Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく

第三十八話 軍神降臨(16)

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(左腕が使えれば……!)

 クラウスは左手に意識を向けていた。
 両腕ならば剣の振りと魔力の充填の両方が早くなる。
 しかし左肩はろくに動かない。どうやって使う?
 その答えはすぐに出た。残酷な方法で。

(無理矢理にでも使うしかない!)

 左肩の内部に意識を向ける。

「……っ」

 一瞬の躊躇。
 しかしこの僅かな迷いが、クラウスの考えを少しだけ改めさせた。
 目標を肩から肘に変え、魔力を爆発させる。

「~~ッっ!!」

 直後、クラウスの体は硬直してしまった。
 左上腕の筋肉を伸ばしただけなのに、すさまじい激痛。
 肩はミシミシと嫌な音を立てている。
 これは駄目だ。こんな調子では使い物にならない。

「!」

 動けないクラウスに容赦なく炎が迫る。
 ここはやむを得ない、そう思ったクラウスは右腕に意識を向けた。
 右手首、右肘、右肩の内部で魔力を爆発させる。

「っ!」

 一瞬遅れて右腕に激痛が走る。
 が、痛みと引き換えに放たれた三日月はすさまじい速さを有していた。
 三日月が大蛇の口の中に飛び込む。
 そのまま飲み込まれて消えた、ように見えた直後、大蛇の頭はちぎれ飛んだ。
 大蛇の頭がはじけ、大量の火の粉が散る。
 その火の粉は赤みの中に白い輝きを持っていた。
 光の粒子だ。光魔法が混じっている。
 そのきらめきはまるで燃える星のよう。
 星は次々と数を増している。
 目を凝らすと、火の粉にきらめきを与えているものの正体が見えた。
 それは光る数本の糸。どれも切れたばかりの弦のように鋭く動いている。
 三日月にかなりの速度が乗っていたためか、その動きはかなり激しい。
 その激しさにクラウスは、

(これは……)

 既視感を覚えた。
 あれに似ている。収容所で見た、あの魔法使いが放った圧倒的な一撃に。

(きっと、これが光魔法の自然な姿なのだろう)

 暴れる糸が大蛇の胴体を引き裂いていくのを見ながら、根拠も無くクラウスはそう思った。
 そして糸は大蛇の体に穴を開けたと同時に消滅した。

(今だ!)

 すかさず、クラウスはその穴へ向かって信号を放った。
 その穴を通してリーザと目が合う。
 しかしそれは一瞬。瞬く間に、伸びた枝が穴を塞いでしまった。

(おのれ!)

 クラウスは二つの意味で歯軋りをした。
 まず一つは、信号は届いたが、弱すぎること。炎魔法が信号を弱くしてしまうのだ。先ほどからずっと波を送り続けているが、炎に邪魔されている。
 そして二つ目は、先の三日月はリーザごと斬るつもりで放ったのに、得られたのは痛みだけであったこと。
 相殺は出来たのだから五分、といえば聞こえがいい。しかしそれでは駄目だ。五分の繰り返しを続けても私の右腕が壊れるだけだ。

(何か手は無いのか?)

 その何かを探す意識は自然と左腕に向いた。
 やはり何とかして使いたい。
 しかしどうやって? 左腕はだらんとぶらさがったままだ。左手は鞘のそばから動かせない。

「! 左手が鞘のそばにある!?」

 瞬間、クラウスの心に光明が差した。
 迷わず左手に力を込める。
 鞘をしっかりと掴んだ感覚が、肩を通してわずかな痛みと共に伝わってくる。
 その感覚を押し返すように、魔力を肩から手へ。
 そして発光する左手。その輝きは手の中へ伝わり、鞘を白く染めた。
 素早く右手を左手側に寄せ、剣を鞘に納める。
 剣に鞘から魔力が伝わる感覚。
 その感覚が鞘の中に満ちた瞬間、クラウスは鞘の中で魔力を爆発させた。
 鍔(つば)と鞘の接触部から火花が散り、閃光とともに白刃が飛び出す。
 火花を纏わりつかせながら弧を描く白刃。
 放たれた三日月が炎と混ざり、ほどけ、そして切り刻む。
 霧散するように弾け消える三日月と炎。
 クラウスとリーザの視線が穴を通して再び交錯する。
 リーザの顔には恐怖が浮かび始めている。
 なぜまた炎に穴を開けられたのか分からないからだ。
 対し、クラウスの表情は力強い。
 手ごたえの良さが顔に表れている。
 これは「居合い」という収容所時代に師から教えられた技。
 奇襲された場合に、納刀した状態から抜刀と攻撃を素早く行うためのものだ。

(まさか、それがこんな形で役に立つとは……!)

 湧き上がる確信が、リーザとの関係は真の五分になったという感覚が、クラウスの表情にさらに力を与える。
 刃を返さずに戻し、納刀。
 迫る次の大蛇に向かって一閃。
 大蛇の首が千切れ飛ぶ。

(次!)

 納刀、そして抜刀。

(次っ!)

 白刃が弧を描く度に火の粉があふれるように飛び散り、クラウスの身を包む。
 その赤い霧雨の中でクラウスは一心不乱に同じ型を繰り返す。

(次ッ!)

 一切の失敗が許されない条件の中で、恐ろしい精度を見せるクラウスの居合い。
 今のクラウスの頭の中にあるのは、来てみろ、いや、もっと来い、という言葉だけ。

「次!」

 その言葉が自然と叫びになる。

「次っ! 次ッ!」

 クラウスもまたあの時のリーザと同じように、狂気の域に踏み込んでいた。
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