Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第二十九話 奴隷の意地(3)

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 少し動かしただけで、全身が硬直してしまいそうな痛みが走る。
 痛みに身を震わせながら刀を左手に持ち替える。
 そして、痛みに顔を歪めているのはアンナだけでは無かった。
 対峙するリックもまた同じように眉間に皺を寄せていた。

(……右足の痛みが強くなっている)

 もう立っているだけでも痛い。
 リックはゆっくりと右足を前に出し、構えた。
 後ろに引いた左足に体重をかける。右足には出来るだけ負担をかけないようにしなければならないだろう。
 リックは心の中で舌打ちした。それは右足の痛みに対してでは無く、ある二つのことについてであった。
 一つはアンナを殺せなかったこと。先の攻撃の狙いは首であった。が、防御魔法に軌道を逸らされたせいで肩に当たってしまったのだ。
 そしてもう一つは追撃しなかったこと。
 反撃を警戒するあまり、慎重になりすぎてしまった。
 あの様子ならば右腕は使えなくなっているはずだ。武器を左手に持ち替えられる前に仕掛けておくべきだった。

(……)

 リックは右足を庇いながら、「じり」とアンナに詰め寄った。
 その直後、リックの眼前にアンナの姿が見えなくなるほどの兵士の壁が出来上がった。
 それはアンナの部下達であった。リックに落馬させられたのであろう、負傷している者の姿も見えた。
 それを見て、リックは余裕の表情を浮かべた。

(愚かな。アンナを守りにきたつもりだろうが、逆に邪魔になっていることがわからないのか)

 これなら兵士を盾に出来る。アンナの攻撃は飛んでこない。

(それに――)

 リックは左足に力を込め、

(貴様らでは壁にすらならん!)

 余裕の表情を浮かべたまま、兵士達に向かって地を蹴った。
 同時に、兵士達がリックに対し光弾を放つ。
 数は多いが大した攻撃では無い。見てから余裕で避け――

(っ!)

 右足に激痛が走る。
 右足が言うことを聞いてくれない。これでは方向転換が間に合わない。
 やむを得ずリックは防御の構えを取った。
 兵士達が放った光弾を受け、流し、叩き払う。
 弾幕を突破したリックは、目の前にいた兵士に対し光る拳を突き出した。
 突進の勢いが乗ったリックの拳は兵士の防御魔法を軽く突き破り、胸に突き刺さった。
 兵士の体が吹き飛ぶ。
 リックは止まらず、続けて地を蹴った。吹き飛ぶ兵士の影に隠れながら、次の標的へ向けて移動する。
 この時点でほとんどの兵士がリックの姿を見失った。
 直後、場に鈍く重い音と悲鳴が響き渡る。
 兵士達は一斉にそちらの方へ視線を向けた。
 しかしいない。リックの姿は無い。あるのは倒れた兵士の姿だけ。
 直後、再びの悲鳴。
 そちらへ視線を向けるよりも早く、さらなる悲鳴。
 悲鳴の間隔が短くなっていく。
 よく見ると、兵士の合間を縫うように動くひとつの影があった。
 影が動くたびに悲鳴が起きる。
 それを見たある兵士は、固まるな、広がって視界を確保しろと声を上げようとした。

「!」

 しかし直後、真横に何者かの気配を感じたその兵士は、口を開けただけで声を出すことが出来なかった。
 視線を向けるよりも早く、側頭部に痛みが走る。
 そして、彼は口を開けたまま絶命した。
 だが、彼が言いたかった事は別の者によって皆に伝えられた。

「固まっていてはダメ!」

 それはアンナの声であった。
 そして、兵士達は声に弾かれるように動き出した。
 散開し、射線を確保した者から攻撃を始める。
 しかし、その光弾はまばらで、少なかった。リックを倒すにはあまりにも頼りない数。
 だからリックは表情を変えなかった。まるで作業だと言わんばかりに、光弾をいなしつつ手近な者から打ち倒していった。
 そして、悲鳴の間隔が長くなった頃、リックとアンナの間を遮る者は誰もいなくなっていた。
 両者の視線が交錯する。
 直後、リックはアンナに向かって突進した。
 刹那遅れてアンナが燃える刀を真横に一閃。
 放たれたのは胴を狙った横薙ぎの攻撃。
 その炎は太く、身を低くしてやり過ごすことは出来ない。かといって真上に飛べばそこを狙われる。奥義による加速を使えば横に飛んで避けることが可能だが、足への負担が大きい。
 だから、リックは「もうひとつ」の選択肢を選んだ。
 右腕をすっと真上に伸ばす。
 その手の形は手刀。刃に見立てるように、揃えた指を真っ直ぐに伸ばした形。
 そして、リックは炎の鞭が目の前まで迫った瞬間、

「破っ!」

 気勢と共に手刀を真下に一閃した。
 縦に一本の、真っ直ぐな光る線が走る。
 その線は炎の鞭をへし折り、そのまま地に達した。
 二つの轟音がほぼ同時に上がる。
 一つは炎の鞭を割った音。光る線と炎の衝突によって生じた衝撃波は、二つに別れた炎を吹き飛ばし、熱波となって周囲に広がった。
 そしてもう一つは手刀を地面に叩き付けた音。光る手刀は地面に亀裂を作り、その衝撃はリックの体を覆うように土煙が舞い上がるほどであった。
 リックの姿が土煙の中に隠れる。
 この煙はすぐに晴れるだろう。しかし、リックを倒せていないという確信があったアンナは、既に次の攻撃態勢に移っていた。
 刃を返し、再び横薙ぎに一閃。
 振りが逆方向であるという点以外は、先と全く同じ炎の鞭が刀から放たれる。
 その直後、リックは砂煙の中から飛び出した。
 突進では無い。リックは低く跳躍していた。
 その高さ、それは炎の鞭を越えられるかどうかという際どいものであった。
 リックは読んでいた。同じ攻撃が来ることを。
 そして、リックは両足を大きく前後に広げ、またぐように炎の鞭を飛び越えた。
 着地の衝撃を殺さず、アンナに向かって地を蹴る。
 二人の距離が縮まる。リックにとってはあと数回の踏み込みで詰められる距離。
 対し、アンナは左足を引き、体を真左に向けた半身の姿勢を取った。
 正面にある右腕はだらりと垂れ下がったままであった。刀を握る左手は隠すように脇の後ろに置かれ、その剣先は真後ろを向いていた。
 それを見たリックは減速しつつ、アンナの手の内を探った。
 刀身がアンナの体に隠れてしまって見えない。手筋を読まれないようにするためだろう。
 だが、どんな攻撃が来ても問題は無い。至近距離でも見てから対処する自信がある。
 そう考えたリックは勢いよく地を蹴った。
 その瞬間、

「!」

 リックは驚きの表情を浮かべた。
 突如、アンナはだらりと垂れ下がっていた右腕を振り上げ、炎の魔法を放ったのだ。
 刀身を隠していたのは注意をそちらに向けるため? 読み間違いの後悔が立つよりも早く、火柱のような、真上に昇る炎がリックの眼前に迫った。
 完全に虚を突かれた形であったが、それでもリックの回避行動の方が速かった。
 鋭く左に地を蹴り、火柱をやり過ごす。
 直後、リックの瞳にアンナの背中が肩越しにちらりと映り込んだ。
 アンナは体を左に向けた半身の姿勢を取っている。このままアンナの右側に回り込めば、背中を突くことが出来る。
 そう考えたリックは、アンナから見て時計周りになるように地を蹴った。
 一方、アンナはリックのこの動きを読んでいた。
 リックに背中を晒すように体の向きを変える。
 この予想外の動きに、リックは戸惑いを浮かべた。
 わざと背中を晒した? そんな馬鹿なことをするはずが無い。これは――

(回転斬り?!)

 リックの脳が正解を導き出す。同時に、アンナは後ろ手に構えていた燃える刀を裏拳の要領で一閃し、リックは地を蹴った。
 放たれた炎の鞭がアンナの眼前を焼き払う。
 しかし、そこにリックの姿は無かった。
 直後、アンナの視界が僅かに暗くなる。
 何かに日の光を遮られている。それはつまり、

(真上!?)

 これは想像していなかった。どうする? 
 悩む時間は無い。アンナは直感的に行動した。
 それは防御であった。刀を握る左手を頭上に掲げながら、防御魔法を展開する。

「?!」

 瞬間、アンナの心に焦りが浮かんだ。
 展開した防御魔法が明らかに弱いのだ。握る刀のほうに魔力の一部が流れてしまっている。
 防御では駄目だ。姿勢を低くして――

「っ!」

 回避行動を取ろうとした瞬間、刀を握るアンナの左手に激痛が走った。
 真上にいたリックが、アンナの手を踏みつけるように左足を振り下ろしたのだ。
 防御魔法を貫いたリックの足裏は、刀を握るアンナの指を数本へし折り、さらにその手首まで歪に捻じ曲げた。
 そして、リックはまるでアンナの防御魔法を踏み台にしたかのように小さく跳躍し、地面に降り立った。
 そのまま距離を取った後、アンナの方に向き直り、構えを整える。
 この時、リックは安堵していた。

(ふう、今のはきわどい! 防御魔法ではなくて、真上にいる俺への迎撃だったら、かなり危なかった!)

 相打ち、悪ければ一方的に迎撃されていた可能性が十分にありえた場面であった。
 息を整えつつ、相手の、アンナの状態を確認する。
 刀を握るアンナの左手は血に染まっていた。
 その真っ赤な手に刀が握られているのを見たリックは安堵感を払拭し、警戒心を取り戻した。

(手を破壊したと思ったが……まだ剣を手放してはいないか)

 油断無く身構えるリック。
 対し、アンナは動かなかった。
 正確には、動けないでいた。
 先ほどから何度も左手を動かそうと試みている。しかし、その度に走る激痛がアンナの体を止めていた。

(指に力が入らない。手首に至っては全く動かせない。今手を放したら、再びこの手で刀を掴むことは、多分、いや間違いなく出来ない!)

 手首には青黒い腫れが出来ていた。その腫れから、針が体の中に向かって流れ込んで来るような、そんな鋭い痛みが伝わってくる。
 アンナは歯を食いしばってそれを堪えつつ、ゆっくりと構えた。
 しかし、それは誰の目から見ても弱弱しかった。
 剣先は震えている。今にも何かが決壊してしまいそうな、刀を落としてしまいそうな有様だ。
 その震えが痛みとなってアンナをさらに苦しめる。
 だがアンナの心は、闘志は萎えていなかった。

(手首は動かせない、でも、まだ戦える。肘と肩だけでも、剣は振れる!)

 アンナは苦悶の表情はそのままに、鋭くとがらせた目つきをリックにぶつけた。
 その力強い眼差しに、リックは懐かしさを覚えた。

(……アランもあんな目をしていたな)

 血は争えない。兄と同じ痛みに強い精神を、逆境を力に変える炎の一族の精神をアンナも持っているのだ。
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