Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第二十五話 舞台に上がる怪物(5)

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   ◆◆◆

 会議が終わったあと、アランは王宮の廊下でハンスに話しかけた。

「ハンス殿!」
「おお、これはアラン殿。初めての王室会議はいかがでしたか?」
「それよりも縁談の件、本当によろしいのですか? 私は南の貴族達のことはよく知りませんが、今日の会議で彼らに対して抱いた印象は最悪です」

 アランのこの言葉にハンスは眉を僅かにひそめた後、口を開いた。

「アラン殿、ここでそのような話は――」「こんな目立つ場所でそんな話はしないほうがいい」

 突如割り込んできたその声に、アランとハンスは振り返った。
 その声の主、それはレオンであった。

「しかしその話には私も興味がある。だがここはまずい。場所を変えよう」

 そう言いながらレオンは自分についてこいと言わんばかりに軽い手招きをしたあと、アランとハンスに背を向けて歩き始めた。
 これにアランとハンスは顔を一瞬見合わせた後、レオンの後について歩き始めた。

   ◆◆◆

 レオンがやってきたのは王宮の中庭であった。
 開けた場所に三人の男。廊下よりも目立つのでは無いか、アランは一瞬そう思ったが、次のレオンの言葉がこれを掻き消した。

「内緒話をするならこういう場所で堂々とするほうがいい。今ここには我々三人しかおらず、近くに盗み聞きできるような隠れる場所も無い」

 レオンは小さな声で言葉を続けた。

「だが唇を読まれる可能性はある。口を大きく動かさずに喋るよう意識しろ」

 これにアランとハンスは頷きを返し、レオンは再び口を開いた。

「さて、今回の縁談の件だが、今のお前達に断る手段は無い」

 これにアランは「何故?」という視線をレオンに返した。

「現在、お前たち北の貴族は足元を見られている状況だ。戦いに敗れ、首都の目前まで迫られたという失態を侵したゆえに、立場が悪くなっている」
「それではどうすれば良いのですか?」

 アランの問いにレオンは答えた。

「ここは私に任せてほしい。私は南の出身だからな。ある程度顔が利く」

 これにアランとハンスは頷きを返し、レオンに話の続きを促した。

「あのリチャードについては悪い噂をいくつか聞いたことがある。そこでだ、私の部下にその噂の事を調べさせてみようと思う。どうするかはその後で良いだろう」
「申し訳ない。どうか、よろしくお願い致す」

 レオンの提案に、ハンスは丁寧な礼を返した。

「何かわかったら使いを送る。それまで適当に時間を稼いでおいてくれ」

 レオンはそう言いながら振り返り、その場から立ち去っていった。
 アランとハンスはただ信じてその背を見送ることしかできなかった。

   ◆◆◆

 三週間後の夜――

 本宅に戻ったリチャードは宴を楽しんでいた。
 その宴は首尾良く事が運んだことを祝うものであった。そして宴は狂乱の様相を呈していた。

「皆飲め、歌え! 我等の栄光と繁栄は約束されたぞ!」

 リチャードは高らかに笑いながら、酒を文字通り「ばら撒いて」いた。
 赤く芳醇な香りのワインが雨のように宴席に降り注ぐ。踊り子達や召使い達は、それを浴びながら興に乗じていった。

「全てはここからだ! 『炎の一族』に取り入り、我が家はさらなる高みへと昇るぞ!」

 リチャードはワインをあおり、再び高らかに笑った。
 妻はそんな夫の隣でただ微笑みながらワインに口をつけた。
 そして娘ディアナはそんな二人とは対照的に、冷めた目で宴を眺めていた。

 熱は冷めず、狂乱の夜はそのまま更けていった。

 リチャードが歩もうとしている道は暴虐の道、そしてそれを止められるかどうかはレオンの手にかかっていた。

   ◆◆◆

 三ヶ月後――

 クリスの城は久しぶりの慌しさに包まれていた。
 カルロがこの城にやって来たからだ。
 クリスは先にアンナが来た時以上の準備をしてカルロを出迎えた。

「カルロ将軍、ようこそ我が城に」
「うむ、手厚い歓迎痛み入るが、まずはそなたと二人だけで話がしたい。部屋を用意してもらえるか」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」

 クリスはカルロを応接間へと案内した。
 クリスは従者に茶を用意させた後、人払いをし、カルロの対面のソファーに腰掛けた。
 カルロは茶を一口含み、唇を湿らせてから口を開いた。

「レオン将軍の使いから聞いたのだが、御主に縁談を持ち込もうとしている者がいるそうだな」
「……はい」

 クリスのゆっくりとした返事は、その「縁談」がクリスにとって好ましくないものであることを表していた。

「その相手とはどんな人間だ?」
「名はリチャード、商才に溢れた男らしく、これまでその財力で我々を大きく援助してきた者です」

 クリスは一度言葉を切り、溜めを作ったあと再び口を開いた。

「……ですが、それ以上に黒い噂も絶えない男です。現在レオン将軍がそのことについて調べてくれております」
「王室会議からもう大分経つが、そのリチャードからは何かなかったのか?」
「既に何度かリチャードからの使いの者が私の元を訪ねてきております。今のところは適当に理由をつけて会うのを避けておりますが、それも次第に難しくなってきております」
「ふむ、相手はこちらの生命線の一つである金を握っている。いつかはそれを振りかざして面会を強要してくるであろうな」

 その時、慎ましやかなノックの音と共に、臣下ハンスの声がドアの向こうから聞こえてきた。

「クリス様、お話中のところ申し訳ありません。少しよろしいでしょうか?」

 クリスはカルロに小さく礼をしながら立ち上がり、ドアの傍に駆け寄った。

「なんだ、ハンス」
「リチャードからの使いがまた来ました。如何いたしますか?」
「またか……カルロ将軍がいらっしゃるというのに……」

 心底うんざりしたような顔でそう言うクリスに、カルロは後ろから声を掛けた。

「……最近はどうやって面会を回避していた?」
「最近は体調が優れないということにしております」
「……ふむ、恐らく奴等は今日という日を狙って来たのであろうな。私がここに来る以上、城主であるお前は無理をしてでもベッドから出なくてはならんからな」

 カルロは少し考えた後、口を開いた。

「どれ、今日は私が追い払ってやろう」
「それはありがたい申し出ですが、よろしいのですか?」
「構わぬ。私が直接出向いて言えば奴等も今日のところは諦めるしかないであろう」

 そう言ってカルロは薄い笑みを浮かべながら部屋を出て行った。

   ◆◆◆

 カルロはすぐに戻ってきた。その姿にクリスは静かに頭を下げた。

「これで暫くは時間が稼げるであろう」

 カルロはソファーに腰掛け、言葉を続けた。

「しかしこんな手はいつまでも通用せぬ。クリスよ、もしレオン将軍が何の手も打てなかったら、その時はどうするつもりだ?」

 クリスは力強い眼差しを返したあと、頭を下げながら問いに答えた。

「……一族のために毒を飲まなければならないのであれば、喜んで飲みましょう」

 覚悟はできている、クリスはそう言った。これにカルロは何も言わなかった。

   ◆◆◆

 その頃、平原に駐屯しているレオンの下に、リチャードの周辺調査を終えた臣下マルクスが報告に戻って来ていた。

「それで、どうだった?」

 期待感を含んだ主の言葉にマルクスは答えた。

「結論から述べますと、黒で御座います。王室会議に出席するために殺人を犯していました」

 レオンは沈黙を返し、マルクスに言葉の続きを促した。

「リチャードの私有船の船乗りを一人締め上げたところ、邪魔者を私刑にかけた後、海に捨てていたという証言が得られました。
 それと、これは運が良かったのですが、遠く離れた海岸にその死体の一つが流れ着いていたのを発見致しました。身に着けていた遺留品から身元も判明しております」
「そうか……リチャードが危険な男であることは分かった。それで、その証拠を使って奴を失脚させることは可能だと思うか?」

 これにマルクスは首を振った。

「……残念ですが、難しい、と言わざるを得ません。リチャードはかなりの悪人を従えております。知らぬ存ぜぬを押し通した後、適当な悪人を犯人にでっちあげるでしょうな」
「そうなると後は王の裁量次第、ということか」
「はい。ですが、恐らく王は強い力を持つリチャードの家を潰そうとはなさらないでしょう」
「注意と謹慎だけで終わる可能性が高いか。それでは困るな。目的はクリスへの縁談を阻止することだ。ほとぼりが冷めればリチャードはまた行動を起こすだろう」

 レオンは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。

「となると、残された正当な手段は決闘を申し込むくらいか。その殺された者の遺族はどうだ? 上手く決闘に持ち込んだとして、勝てそうか?」
「リチャードの方に分があるかと。恐らく双方とも代理を立てるでしょうが、リチャードの側近はかなりの力を持っております」
「それは困ったな……だがマルクス、そなたには何か別の考えがあるのではないか?」

 これにマルクスは一礼したあと、口を開いた。

「……大きな声で言えることでは御座いませぬが……蛇の道は蛇と申しますゆえ」
「構わない。具体的に話してくれ」
「リチャードの一人娘、ディアナを暗殺してしまうのが手っ取り早いかと存じます」
「……それは、確かに縁談は無かったことになるだろうが、関係者全員に疑いがかかるであろう」
「ですので、表向きはリチャードが狙われたという形にしておき、ディアナはそれに巻き込まれた、ということにすれば良いかと」
「なるほど。それで、どう仕掛ける?」
「犠牲者の遺族を煽って(あおって)仕向けようと思っております。我々は同じ恨みを持つ『協力者』という立場を取りますが、正体は決して明かしませぬ」
「……となると、クリスには『調査したが良い結果は得られなかった』と嘘をついたほうがいいな。この件についてクリスは何も知らぬほうがいいだろう」

 マルクスが頷くのを見てからレオンは言葉を続けた。

「わかった。その案で行こう。マルクス、早速行動を開始してくれ」

 マルクスは「御意に」と言いながらレオンに一礼し、その場から去って行った。

 レオンはその背を見送った後、ぽつりと独り言を呟いた。

「蛇の道は蛇、か。マルクス、俺はお前のことが一番恐ろしいぞ。そしてとても頼もしくもある」

 そう言うレオンの顔には明らかな笑みが浮かんでいた。

   第二十六話 ディアナからサラへ に続く
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