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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す

第三十四話 武技乱舞(8)

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 しかしこれにリックが声を上げた。

「待て、バージル!」

 この時、リックの脳内ではアランの「台本」と似たような現象が発動していた。
 それをすれば何が起きるか、ということをリックの「夢想の境地」は映像という形で理性に伝えたのだ。
 そして理性はそれを止めるために声を上げさせた。
 が、バージルは止まらなかった。
 耳障りな軋みを上げる槍斧を一閃。
 地に対し低く水平に放たれた三日月が三人の体を切り裂く。
 直後、三日月はこれまでに無い変化を見せた。
 まるで束ねていた糸が分解するかのように、三日月は数え切れないほど何本もの細い光の線に別れ、そして消えた。
 それを見てバージルはようやく自身の武器に起きている異常に気がついた。
 軋みを上げる槍斧へ視線を向ける。
 槍斧には何本もの光の線が走っていた。
 線は様々な形を作り、美しい模様となっている。クレアが桁外れの速さを見せた時に、その身に描かれていたものと少し似ている。
 その模様がひび割れの発光によるものだと気付いた瞬間、

「!?」

 バージルの手に強い衝撃が走った。
 槍斧が手から離れ、空へ舞い上がる。
 リックに武器を蹴り上げられた、と気づいた時には彼は既にバージルの傍から離れていた。
 リックはクレアの傍へ一足で駆け寄り、

「母上!」

 その勢いのまま、母の体を突き飛ばした。
 しかも素手ではなく、防御魔法でだ。
 クレアは光る左手で防御したが、その身は吹き飛び、地の上を滑った。
 追い討ちをかけるかのように、リックが倒れたクレアのもとへ迫る。
 そしてリックはクレアの目の前で足を止め、振り返った。
 宙を舞う槍斧に向かってリックが構える。
 直後、

「「!!!」」

 クレアとバージルの顔が驚きに染まった。



 甲高い音と共に槍斧が弾け、そこから大量の光の線があふれ出たのだ。
 線は重なり、そして回転し、光る渦となって三人を飲み込んだ。

「うぁあああ!」

 刹那遅れて巻き込まれた敵兵達の悲鳴が上がる。
 閃光に白む視界の中、肉を裂く音と絶叫が響く。
 その音が止んでから数秒後、閃光はようやく薄れ始めた。
 回復した視界に映った次の色は赤。
 周辺は地獄の様相を呈していた。
 しかしクレアは自身を庇った息子と、そしてバージルの二人だけを見た。
 そして二人の体の上に新しい血が流れていることにクレアが気付いた瞬間、リックとバージルは同時に地へ膝をついた。
 光の壁で防御したからか、バージルは比較的軽傷だ。膝をついたのはふとももを射抜かれたせいだろう。
 しかし、我が息子のほうは――

「リック!」

 その凄惨さに、クレアは思わず声を上げ、倒れつつある息子の体を抱きかかえた。
 あの閃光の渦の中で、クレアはリックが何をしたのかを全て見ていた。
 リックは飛んで来た光の矢を手刀で叩き払ったのだ。
 しかしその数はあまりに多い。全ては捌けない。
 だからリックは致命傷になるものだけを防御した。小さい矢のほとんどは無視し、なすがままにその身を切り裂かせたのだ。
 クレアは周囲を警戒しながら、息子への応急手当を開始した。
 が、警戒する必要性はあまり無いようであった。敵兵は撤退を開始していた。
 その逃走に統率は無い。それぞれ好き勝手に逃げている。明らかに敵部隊は壊走し始めている。
 総大将であるヨハンが仲間を盾にしながら全力で逃げているうえに、最大戦力である側近が全員倒されたのだから当然かもしれない。
 しかし今の状況は敵にとって好機だ。バージルが足を負傷したうえ、リックは戦闘不能になったのだから。
 だが今の敵兵達にその事実は見えていないようであった。
 そして間も無く、クレアの周囲から人の気配が消えた。
 勝利である。
 が、クレアの心にそれを祝う余裕は無かった。
 しかしただ一人、安全な場所から戦況をうかがっていた男、カイルだけがクレア達の勝利へ祝福を送っていた。

(この絶望的状況を覆すとは思わなかった。見事と言わざるを得ない)

 カイルは心の中で拍手をした後、今後のことを思案し始めた。

(さて、私はこれからどうするか……我が主はどこへ逃げたか分からない……やみくもに探しても見つかる可能性は低そうだ)

 だからカイルは無難な選択肢を選んだ。

(ここは一足先に本拠へ戻り、主の帰りを待つことにしよう)

 体を出発地点の方へ向ける。
 そして足を一歩を進めた瞬間、カイルの脳内に名案が浮かび上がった。

(……しばらく時間がありそうだし、町のどこかに監禁されている父と母を捜してみるか)

 それでもし見つけることが出来たらどうするか、そんなことを考えながらカイルは戦場を後にした。
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