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第七章 アランが父に代わって歴史の表舞台に立つ

第四十八話 人馬一体(7)

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   ◆◆◆

 次の日――

「ところで、サラの様子はどうだ?」

 昼食時、アランは突然サラを話題を持ち出した。

「え?」

 それは本当に突然であったがゆえに、尋ねられたディーノは思わず間抜けな声を返してしまった。
 まったく脈絡の無い話題の変更であった。
 直前までは午前中に会った商人の話をしていた。
 そっちの話の方が今は重要なのは間違い無い。
 が、嬉々として質問してきているアランのその顔には、「それは今はどうでもいい」と書いてあった。
 答えるまで何度でも聞くとも書いてあるように見えた。
 だからディーノはしょうがなく答えることにした。

「あ、ああ、サラの様子か。それはだなあ、えーと……」

 が、その口は上手く回らなかった。
 焦りが表れていた。
 アランに心を、記憶を読まれたのは間違い無かった。
 しかし問題はどこまで、そしてどれほど詳細に読まれたのかということであった。
 だがそれは分からない。アランの心は読めない。
 だから、ディーノはとりあえず当たり障りの無い答えを返すことにした。

「まあ、元気だぞ」

 これに、アランは「ああ、そう」と相槌を打った後、言葉を続けた。

「父親の、リチャードの事は特に気にしてない様子だったか?」

 その言葉に、ディーノは安堵感を覚えた。
 なんだ、俺の心配はただの杞憂だったのかと。
 が、直後、アランの口から飛び出した言葉がその安堵感を吹き飛ばした。

「心配するな、ディーノ。そこから先は覗いてないから」

 そしてアランはさらに追い討ちをかけた。

「だけど、今朝お前が思い出してた事は別だ」
「結局見てるんじゃねえか!」

 思わず、ディーノは叫んでしまった
 その大声に対し、アランは弁明した。

「不可抗力だ。見たというよりは、勝手に耳に入ってきたと言う方が正しい。あれだけ鮮明に、しかも突然思い出されたら、どうしようもない」
「……」

 その言葉に、ディーノは何も言い返せなくなった。
 そして悟った。
 強力な感知能力者を友人に持つということがどういうものなのかを。
 恥ずかしいことも何もかも筒抜けだ。
 考えないようにすれば、相手に情報を自ら晒すようなことをしなければある程度は防げるのかもしれないが、あんな出来事をまったく意識しないようにするなんて無理だ。

「……っ」

 直後、ディーノは顔が熱くなるのを感じた。
 意識に浮かんだ『あんな出来事』という文面が昨夜の記憶を再び呼び起こしたのだ。
 そして顔をうっすらと赤くしたディーノに対し、アランは口を開いた。

「前から思ってたんだが、お前は戦いでは豪気なのに、女の事になると奥手で、弱いよなあ」

 それは反論出来ない事実であった。
 なぜなら、アランにリリィを取られたという過去があるからだ。
 取られたという表現は正確では無い。ディーノがそう一方的に思っているだけだ。ディーノはリリィに対して異性としての行動を起こした事は無い。三角関係の気配すら生まれなかったほどに。
 だが、これは今はどうでもいい話だろう。

 そしてディーノにとってもそれはあまり考えたく無い事であったがゆえに、

「俺にも苦手なものはあるんだよ」

 さっさと話題を変えてしまおうと、続けて口を開いた。

「ところで、俺達はここにいていいのか? 城はガストン達に攻められているかもしれないんだろう? 援軍に向かわなくていいのか?」

 話題を変える時は真面目な話に限る。そしてこの手は今回も有効であった。
 ディーノの問いにアランは頷きを返し、口を開いた。

「問題無いだろう。『今の』クリス将軍がガストン達に負けるとは思えない。ガストン軍が戦力の一部をこちらに送らなければ、戦力を分散させなければ勝敗はまだ分からなかったがね」

 その『今の』という言葉が、クリス自身の能力のことを指していることに、ディーノは気付かなかった。
 ディーノはクリス将軍に連なる部隊全体の戦力のことを指しているのだと思った。
 だから、ディーノは質問を返した。

「でも、リックは重症を負っていただろう? まだろくに動けないんじゃねえか?」

 戦力に不安要素があると述べるディーノ。
 が、アランはその弁に対して首を振り、口を開いた。

「たとえリックが動けなくとも、それは問題にならないよディーノ」

 その言葉に、ディーノが「どうして?」と当然の質問を返す。

「……」

 しかしアランはすぐには答えなかった。
 どう言葉にすれば上手く伝わるのかを考えていた。
 が、やはり共感で伝えたほうが手っ取り早いと思ったアランは、ディーノの手を握った。

「!」

 突然流れ込んできた大量の情報にディーノの目が見開く。
 武神の号令の時も思ったが、やはりなかなか慣れるものでは無い。
 自分の脳がどうにかなってしまいそうで、焼き切れてしまいそうで少し怖くなる。
 だが、ディーノは流れ込んでくるそれらをじっと受け止めた。
 まず最初に脳裏に映ったのは地面に掘られた穴。
 それらが伸び、溝となり、さらに連なり、迷路となる。
 その中に数多くの兵士達が隠れている。
 どうしてこの戦い方が強いのか、その理由が脳裏に響く。
 それを聞いて、そして感じて、ディーノは納得した。
 ディーノはその感覚を声にしようとしたが、それよりも早く、アランが口を開いた。

「そういうことだ、ディーノ」と。

 そしてアランは言葉を続けた。

「クリス将軍が城に残ることを宣言した時、感じ取ったよ。俺と同じことを思っていたことを」

 これにディーノが、「同じって、どういうことだ?」と尋ねると、アランは答えた。

「良い機会が転がり込んできた、と思っていたんだよ。クリス将軍は自分が思いついた新たな戦術を試すための手頃な相手を待っていたんだ」

 続けて、アランは隠していた秘密を明かした。

「俺と同じく、クリス将軍も今の状況を窮地だなんて思っちゃいないのさ。俺は王の危機感を煽るためにそう演じたが、クリス将軍は俺に合わせただけなんだ」

 実は、アランがクリスからの「お願い」を了承したのは、話を上手く合わせてくれたことに対してと、王を少し騙したことを黙ってくれることに対しての礼であった。

 これらアランの言葉の中には一部推察も含まれている。
 だが、それも含めてほとんど正解であった。

 アランは一つだけ間違っていた。
 クリスが考案した新たな戦術に対しての評価が過小であることに、アランはまだ気付いていなかった。

 そしてアランはまだ知らない。
 後にその戦術がある武器と組み合わされ、爆発的な勢いで世界に広まることを。

   第四十九話 懐かしき地獄 に続く
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