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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す
第二十八話 迫る暴威(5)
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一方その頃、中央では――
「食料が届かない?」
当主クレアの言葉に、召使いは頷きを返し、口を開いた。
「本来ならば三日前には届いているはずだったのです。遅れているだけかと思いましたが、クレア様、これはおそらく――」
その言葉の続きはクレアが口に出した。
「兵糧攻めをされている、と考えて間違いないでしょうね」
クレアは召使いから視線を外し、窓の外を見た。
窓からは屋敷を囲むように灯されている数え切れないほどのかがり火が目に入った。
その光景に、クレアは眉をひそめながら口を開いた。
「あの狸爺はこのまま我々を弱らせ、無理矢理にでも要求を飲ませるつもりなのでしょう」
目に自然と力が入る。クレアはそんな眼差しを召使いの方に向け、尋ねた。
「食料の備蓄はあとどれくらいあります?」
緊張が伝染したのか、召使いは一瞬言葉を詰まらせた後、声を出した。
「出陣したリック様にかなりの量を持たせてしまったので、このままだともって一ヶ月ほどかと……」
短い。猶予はあまり無い。クレアは続けて召使いに尋ねた。
「今、この屋敷に戦える者はどれくらいおります?」
「おそらく百名ほどかと」
たった百。当然だ。兵士のほとんどはリックが連れて行ってしまったのだから。
なんという間の悪さ。もしリックと兵士達が残っていてくれれば、戦うという選択肢もありえた。
戦うのは無謀。ならば選択肢はあと一つしかない。
「……なんとかして救援を、誰かにこのことを伝えに行かねばなりませんね」
言うや否や、クレアは机から筆記用具を取り出し、紙の上に筆を走らせた。
あっという間に十通の手紙が仕上がる。クレアはそれを召使いに差し出しながら口を開いた。
「これを使い走り十人にそれぞれ持たせなさい。夜の闇に乗じてこの包囲を潜り抜け、救援を呼びに行かせるのです」
召使いは礼を返しながらその封筒を受け取り、駆け足で部屋を出ていった。
召使いの足音が廊下の奥に消える。
そして、クレアは小さなため息をつきながらソファーに腰掛けた。
「……バージル、そこに隠れて盗み聞きしていたのは分かっていますよ」
クレアがそう呟くと、静かに部屋のドアが開き、その奥からバージルが姿を現した。
何故気づいたのかをバージルは尋ねようとはしなかった。この女ならばそういうことが出来ても不思議では無いと思ったからだ。
そして、何も言わぬバージルに対しクレアは口を開いた。
「……あなたは部外者。この件に関わる必要はありません。明日にでもここを出て行くといいでしょう」
これにバージルは首を振った。
「……いや、悪いがもう少しここにいさせてもらう」
クレアが「何故?」というような視線を返すと、バージルは答えた。
「この後どうなるのか、とても興味があるからだ」
そのあんまりな理由に、クレアは薄い笑みを浮かべながら口を開いた。
「悪趣味ですね」
これにバージルは悪びれた素振りすら見せず、
「では、俺は部屋に帰らせてもらう」
と、一方的に話を打ち切り、その場を去っていった。
◆◆◆
翌日――
日が昇ったばかりであったが、ヨハンの陣中は不穏な空気に包まれていた。
場にあるのは縛られ、跪く男。
そして彼の傍には、見下ろすかのように立つ兵士の姿。
兵士の手には剣が握られていた。
兵士が剣を振り上げる。
白刃に太陽の光が反射する。その眩さに跪く男が目を細めた瞬間――
ざくり、と、肉を断つ音が場に響いた。
男の首が地面に転がり、それを包むように赤い花が描かれる。
その凄惨な光景に周囲にいる者達の視線が釘付けになる。
いや、一人、それとは違うものを見ている者がいた。
それはヨハンであった。ヨハンは男が持っていた封筒に目を通していた。
「予想通り、外に救援を呼びに行こうとしたか」
ヨハンがそう言うと、傍にいた従者カイルが情報を付け加えた。
「たった今処分したその男を含めて『九名』捕らえました。どうなさいますか?」
ヨハンは地面転がる首を顎で指しながら答えた。
「この男と同じで構わん。さっさと処分しろ。どうせ手紙の内容も同じであろう」
そう言いながら手紙を破り捨てるヨハンに対し、カイルは小さな礼を返した。
その頃――
ただ一人、包囲網を潜り抜けたクレアの部下は、森の中をひたすらに走っていた。
彼が目指す場所、それはクリスの城、戦いに向かったリックのもとであった。
◆◆◆
そして、彼が目指すその地では、今まさに戦いの火蓋が切られようとしていた。
「アラン様、おはようございます」
早朝、主の部屋を訪ねたマリアは、中に入ると同時に一礼した。
「ああ、おはよう、マリア」
それにアランが簡単な挨拶を返すと、マリアは頭を上げながら口を開いた。
「出発の準備は既に出来ております」
柔らかい口調であったが、マリアは遠まわしに早く身支度をするようにアランを急かしていた。
だが、アランはこれに不快感を抱かなかった。アランは既に多くの人達が見送りのために外に出てきてくれているのを感じとっていた。だからマリアはこんな言い方をしたのだ。
そして、アランは「わかった、急ぐよ」と、軽い返事を返そうとしたのだが――
(……?!)
ふと感じたある気配に、アランの手は止まった。
思わずその方角に向き直る。
何かが、大きな何かが近づいてきている。
(これは、軍隊?)
敵襲だ。それを声に出すよりも早く、城中に警鐘が鳴り響いた。
◆◆◆
一転、城内は慌しさに包まれたが、そこは慣れたもの。兵士達は規律を持って行動し、すぐに出陣した。
そして、両軍は平地にて対峙した。
双方の陣形は同じであった。ある一部隊を前に突出させており、総大将の部隊はその背後にあった。
クリスの前に立つのはアンナ。最大の火力を持つ主力を最前に置いた形。
対し、リーザの前に立っていたのはリックであった。
両軍が同時に前進を開始し、双方の距離がゆっくりと縮まる。
その様子を、アランは遠くから感じ取っていた。
今回の戦いにはアンナがいる。負けることは無いだろう。
「……」
そう思っていても、手は自然と刀を握り締めていた。
そして、アランの胸中に一抹の不安が湧き上がる。
アンナがここにいることを敵は知っていたはずだ。なのに正面から堂々と攻め込んでくる? アンナに勝つつもりでいるのか?
「……」
柄を握る手と眉間に力がこもる。
その思いつめたかのような表情に、マリアは口を開いた。
「アラン様、わかっているとは思いますが、くれぐれもこの部屋から出ないようお願いします」
その言葉に、アランは頷きを返すことが出来なかった。
第二十九話 奴隷の意地 に続く
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