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第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す
第三十四話 武技乱舞(12)
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◆◆◆
翌朝――
リックは全身の痛みと共に目を覚ました。
「……っ」
顔をしかませながら、ゆっくりと上体を起こす。
直後、
「動いてはいけませんよ、リック」
声が響いたと同時にドアが開き、その奥からクレアが姿を現した。
その左手には杖が握られている。
それを見たリックは、
(やはり母の左足は――)
もう使い物にならないのだ、ということを察した。
戦場で再会した時に感じてはいた。母の左足が死んでいることを。
しかし認めたくなかった。
「……」
残酷なその現実に、リックは沈黙するしか無かった。
そして、そんな息子の心境を知ってか知らずか、クレアは口を開いた。
「傷の具合はどうですか? リック」
この質問にリックは誇張無く正直に答えた。
「……傷は多いですが、後に問題を残すようなものはありません。時間が経てば完全に回復するでしょう。現時点でも歩くくらいなら可能です」
これにクレアは笑みを見せながら口を開いた。
「それはよかった。ですが無理はいけませんよ。しばらくは安静にしていなさい」
これで話は終わりかとリックは思ったが、そうでは無かった。
クレアは言葉を続けた。
「それでリック、その後の事ですが――」
『その後』とは、自分の傷がある程度まで回復した後、ということだろう。
リックは黙って母の言葉に耳を傾けた。
「こうなってしまった以上、この場に長く留まることは出来ません。我々はここから離れるべきでしょう」
これにリックは口を開いた。
「ここを発つことに異論はありませんが、どこへ?」
クレアの答えは意外なものだった。
「炎の一族のもとへ、カルロが治める地へ向かいます」
リックは当然のように理由を尋ねた。
「カルロが治める地へ? なぜです?」
クレアはゆっくりとそれを語った。
「……炎の一族が教会と決別した時、彼らについていった者達がいるのです」
これを聞いた瞬間、リックはその一部の者達によくない印象を抱いたが、それは間違いであることをクレアは説明した。
「それは身内で意見が割れたことが原因ではありません。何があっても一族の血が絶えぬようにと、安全策を打ったのです。炎の一族と教会のどちらが勝つか分かりませんでしたから」
リックは納得の頷きを返しながら、口を開いた。
「なるほど。で、その者達の名はなんと?」
これにクレアは少し悩ましい顔で答えた。
「……二つの家が炎の一族についていったのですが、うち一方は無くなってしまいました。もう一方が現在カルロの世話になっており、現当主の名はルイスといいます」
リックはそのルイスという者がどのような人間なのか尋ねようと思った。
しかし今はやめておくことにした。
その理由はクレアがドアの方に視線を移したことと同じである。
間も無く、部屋にノックの音が響いた。
「どうぞ」
クレアが声を返すとドアが開き、奥からバージルが姿を現した。
バージルは光の矢に貫かれた右足を松葉杖でかばいながらゆっくりと室内に入り、クレアに向かって口を開いた。
「突然ですまないが、俺は今から家に帰らせてもらう」
この言葉にクレアは違和感は抱かなかったが、今からとはやけに急だな、と思った。
その理由をバージルは口に出した。
「こうなってしまったことを、教会に楯突いたことを一刻も早く父に話しておきたくてな」
それならば仕方が無い。引き止める理由は無い。そう思ったクレアはバージルに送別の言葉を送ろうと思ったが、バージルは続けて口を開いた。
「……我が父は温厚なほうだが、これにはさすがに怒り狂うかもな。殺されはしないとは思うが、勘当くらいはされるかもしれない」
「……」
バージルが放った不穏な言葉に、クレアは送る言葉を見失ってしまった。
が、当のバージルは薄い笑みを浮かべながら口を開いた。
「それでは。二人ともお元気で」
そう言って小さい礼をするバージルに見てようやく、クレアは心に浮かんだ言葉を発することが出来た。
「ええ。バージルもお元気で」
しかしそれは先に考えたものと比べると非常に淡白なものであった。
そしてバージルは入ってきた時と同じようなゆっくりとした歩みで部屋を出て行った。
「……」
その背を静かに見送ったクレアはしばらく間を置いた後、リックの方に向き直った。
「息子よ、バージルのことで話しておかねばならないことがあります」
これにリックは身を少し硬くした。
『息子よ』、そう切り出す時は決まって、大事な話であるからだ。
そしてクレアはリックが予想した通りの、いやそれ以上の内容を口に出した。
クレアは先の戦いでバージルの身に何が起こったのかを、感じたままにリックに話した。
そして自身が使った最終奥義のことも全て教えた。
「……」
それを聞いたリックは何の言葉も返さなかった。
正確には返せなかった。
リックの中にあるのは武の頂が、目指すべき場所が、目標が遠のいた感覚。
この感覚は先日既にあった。戦いの中で感じていた。バージルの中で凄まじいことが起きていることは分かっていた。
しかしそれが何なのかははっきりと分からなかった。「夢想の境地」は事の詳細を教えてくれないことがほとんどだ。その感覚はいつも曖昧である。
しばらくして、リックの中に別の感情が湧きあがってきた。
それはこの傷を早く治したいという願い。
そして修行したいという思い。
新たな力への欲求が、リックの心を支配しつつあった。
「……」
が、リックはただ静かに、遠くにいる存在に、武の神に祈りを捧げた。
しかし武の神はその視線を別のところに向けていた。
先ほどまではリックとクレア、そしてバージルの三人を見ていた。
もうしばらくはリックを見る必要は無い、と武の神は思っていた。
彼の心には新たな種が蒔かれた。それが芽吹くまで時を待てば良い。
いま武の神が見ているもの、それは一人の男。
男は自身の中にある素質を自覚しようとしている。
その男はリックが抱いた目標に最も近い人間なのだ。
翌朝――
リックは全身の痛みと共に目を覚ました。
「……っ」
顔をしかませながら、ゆっくりと上体を起こす。
直後、
「動いてはいけませんよ、リック」
声が響いたと同時にドアが開き、その奥からクレアが姿を現した。
その左手には杖が握られている。
それを見たリックは、
(やはり母の左足は――)
もう使い物にならないのだ、ということを察した。
戦場で再会した時に感じてはいた。母の左足が死んでいることを。
しかし認めたくなかった。
「……」
残酷なその現実に、リックは沈黙するしか無かった。
そして、そんな息子の心境を知ってか知らずか、クレアは口を開いた。
「傷の具合はどうですか? リック」
この質問にリックは誇張無く正直に答えた。
「……傷は多いですが、後に問題を残すようなものはありません。時間が経てば完全に回復するでしょう。現時点でも歩くくらいなら可能です」
これにクレアは笑みを見せながら口を開いた。
「それはよかった。ですが無理はいけませんよ。しばらくは安静にしていなさい」
これで話は終わりかとリックは思ったが、そうでは無かった。
クレアは言葉を続けた。
「それでリック、その後の事ですが――」
『その後』とは、自分の傷がある程度まで回復した後、ということだろう。
リックは黙って母の言葉に耳を傾けた。
「こうなってしまった以上、この場に長く留まることは出来ません。我々はここから離れるべきでしょう」
これにリックは口を開いた。
「ここを発つことに異論はありませんが、どこへ?」
クレアの答えは意外なものだった。
「炎の一族のもとへ、カルロが治める地へ向かいます」
リックは当然のように理由を尋ねた。
「カルロが治める地へ? なぜです?」
クレアはゆっくりとそれを語った。
「……炎の一族が教会と決別した時、彼らについていった者達がいるのです」
これを聞いた瞬間、リックはその一部の者達によくない印象を抱いたが、それは間違いであることをクレアは説明した。
「それは身内で意見が割れたことが原因ではありません。何があっても一族の血が絶えぬようにと、安全策を打ったのです。炎の一族と教会のどちらが勝つか分かりませんでしたから」
リックは納得の頷きを返しながら、口を開いた。
「なるほど。で、その者達の名はなんと?」
これにクレアは少し悩ましい顔で答えた。
「……二つの家が炎の一族についていったのですが、うち一方は無くなってしまいました。もう一方が現在カルロの世話になっており、現当主の名はルイスといいます」
リックはそのルイスという者がどのような人間なのか尋ねようと思った。
しかし今はやめておくことにした。
その理由はクレアがドアの方に視線を移したことと同じである。
間も無く、部屋にノックの音が響いた。
「どうぞ」
クレアが声を返すとドアが開き、奥からバージルが姿を現した。
バージルは光の矢に貫かれた右足を松葉杖でかばいながらゆっくりと室内に入り、クレアに向かって口を開いた。
「突然ですまないが、俺は今から家に帰らせてもらう」
この言葉にクレアは違和感は抱かなかったが、今からとはやけに急だな、と思った。
その理由をバージルは口に出した。
「こうなってしまったことを、教会に楯突いたことを一刻も早く父に話しておきたくてな」
それならば仕方が無い。引き止める理由は無い。そう思ったクレアはバージルに送別の言葉を送ろうと思ったが、バージルは続けて口を開いた。
「……我が父は温厚なほうだが、これにはさすがに怒り狂うかもな。殺されはしないとは思うが、勘当くらいはされるかもしれない」
「……」
バージルが放った不穏な言葉に、クレアは送る言葉を見失ってしまった。
が、当のバージルは薄い笑みを浮かべながら口を開いた。
「それでは。二人ともお元気で」
そう言って小さい礼をするバージルに見てようやく、クレアは心に浮かんだ言葉を発することが出来た。
「ええ。バージルもお元気で」
しかしそれは先に考えたものと比べると非常に淡白なものであった。
そしてバージルは入ってきた時と同じようなゆっくりとした歩みで部屋を出て行った。
「……」
その背を静かに見送ったクレアはしばらく間を置いた後、リックの方に向き直った。
「息子よ、バージルのことで話しておかねばならないことがあります」
これにリックは身を少し硬くした。
『息子よ』、そう切り出す時は決まって、大事な話であるからだ。
そしてクレアはリックが予想した通りの、いやそれ以上の内容を口に出した。
クレアは先の戦いでバージルの身に何が起こったのかを、感じたままにリックに話した。
そして自身が使った最終奥義のことも全て教えた。
「……」
それを聞いたリックは何の言葉も返さなかった。
正確には返せなかった。
リックの中にあるのは武の頂が、目指すべき場所が、目標が遠のいた感覚。
この感覚は先日既にあった。戦いの中で感じていた。バージルの中で凄まじいことが起きていることは分かっていた。
しかしそれが何なのかははっきりと分からなかった。「夢想の境地」は事の詳細を教えてくれないことがほとんどだ。その感覚はいつも曖昧である。
しばらくして、リックの中に別の感情が湧きあがってきた。
それはこの傷を早く治したいという願い。
そして修行したいという思い。
新たな力への欲求が、リックの心を支配しつつあった。
「……」
が、リックはただ静かに、遠くにいる存在に、武の神に祈りを捧げた。
しかし武の神はその視線を別のところに向けていた。
先ほどまではリックとクレア、そしてバージルの三人を見ていた。
もうしばらくはリックを見る必要は無い、と武の神は思っていた。
彼の心には新たな種が蒔かれた。それが芽吹くまで時を待てば良い。
いま武の神が見ているもの、それは一人の男。
男は自身の中にある素質を自覚しようとしている。
その男はリックが抱いた目標に最も近い人間なのだ。
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