Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第二十九話 奴隷の意地(2)

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   ◆◆◆

 アランが城を出た頃、戦場は大乱戦となっていた。
 出遅れていたリックの兵達が、分散していたアンナの騎兵達と戦闘を開始したからだ。
 そしてそのリックを目指していたクラウスとディーノは、他の敵兵達に足止めを食らっていた。

「! おっと!」

 その時、突如目の前を通過した光弾に、ディーノは思わず身を反らした。
 速度から察するに今の弾は味方の騎兵が放ったものだろう。誤射か流れ弾か、それすらも分からないほどの乱戦であった。

(妹さんはどこだ!?)

 ディーノは目の前の敵をなぎ払いながらアンナの姿を探した。
 戦場は馬蹄の音と、怒号に包まれていた。
 ゆえに耳が全く役に立たない。この状況では号令の合図も全体には伝わらないだろう。戦況の把握は目に頼るしかない。

(いた!)

 ちらりと視界に映ったアンナの姿をディーノは見逃さなかった。
 その傍にはリックの姿もあった。相変わらずアンナの部隊に張り付いているようであった。
 だが、リックは手をだしかねているようであった。アンナとその親衛隊は手数を重視した攻撃を行い、リックの接近を阻んでいるようであった。
 馬よりも速く走る化け物相手によく粘っている。しかしそれもいつまで続くか分からない。ディーノは槍斧を握る手にさらなる力を込め、眼前の敵に向かって一閃した。

   ◆◆◆

「はあ、はあ、はあ」

 一方、そのアンナは肩で息をしながら燃える刀を構えていた。
 アンナから見て右斜め後ろにいるリックに対し、なぎ払うように刀を振るう。
 放たれたのは光刃では無く炎の鞭。
 陽炎を纏いながら飛んできたそれを、リックは横に飛んで回避した。
 しかし距離が離れない。回避のために余分な移動をしたにもかかわらずだ。
 間髪いれずにアンナの親衛隊が光弾を放つ。
 リックは走る速度を殺さずにそれらを受け、流し、そして避けた。
 そしてアンナが再び燃える鞭を放つ。
 双方は数分ほど前からこれを繰り返していた。
 アンナの攻撃が光刃ではなく、魔力の放出を抑えた炎の鞭になっているのは、連射が効くからだ。周囲にいる味方への誤射を避けるためでもある。
 そしてそれは牽制だけが目的では無かった。アンナはリックの足を狙っていた。炎の鞭でも直撃させることが出来れば、間違いなく移動不能にすることが出来るからだ。全力の攻撃を叩き込むのはその後でいい。
 悪くない考えのはずだ。だが――

(当たらない……!)

 もう何度攻撃したかわからない。しかし、掠りもしていないのだ。
 さらに、相手はあれだけ走っているのに疲れている様子すら無い。
 対し、自分はどうだ。刀を握る手は痺れ、倦怠感に包まれている。
 自分は少しずつ追い詰められているのではないか、そんな考えがアンナの心を萎縮させた。

(――っ)

 直後、アンナは歯を食いしばった。弱気な自分をねじ伏せるための行為であり、かつて平原で苦しい思いをしたときに身に着けたものであった。
 だが、疲労による注意力の低下は誤魔化す事が出来なかった。

「アンナ様! 前を!」

 親衛隊の声にアランが目を前に向けると、そこにはこちらに向かって飛んでくる数多くの光弾があった。

「全員防御!」

 アンナの指示が伝わるよりも速く騎兵達は防御魔法を展開し、光弾を受け止めた。
 直後、馬の悲鳴と重たいものが地を滑る音が響き渡った。

(何騎か倒された!?)

 被害を確認しようと、アンナが振り返る。
 そこには驚きの光景があった。
 これで何度目だろうか、驚かされたのは。だがはっきりと言える。これを超える驚きはそうそう無いと。
 仲間達はリックに倒されていた。
 普通の倒され方では無い。リックは馬から馬へ、次々と飛び移りながら攻撃を行っていた。
 飛び蹴りで乗者を倒してそのまま馬を奪い、続けて別の騎兵に飛び掛る。
 まるで曲芸。しかし速い。
 速さに応じた威力もちゃんと備わっている。アンナの部下達は防御魔法で受け止めていたが、リックの曲芸技はそれを貫いていた。
 仲間達が、親衛隊が一人、また一人と倒されていく。
 徐々にリックとアンナの距離が縮まる。
 そして、アンナはリックと目が合った。

「!」

 それは一瞬であった。が、それが何を意味しているのかを理解するには十分な時間であった。
 アンナは即座に防御魔法を展開した。
 直後、その壁にリックの足裏が叩き付けられていた。
 その衝撃に、アンナの手が痺れたかのように振動する。
 アンナにはやはりリックの蹴りは見えなかった。光が一瞬走ったように映っただけであった。
 だが、アンナの防御魔法は破られなかった。
 攻撃を仕掛けたリックの体が逆に弾き返される。
 だがリックは体勢を崩さず、空中でくるりと一回転し、綺麗な着地を決めた。

(思ったよりも硬いな。あれを抜くにはもっと速度が要る)

 リックはそんなことを考えながら「すっ」と立ち上がり――

「っ!」

 右足に走った鋭い痛みに、身を強張らせた。
 しかしそれは一瞬のことで、リックはすぐにアンナを追って地を蹴った。
 右足を前に出すたびに、痛みが走る。
 その痛みは、母から言われたある忠告を呼び起こした。

「使いすぎてはいけませんよ、リック。この奥義は人間の限界を超えた動きを可能にしますが、そんなことをして体が無事ですむはずは無いのですから」

 限界を超えた結果が、代償が右足にある。
 にもかかわらず、リックはさらに強く地を蹴った。
 そうしなくてはアンナに追いつけないのだ。
 リックの瞳の中にあるアンナの像がみるみるうちに大きくなる。
 それに応じて痛みも増していった。が、リックはそれを無視した。
 双方の間合いが詰まる。距離にして四馬身ほど。
 再び近づいてきたリックに対し、アンナ達は再び攻撃を開始した。
 複数の光弾と炎の鞭がリックに迫る。
 リックは光弾を受け流しつつ、炎の鞭を『軽く飛び越えた』。
 リックは気づいていた。アンナの狙いを。

(さきほどからずっと俺の足を狙っているな)

 リックは心の中でほくそ笑んだ。

(ならばよし。どこを狙われているのか分かっていれば、対処もしやすいというもの)

 アンナが燃える刀を再び振りかざす。
 その動きに合わせて、リックは勝負を仕掛けた。
 強く地を蹴り、急加速する。
 それを見たアンナはすかさず炎の鞭を放った。
 それとほぼ同時に、リックはさらに強く地を蹴り、アンナに向かって飛び掛った。
 アンナが放った炎の鞭は先と狙いが変わっていない。完全に外れている。
 飛び掛るリックの像が伸びるようにアンナに迫る。
 尋常では無い速度。この時、双方の間合いは一馬身半ほどあったが、「まだ」、などという言葉をつける余裕は全く存在しないほどであった。
 この時、もしアンナがまばたきをしてしまっていたら、その次の瞬間に決着はついていたであろう。
 そして、伸びるように迫っていたリックの像は、突如「ぶれた」。
 それは回転であった。奥義による、高速の回転であった。
 足が引き千切れそうな遠心力がリックの右足にかかる。
 リックは苦痛に顔を歪めながら、超高速の回転蹴りを放った。
 対し、幸いなことにアンナはこの動きに反応し、防御魔法を展開することが出来た。
 何をしようとしているのかは分かっていなかった。だがそれは問題では無い。防御魔法を展開出来たことが重要なのだ。
 その壁に、リックの足が一閃する。
 綺麗な弧を描いたリックの線は、壁に触れた瞬間、少しだけ曲がり――
 そのまま、アンナの防御魔法を引き裂いた。

「あぐっ!」

 アンナの右肩に激痛が走る。
 それがリックの踵がめりこんだことによるものだと気づいた時には、アンナの体は既に宙に、真横に吹き飛んでいた。
 左手で防御魔法を展開して落馬の衝撃を受け止め、そのまま地面の上を一転してから立ち上がる。
 そしてアンナは素早くリックの方に向き直り、刀を構えようと――

(痛っ!)

 刀を構えようとしたが、出来なかった。

(右肩が上がらない……!)
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