上 下
577 / 586
最終章

最終話 おとぎ話の続き(3)

しおりを挟む
   ◆◆◆

(駄目だ! こいつは危険だ、ディーノ!)

 ディーノが走り始めたのを感じ取ったアランはそれを止めようと叫んだ。
 だが、その言葉は正確では無かった。
 危険では無く、分が悪い。
 その理由は、

「むぅんっ!」

 ヴィクトルが気勢と共に振るっている大剣、その鈍い光にあった。

「でぇやっ!」

 気勢が響く度にその太い刃から三日月が放たれ、嵐が巻き起こり、

「「「ぐあああっ!」」」

 塹壕の中から兵士達の悲鳴が響き渡る。
 蛇の群れが塹壕の中を這い、跳ね回り、兵士達を食い荒らしていく。
 これがディーノとの決定的な差。
 恐らく、いや、間違い無く、魔力を込められないディーノではこれとはぶつかりあえない。魔力の通っていないただの鋼の槍斧では一方的に打ち負ける。
 無策でぶつかり合えばほぼ確実にディーノは死ぬ。台本に頼るまでも無く、それがわかる。
 ゆえにアランは、

「ひるむな! 俺達でやるぞ!」

 そう叫ぶと同時に天照権現を発動した。
 陽炎のようにゆらめく白い火柱がアランを中心に、太くそして高く昇り立つ。
 それを目標に、ヴィクトルが地を蹴り直す。
 壊れた橋を背に、左右の塹壕陣地にいる兵士達を無視しながら、前方にいるアランの部隊に向かって突進する。

「止めろ!」

 その誰かの声が響くよりも早く、兵士達は既に行動していた。
 塹壕の中から身を乗り出し、光弾を放つ。
 アランの部隊の魔法使い達と弓兵達も同じように迫る、ヴィクトルに向かって迎撃を発射。
 前後左右から放たれた大量の光弾がヴィクトルという一点に収束し、交差するようにぶつかり合う。
 光魔法特有の炸裂音が連続的に、そして重なって響き渡り、直後に矢の雨が降り注ぐ。
 が、

(駄目だ!)

 まったく効いていないことをアランは感じ取った。
 炸裂音が響いたが、それは光弾同士がぶつかり合ったことによるもので、ヴィクトルには一発も入っていない。
 やはりディーノと同じ。分厚い膜の表面を滑ってしまう。
 無駄では無い。滑るといっても押していることは、膜に負荷をかけていることは間違いない。上手く集中してぶつければ押し破る可能性はある。
 しかし今の攻撃の規模ではその可能性が低いのだ。
 だから奴は、ヴィクトルはそれが分かっていたから盾を上に構えたのだ。弓矢だけを警戒したのだ。
 やはり奴には光弾よりも重く、そして硬度を有する攻撃か、衝撃波で無ければ通じない。
 ゆえにアランは、

「弓兵、撃ち続けろ!」

 あいつに矢を使い切ってもいいという声を上げ、

「リーザ!」

 本命に指示を出した。
 言われるまでも無く、既に彼女は構えていた。
 そしてそれはヴィクトルも同じだった。
 リーザの手から赤い弾が発射され、ヴィクトルの大剣から三日月が放たれる。
 そしてぶつかり合う赤い槍と光る嵐。
 結果は予想通り。槍が蛇の群れを穿ち、払う。
 されどそこには既にヴィクトルの影は無い。
 槍が伸びる直前に右へ逃げている。
 しかしそこには別の、地に水平に走る黒い三日月が待ち受けていた。
 アランが放った鬼哭の刃。
 これは分厚い膜を突破する可能性がある、アランはそう考えていた。
 光弾とは違い、鋼に含まれている炭素との反応で高速振動している。これならば膜を引き裂けるのでは無いか、アランはそう期待していた。
 そしてその期待が正解であるかのように、迫るその黒い刃に対してヴィクトルは盾を構えた。
 金属を引っかいたような音が直後に響き、アランの考えが正解であることが証明される。
 が、

「っ!」

 まったく効いていない、響いた金属音からその事実を感じ取ったアランは眉を少しひそめた。
 だが、別のものは効果があった。
 ゆえに、

「……!」

 ヴィクトルも古びた鉄仮面の下で同じ表情を作っていた。
 それは精神汚染。
 盾から手へ、腕へ、そして脳に昇ってきたのだ。
 侵入はわずか。しかしそれでも己の足を止める効果があった。
 あれは受けてはならぬ、ヴィクトルはそう思った。
 動きは止められる、アランはそう思った。
 ゆえに、

((ならば!))

 二人の心の叫びは直後に重なり、同時に動いた。
 アランが刃を切り返し、ヴィクトルが大剣を振るう。
 放たれる黒と銀色の三日月。
 そして二つはぶつかり合い、嵐となって互いを食い合うように思えたが、

「!?」

 違った。
 黒い三日月が一方的に砕かれ、銀色の三日月がアラン達に向かって迫る。
 そしてそれはアラン達の目の前で嵐となった。
 前列の大盾兵とバージルが蛇の群れを受け止める。
 盾と蛇、そのぶつかり合いによって生じた光の粒子を感じ取りながらアランは思った。

(魔力量が違いすぎ――いや、)

 その表現は正確では無いと、アランは気付いた。
 原因は武器の差だ。
 光る嵐の威力は単純に放つ魔力量に比例する。
 武器を用いるのであれば、その体積が大きければ大きいほど込められる魔力量が増加する。
 だからヴィクトルは大剣を使っているのだ。
 そして二人の刃の輝きが落ち着きを取り戻し始めた瞬間、再び赤い槍が疾走した。
 その鋭く激しい先端から、ヴィクトルが大きく跳び避けたのと同時に、アランが声を上げた。

「盾兵、狙え!」

 指示が場に響くより寸刻早く、大盾兵は盾の裏側からそれを取り外し、構えて見せた。
 それはシャロン達が使っていたものと同じもの、火縄銃であった。
 これは和の国やルイスから供給されたものでは無い。アランの設計によるものである。前回の戦いで既に見知っていたゆえに、模倣することはそれほど難しいことでは無かった。

「撃て!」

 続けて放たれたアランの指示が射撃音と重なる。
 アランの声がまったく聞こえないほどの同時発射。
 だが、これにヴィクトルは驚いた様子を見せなかった。
 これも参謀から聞いて知っていたからだ。
 受け流すように斜めに構えた盾で弾きながら、遅れてきたアランの三日月を横に跳んで避ける。
 そして足裏が地に着いた直後、ヴィクトルは前方に向かって地を蹴り直した。

「抜剣しろ!」

 その突進に対してアランが再び声を上げる。
 これに前列の大盾兵と、二列目の魔法使い達が同時に動いた。
 大盾兵がしゃがむと同時に、魔法使い達は腰の得物に手をかけ、発光させると同時に抜刀した。
 大量の三日月が放たれる。
 しかしその数はヴィクトルという一点の目標に収束するには多すぎた。
 併走していた三日月がぶつかり合い、嵐に転じて混ざり合う。
 生じた嵐は隣の三日月を食い、大きくなる。
 そしてヴィクトルの眼前に迫る頃には、一つの巨大な蛇の群れとなっていた。
 しかし三日月ならばともかく、蛇はたとえ大規模な群れであってもヴィクトルにとって恐れるものではなかった。
 盾で受け止め、直後に放たれた赤い槍を横に避ける。
 この時、金属音は無し。
 やはり三日月で無ければ光魔法はほぼ通じない。
 だからアランは黒い三日月を放ちながら叫んだ。

「散発的に攻撃しろ! だが手を止めるな!」

 蛇の群れにならないように、三日月がぶつかり合わないように間隔を他人とずらしつつ、かつ連続で撃ち続けろという指示。
 難しい要求。されど、共感による連携訓練を重ねて来た兵士達は即座に対応した。
 まるであらかじめ決められていたかのように、兵士達が順番に剣を振るい始める。
 されどその動きはあくまで臨機応変。ヴィクトルの回避行動に対応するためだ。
 そして、筋力や魔力の差によって、放たれる三日月にはその速度に個人差がある。
 ゆえに後続の三日月が前のそれに追いつく事態は当然発生する。
 しかしぶつかり合わない。すれ違うように高さが調整されている。
 時に、併走する水平な二枚の三日月の間を、縦に放たれた一枚が通り抜けることすらある。
 その神業のような連携によって、三日月による高速の連続攻撃が完成する。
 逃げ道すら塞ぐ偏差射撃が含まれた攻撃、避ける手段は無かった。
 光魔法が金属をひっかく音が連続的に響き始める。
 これにはさすがのヴィクトルも、

(近づきにくいな)

 前に出たがる足を一度止めざるを得なかった。
 ならば、久しぶりに、

(あれをやるか)

 そう思ったのと同時に、ヴィクトルはそれを発動した。
しおりを挟む

処理中です...