Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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最終章

第五十七話 最強の獣(3)

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   ◆◆◆

「……待て」

 しばらく進んだ後、リックは右手を上げて部隊を止めた。
 踏み潰された雑草などの痕跡を追ってきたが、それが途絶えたのだ。
 やはり近い。そして間違い無く相手はこちらの追跡に気付いている。
 ゆえにリックは続けて口を開いた。

「全員、警戒しろ」

 ずっと警戒態勢だが、リックはあえてそう言った。
 全員足を止めたまま、感知能力を使って周囲を探る。
 虫を使えるものはリックと、最後尾を守る兵士の合計二人。
 感知能力は相手が放つ魔力などを検知するものだが、虫はそれ以外の機能を持たせられる。
 単純に目と同じ光の情報を取得する以外にも、自ら波を発して、その反射波のドップラー効果から動体を検知する、なんてことも出来る。
 リックが使っているものは両方の効果を併せ持ったもの。光や音、そして反射波で敵を探す。アランの共感によってその奥底に眠っていた技術を呼び起こされ、そして技術共有によってその域に至った。
 しかし機能を多く持たせるほど、虫一匹あたりのコストが増す。ゆえにリックが展開している虫の数は群れと呼べるほどでは無い。数えるのが面倒という程度である。
 一匹あたりの情報処理能力は高い。ゆえに検知範囲は十分と呼べるほどであったが、

「……」

 それでも何も見つからない。
 自分の心臓の音がうるさく聞こえるほどに感度を上げている。なのに、だ。
 ならば、ここは安全なのだろうか。
 否、と、リックの本能が声を上げ続けていた。
 絶対に近くにいる、と。
 もしかしたら、我々は危険な状態にあるかもしれない、と。
 ゆえに背筋に冷や汗が流れる。
 その冷ややかな雫が腰に流れ落ちた直後、

「ここには何も――」

 誰もいない、兵士の一人がそう言おうとした。
 根拠の無い、自分を安心させるための独り言。
 ただそれだけであることは皆分かっていた。
 だが、それでもその言葉に影響を受けた。
 もしかしたらそうかもしれない。気にしすぎなだけかもしれない、と。
 敵はその気の緩みを許してはくれなかった。
 ゆえに、次の瞬間、

「――え?」「「「!」」」

 独り言を言った兵士は間の抜けた声を出し、他の者達は最大限の警戒と共に振り返った。
 最後尾、その真後ろで心音が一つ増えたからだ。

「ぐぇっ!?」

 そしてその心音が大きく響き終わったのと、最後尾の兵士が悲鳴を上げたのは同時だった。
 下から強く打たれた兵士の顎が砕け、首が折れるほどの勢いで顔面が跳ね上がる。
 その敵は地面の上に伏せ、木の葉をかぶって隠れていたのだ。
 だが、それだけでは無い事をリックは感じ取った。

「がっ!」「ぅあっ?!」

 感じとった内容が言葉として整理される間に、さらに二人がなぎ倒される。
 その内容はリックにとって驚きのものであった。
 この男は心臓を止めていたのだ。だから音も無かった。仮死状態だったのだ。
 しかしそれこそが「休眠」と呼ばれる技の極意。
 だが、心臓を止めた状態でどうやって生きていたのか。
 思考などを止めてエネルギーを節約しても足りないはず。
 その秘密までリックは感じ取った。だから驚いた。

「っ!」

 後退しろ、俺の後ろに下がれ、リックがそれを言葉にする間も無く、さらに一人がやられる。

「ぐはっ!」

 目に見えぬほどの速さで打撃が繰り出される。
 先ほどまで心臓を止めていた男がどうしてこうも鋭く動けるのか。
 その秘密はリックが「最終奥義」と呼んでいるものとまったく同じだった。
 しかし自身が知るものよりも繊細。心臓が痛まないように、内臓に負荷がかかりすぎないように制御されている。
 体内で輝いている星々は感動してしまうほどにきめ細やか。
 自分の技が雑だと思えるほどに。
 そしてその星々こそが仮死状態の秘密。
 微小な魔力の発動で血流を維持していたのだ。そして呼吸を最小限にして隠れていたのだ。
 すなわちこの男、オレグは心臓が潰されても活動出来るのだ。
 これは理性や本能による身体制御で成し得る技では無い。虫を使えば不可能では無いが、消費が重く、脳への負荷が大きい。
 これはより小さく、繊細な仕事が出来る大工によるもの。この世界でもっとも大工のことをよく知るオレグならではの技。

「下がれ!」

 そして五人が倒された後にようやく、リックの思いは叫びになった。
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