないでしょうが、あなたの持つ精神はとても珍しいものなのです」
「珍しい、とはどういうことだ?」
「貴族にしては珍しいのです。魔法力の弱い貴族というのは、大体が卑屈で臆病で、相手の様子を伺ってばかりの人間になりがちなのです」
クラウスはアランの反応を見ながら言葉を続けた。
「確かにアラン様にも卑屈な一面はあります。ですが、それ以上に強烈な何かをアラン様から感じるのです」
「その何かっていうのは、なんなんだ?」
これは難しい質問だったらしく、クラウスは口を開くのに多少の時間を要した。
「一つの言葉では上手く言い表せませぬ。そうですな……『気骨』、『忍耐』、『優しさ』、『勇気』、これらを混ぜ合わせた何かでしょうか」
この答えにわからないと言うような顔するアランに対し、クラウスは続けて口を開いた。
「アラン様、この世には『持たざる者』とそうでない者がおりますが、『持たざる者』、またはそのような者達の心を理解している人間だけが、手にすることができるものがあるのです。私にはアラン様がそれを身に着けつつあるように思えるのです」
弱者のために、虐げられている者のために、世のために立ち上がる英雄の話は数多い。
その者達の多くが、クラウスが言うその『何か』を体得、または体現していた。
だが、この答えにもアランの表情は変わらなかった。
「この答えで納得して頂けないのでしたら……そうですな……」
別の答え。アランは期待してクラウスの次の言葉を待った。
「なんとなく、ではいけませんか?」
この回答にアランは拍子抜けした。
「なんとなく……? そうか、なんとなくか。はは、ははは」
そして自然と笑みがこぼれていた。
「……ふふ、ははははは」
「「はははははは」」
二人は笑った。大いに笑った。
だが、アランの目からは涙がぽろぽろと溢れ出していた。
◆◆◆
その夜――
アランは城の片隅で一心不乱に剣を振っていた。
もっと強くならなければならない、脅迫観念にも近いその意識がアランを突き動かしていた。
アランを守り、負傷したクラウスの姿。今のアランを突き動かしているものはそれであった。
(俺のせいだ、クラウスが負傷したのは。俺はなんて馬鹿なんだ。ちょっと光の剣の扱いが上手くなっただけで、調子に乗って……)
自身の不甲斐なさに身を震わせながら、アランはさらに激しく体を動かし始めた。
(もっと強くならなくては。もっと速く、鋭く、誰にも捉えることのできない剣、俺にはそれが必要だ)
仲間に頼るのは悪いことでは無い。しかしそれでもアランは「絶対」な何かを欲していた。
アランの剣技は達人の域にはまだ遠い。そして意外かもしれないが、それはクラウスも同様である。剣の文化が発達していないこの大陸ではそれは致し方ないことであった。
アランを達人の領域に導いてくれるような人物はこの大陸にはいない。アランは自分の力でその高みに昇らねばならないのだ。
その高み、それは後に「剣聖」と呼ばれる領域であった。
◆◆◆
一方、ディーノも同様に人気の無い所で槍斧を振っていた。
ディーノは同じ構えからの素振りを繰り返していた。それは単純な反復練習というわけではなかった。
ディーノはひたすらに「速い一撃」を追い求めていた。
ディーノは今の自分の戦い方に限界を感じていた。今のディーノは良くも悪くも自由に、勘に頼って戦っていた。
ディーノはリックとの戦いを通じて「構え」というものの重要性を理解していた。正しい「構え」から正確な所作をもって繰り出される攻撃の中に、「最速の一撃」というものが存在するのでは無いかと考えるようになっていた。
(見てから避けられるんじゃあいつには通じねえ。もっと、もっと速く振れるようにならねえと)
ディーノは黙々と試行錯誤を繰り返していった。
アランとディーノ、二人が求めているものは同じものであった。
それは人の目には捉えられないほどの純粋な「速さ」であった。
かつてクリスはディーノの戦いぶりを「暴風」と例えた。その言葉が示す通りの太刀筋をディーノは後に手に入れるのである。
第十八話 歪んだ信仰 に続く
その耳障りな音、それはクラウスの剣の鍔から発せられていた。
クラウスの剣の鍔には亀裂が入っていた。それは先の攻防の際、リックが放った蹴りを受けたことによるものだった。
その鍔から細かな音が連続して鳴っているという事実からわかること、それはクラウスの剣が振動しているということであった。
当然クラウス本人はこの異常に気がついていた。しかしクラウスは光の剣が持つ危険性を知らないがゆえに、それが問題であると思っていなかった。
もちろん普段はこんなことにならない。クラウスの剣が振動し始めたのは、リックの拳を受け止めて剣が折れ曲がってからであった。
いや、異常そのものはもっと早く始まっていた。それはリックの攻撃を受け止める度に悪化していき、遂に振動という形で表に現れてきたのだ。
アランの意識はクラウスの剣にとらわれた。それは僅かな時間であったが、リックはその隙を見逃さなかった。
動きが膠着したアランに向かってリックが踏み込む。
虚を突かれる形となったアラン。
だが主人のこの窮地を、クラウスは見逃さなかった。
リックとアラン、二人の間に飛び込むようにクラウスが地を蹴る。その勢いはリックに体当たりするかのようであり、そこから生まれた無言の圧力は、リックの意識を向けさせるのに十分であった。
リックはクラウスの方に目線を向けるよりも早く地に足を叩きつけた。リックは土煙を上げるその足を軸に体の向きを回転させ、クラウスの方に向き直った。
リックとクラウス、双方が再び正面に向かい合う。その時既にクラウスの光る刃はリックの首に向かって放たれていた。
リックは水平に走るその光る刃に向かって、光る拳を真上に振り上げた。
両者が放った光の線はきれいな十字を描き、激しい金属の衝突音を再び場に響かせながら、眩い光の粒子を散らせた。
だが、この激突で生まれた音はそれだけでは無かった。
直後、クラウスの剣は「悲鳴」を上げた。金属が割れたような鋭い音の後、金属が磨耗し合う歪な音が刀身から響き始めた。
この時、アランの頭にある懐かしい言葉が浮かび上がった。
「鋼の刃に過度の光を通すべからず」
クラウスの剣は限界寸前である、それに気付いたアランは咄嗟に声を上げた。
「剣を捨てろ! クラウス!」
言いながらアランはクラウスに向かって走り出し、リックもアランの言葉に弾かれるように動き出した。
クラウスが光る剣をリックに投げつける。それを見たリックは素早く後方に飛び退いた。
そしてクラウスの手から剣が離れた直後、走りこんできたアランがクラウスの体を突き飛ばした。
主の手から離れた剣は、空中でその輝きをさらに増した。これを後ろ目に見たアランはそのまま地面に伏せた。
そして次の瞬間、剣は「破裂」した。
陶器が割れたかのような音と共に剣は四散し、そこから光が溢れ出した。
それはただの光では無かった。旋風と共に溢れ出た光は、まるで風に乗って動いているかのように、旋回しながら周囲に広がっていった。
そして光は爆発点から少し離れたところで突如規則性を失った。
光は細く枝分かれし、矢のようになりながら様々な方向に進路を変えて飛んでいった。
そうして拡散した光の矢は、周囲の人間へ無差別に襲い掛かった。
「っ!」
地に伏せていたアランは自身の左肩に走った鋭い痛みに息を漏らし、目を硬く閉じた。
直後、アランの耳に肉を裂く嫌な音と兵士達の悲鳴が飛び込んできた。これは一度では終わらなかった。
アランはじっと地に顔を伏せてこの惨事が終わるのを待った。暫くして周囲が静かになってから、アランは顔を上げた。
顔を上げたアランの前には異様な光景が広がっていた。
強い魔法使い同士が激戦を繰り広げた後、と言われればそう見えるかもしれない。周囲には多くの兵士達が倒れており、様々な呻き声が場に響いていた。
「クラウス!」
アランは声を上げ、真っ先にクラウスの姿を探した。
彼はすぐに見つかった。その有様はアランを絶句させるに十分であった。
クラウスの体は切り刻まれ、血に染まっていた。
「誰か、誰か手を貸してくれ!」
アランはそう叫びながら手を動かした。
(とにかく止血しないと!)
クラウスの怪我の様相はどこから手をつければ良いかわからないほどの有様であったが、アランはとりあえず深そうな傷から処置していった。
そしてアランの手はクラウスの左目を見た時に一瞬止まった。
クラウスの左目には縦に大きな一本の傷がついていた。
この傷ではこの目は二度と――アランはふと頭に浮かんだそんな考えを振り払い、再び手を動かし始めた。
「おい! 誰か、手が空いている者はいないのか!」
焦りからか、アランの言葉は乱暴なものになっていた。
周りは怪我人だらけである。隊長の命令とはいえ、すぐに動けないのは致し方無いことであった。
暫くして、ようやく手の空いた兵士達がアランのもとに駆けつけた。
兵士達はクラウスに簡単な処置を施した後、彼の体を急ごしらえの担架に乗せ、城へと運び出した。
アランはクラウスを見送った後、敵軍のほうに視線を戻した。
敵の有様もこちらと大した違いは無かった。多くの兵士達が負傷者の搬送に手を焼いていた。
アランはそれでも油断無く身構えていたが、敵が攻撃を仕掛けてこない理由をすぐに理解した。目の前に出来ている人だかり、そこから傷だらけのリックが運び出されるのが目に入ったからだ。
リックを連れて撤退していく敵兵達の姿を見て、アランは声を上げた。
「敵の追撃はしなくていい! それよりも負傷者達を全員城に運べ!」
こうしてこの戦いは終わった。アラン達の勝利である。
だが、アランの中に勝利したという実感は全く無かった。
そして、アランは勝利の余韻に浸る余裕すら無いまま、クラウスの元へ走り始めたのであった。
◆◆◆
それから、クラウスは暫く目を覚まさなかった。
アランはほとんど付きっ切りでクラウスの看病をした。
ベッドで寝ているクラウスの額に手を当てる。
(熱が下がらないな)
クラウスが負った傷は浅くない。その傷口はいずれもがいまだに熱を帯びていた。
冷たい水に布を浸し、それをクラウスの額に乗せる。
その時、クラウスの体がぴくりと動いた。
「クラウス!?」
アランが声を掛ける。その声に応えるかのように、クラウスは目を覚ました。
「クラウス! 気がついたのか!」
体を起こそうとするクラウスをアランは手で制した。
「動いちゃ駄目だ、クラウス」
この言葉に、クラウスは僅かな笑みを浮かべながら口を開いた。
「この前と逆の立場になってしまいましたな」
この前、それはアランがリックにやられた時のことを言っているのだろう。
「そういえば、そうだな」
同じような笑みを返すアランに、クラウスは再び口を開いた。
「しかし、慣れないことはするものではありませんな。少しでも強くなろうと、付け焼刃の技に頼ったがあまり、この有様です」
それは違う。光の剣の扱いはとても難しいものなのだ。俺がそんなものを使えているのは、俺がすごいんじゃなくて、使っている武器が――
アランがその言葉を口にするよりも早く、クラウスは言葉を続けた。
「そういえば、戦いはあれからどうなったのですか? アラン様にお怪我は?」
驚いた。この男はこんな有様になってもこんな言葉を吐く。
アランはクラウスの質問には答えず、逆に思い切って尋ねた。
「クラウス……どうしてここまでしてくれるんだ?」
「……」
押し黙るクラウスに、アランはもう一度尋ねた。
「クラウスがそこまで体を張ってくれる理由は一体なんなんだ?」
「……」
クラウスはやはり押し黙ったままであった。
暫くして、クラウスはゆっくりと口を開いた。
「……アラン様、私はあなたに期待しているのです」
「期待? 俺のどこにクラウスが期待できるような価値があるっていうんだ?」
クラウスはアランの自虐的な言葉を否定するように小さく首を振った後、答えた。
「アラン様、私はあなたの持つ『精神』に期待しているのです」
「『精神』?」
「アラン様、ご自分ではお気づきになられていないでしょうが、あなたの持つ精神はとても珍しいものなのです」
「珍しい、とはどういうことだ?」
「貴族にしては珍しいのです。魔法力の弱い貴族というのは、大体が卑屈で臆病で、相手の様子を伺ってばかりの人間になりがちなのです」
クラウスはアランの反応を見ながら言葉を続けた。
「確かにアラン様にも卑屈な一面はあります。ですが、それ以上に強烈な何かをアラン様から感じるのです」
「その何かっていうのは、なんなんだ?」
これは難しい質問だったらしく、クラウスは口を開くのに多少の時間を要した。
「一つの言葉では上手く言い表せませぬ。そうですな……『気骨』、『忍耐』、『優しさ』、『勇気』、これらを混ぜ合わせた何かでしょうか」
この答えにわからないと言うような顔するアランに対し、クラウスは続けて口を開いた。
「アラン様、この世には『持たざる者』とそうでない者がおりますが、『持たざる者』、またはそのような者達の心を理解している人間だけが、手にすることができるものがあるのです。私にはアラン様がそれを身に着けつつあるように思えるのです」
弱者のために、虐げられている者のために、世のために立ち上がる英雄の話は数多い。
その者達の多くが、クラウスが言うその『何か』を体得、または体現していた。
だが、この答えにもアランの表情は変わらなかった。
「この答えで納得して頂けないのでしたら……そうですな……」
別の答え。アランは期待してクラウスの次の言葉を待った。
「なんとなく、ではいけませんか?」
この回答にアランは拍子抜けした。
「なんとなく……? そうか、なんとなくか。はは、ははは」
そして自然と笑みがこぼれていた。
「……ふふ、ははははは」
「「はははははは」」
二人は笑った。大いに笑った。
だが、アランの目からは涙がぽろぽろと溢れ出していた。
◆◆◆
その夜――
アランは城の片隅で一心不乱に剣を振っていた。
もっと強くならなければならない、脅迫観念にも近いその意識がアランを突き動かしていた。
アランを守り、負傷したクラウスの姿。今のアランを突き動かしているものはそれであった。
(俺のせいだ、クラウスが負傷したのは。俺はなんて馬鹿なんだ。ちょっと光の剣の扱いが上手くなっただけで、調子に乗って……)
自身の不甲斐なさに身を震わせながら、アランはさらに激しく体を動かし始めた。
(もっと強くならなくては。もっと速く、鋭く、誰にも捉えることのできない剣、俺にはそれが必要だ)
仲間に頼るのは悪いことでは無い。しかしそれでもアランは「絶対」な何かを欲していた。
アランの剣技は達人の域にはまだ遠い。そして意外かもしれないが、それはクラウスも同様である。剣の文化が発達していないこの大陸ではそれは致し方ないことであった。
アランを達人の領域に導いてくれるような人物はこの大陸にはいない。アランは自分の力でその高みに昇らねばならないのだ。
その高み、それは後に「剣聖」と呼ばれる領域であった。
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ディーノはリックとの戦いを通じて「構え」というものの重要性を理解していた。正しい「構え」から正確な所作をもって繰り出される攻撃の中に、「最速の一撃」というものが存在するのでは無いかと考えるようになっていた。
(見てから避けられるんじゃあいつには通じねえ。もっと、もっと速く振れるようにならねえと)
ディーノは黙々と試行錯誤を繰り返していった。
アランとディーノ、二人が求めているものは同じものであった。
それは人の目には捉えられないほどの純粋な「速さ」であった。
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クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。
新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。
マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。
ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。
捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。
長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。
新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。
フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。
フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。
ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。
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*荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください
*約10万字で最終話を含めて全29話です
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*10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします
*誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです
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