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最終章
第五十七話 最強の獣(10)
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そして驚いたのはアラン達だけでは無かった。
「……っ!」
森の中から様子をうかがっていたサイラスも同じであった。
距離のあるここからでも分かった。あの男がどれほどの化け物なのかが。
背中に自然と冷や汗が流れるほど。
アレに昔のシャロンが勝った? 今のあの姿を見る限り、信じられない。
シャロンから聞いていた話とは全然違う。あれがリックと五分? ありえない。
だからサイラスは叫んだ。
「シャロン!」
サイラスが何を言いたいのか分かっていたがゆえに、シャロンは即答した。
「全員、装填して!」
その指示に真っ先に動いたのはサイラス。
火薬と弾丸を銃口から挿入し、棒で圧縮するように奥に押し込む。
その動作に、周りの兵士達が遅れて習う。
遅れた理由は疑問が浮かんだからだ。
目立つことはしないはずでは? と。
その心の声にシャロンは答えた。
「接戦のすえに魔王軍を疲弊させて負けるのはいい。でもこんな負け方は、魔王軍が勢いづくような負け方は許されない!」
ゆえにシャロンは叫んだ。
「突撃するわよ!」
◆◆◆
「ぐぉぇっ!」
アランの前方から兵士達の悲鳴が響く。
そして伝わってくる。オレグの強さが。
人間とは思えない筋力。それが技で加速されている。
どんな鍛え方をしたらあんな風になる? ディーノよりも軽いのに筋力がはるかに上だ。
最前の兵士達は成す術も無くやられている。
ゆえに、
「ぎゃぁぁっ!」
「うあぁっ!」
悲鳴が痛みによるものでは無く、恐怖によるものに変わる。
それが全体に伝染しつつある。
心臓を突然握り締められたかのような恐怖。
森の中で巨大な獣に鉢合わせてしまった時のような、頭が真っ白になる恐怖。
その感覚が場を埋め尽くすかのように広がっていたが、
「喝ァァッツ!」
直後、アランの前にいるクラウスの気勢が響いた。
剣を抜いて正眼に構えている。
いつでも来い、という気迫が輝く刃からぴりぴりと心に響いてくる。
クラウスの心に勝算は一切無い。
だが、避けられない戦いなのであれば恐怖など邪魔なだけだ、という思いがその気勢に含まれていた。
ゆえに、
「雄応ッ!」
ケビンも同じ気勢で応え、クラウスの隣に並んで構えた。
ほとんど間を置かずに、バージルとカイルがさらに二人の左右に並ぶ。
「「……」」
二人とも無言だが、同じ気迫を宿していた。
勝たねば全てを失う可能性がある、ならば死力を尽くすまでだ、その心はそう言っていた。
「兄様」「アラン将軍」
そして直後、妹とレオンの声が真横から響いた。
アランが振り向くと、アンナは力強く口を開いた。
「炎の一族の力をあの獣に見せてやりましょう」
自分よりも華奢なその体がなぜだかいつもよりも頼もしく見える。
ゆえにアランもまた、
「……ああ!」
力強い言葉を返した。
炎の一族の二人の気概が共鳴し、高まり合う。
その感覚に自分も重なろうと、
「アラン!」
リーザは振り返りながら声を上げたが、
「!」
直後、虫から届いた警告に、リーザは再び前へ向き直った。
迫る赤い光弾に向かって、同じ色の光弾を放つ。
そして直後に二つの弾は赤い槍となってぶつかり合った。
轟音と共に火花が散る。
煙幕が去り、射手であるラルフと視線が重なる。
すると、リーザの心にラルフの声が響いた。
「この僕を前にしてよそ見など許さない」、と。
◆◆◆
「……」
そしてラルフの後ろにいる魔王は、適当に散弾を撃ちながら意識をオレグの方に向けていた。
(やはり、力を隠していたか)
あんな凄まじい姿など見たことが無い。
「……っ」
瞬間、魔王は口尻から歯軋りの音を漏らした。
その口に力を込めさせている感情は怒り。
「凄まじい」などと、素直に言葉にしてしまった自分に対しての怒りだ。
認めたくない、しかし認めざるを得ない、ゆえに怒りが湧き上がる。
あれは脅威だ。
いや、脅威などという生易しい表現ですまされる存在では無い。
正直、恐ろしい。
この我を恐れさせる存在!
それをやつは隠していた。許されない、許せるわけがない!
「……」
そこまで荒れたところで、魔王はその不毛な感情を鎮めることにした。
しかしその感情は完全には沈まなかった。
ゆえに魔王は矛先を変えてその感情をぶつけることにした。
(……まったく、おとぎ話などやはりあてにならんものだな)
おとぎ話にはこうある。
“魔を極めし王、数多くの獣を従えて民の上に立つ”、と。
自分のことを的確に表した言葉だと思った。だから気に入った。
しかし外れていた。あの獣はまったく我に忠誠を抱いていない。
(しょせんは――)
ただのおとぎ話か、魔王が心の中でそう紡ごうとした瞬間、
「!?」
それは訪れた。
突如届いた虫からの警告。
その内容は、魔王には信じ難い、信じたくないものだった。
ゆえに、魔王は、
「……なんだと?!」
きっと何かの間違い、誤報だ、そんな願いと共に振り返った。
しかしそこにそれはいた。
巨大な武器と盾を携えた大男。
その身はかつてのジェイクのように鎧で覆われている。
まるで巨大な金属の塊のような男。
立っているだけで威圧感がある風貌。
「……!」
しかし魔王が気圧されているのはその見た目に対してでは無かった。
相手の心が読めないからだ。
そしてその身が薄い影に覆われているように見えるからだ。
似ているだけだ、そう思いたかった。
しかしその希望は直後に淡く打ち砕かれた。
影が濃く、闇のように黒くなっていく。
闇の衣を纏うその姿は、まさに虫が警告した通りであった。
まさに「あの男」と同じ存在!
「!」
そして直後に魔王は思い出した。
おとぎ話の次の文面を。
それはこうだ。
“その魔王の前に、民の中から生まれた勇者がいつか立ちふさがる”、だ。
「勇者」とは「あの男」のことだと思った。正義感の強い善人、まさに勇者と呼ぶにふさわしい男だった。
だからこの文面は自分にはあてはまらないと思った。「あの男」は仲間なのだから。
まさか、おとぎ話を書いた何者かは、この場面まで予測していたとでもいうのか?
ふざけるな、そんなやり場の無い怒りを魔王が心の声に変えようとした瞬間、その男は口を開いた。
「お前が魔王だな?」
魔王は答えなかったが、その男は、ディーノは武器を構え、
「その首、いただく!」
叫ぶと同時に地を蹴った。
第五十八話 おとぎ話の結末 に続く
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