Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第二章 これより立ち塞がるは更なる強敵。もはやディーノに頼るだけでは勝機は無い

第九話 偉大なる大魔道士(1)

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   ◆◆◆

  偉大なる大魔道士

   ◆◆◆

 三ヵ月後――

 息が白む寒い朝、アランはリリィと二人で街を歩いていた。
 アランはこうして時々暇な時間を作ってはリリィと過ごしていた。
 真っ昼間の街中であるにも拘らず、アランはリリィを連れて堂々と歩いていた。それはアランの中で男としての責任感が成熟してきたことを示していた。
 戦争を経験したためか、以前のアランと比べると落ち着いた雰囲気をリリィは感じていた。肝が据わるとはこういうことなのだろう。
 アランはリリィの用事に付き添ってある場所を目指していた。その用事とは、長く借りていた本を返すことであった。
 アランはリリィがどんな本を読むのか興味があったが、それを聞き出す良いきっかけが訪れないまま目的地に到着した。

    ◆◆◆

 建物に入ったアランは中にいた者達から一斉に注目を浴びた。
 その注目は決して気持ちの良い物では無かったが、アランはこれに慣れていた。アランに向けられていたその視線は、奴隷が魔法使いに向ける「敵意」や「嫌悪」を含んだものであった。
 室内を見渡したアランは、リリィに素朴な疑問を尋ねた。

「ここはどういう場所なんだ? 教会のように見えるけど」

『教会』、アランはこの場所をそう例えた。実際、アランがそう思うのも無理はなかった。奥には五芒星が飾られており、静かで綺麗に掃除された室内は、神聖な雰囲気と信仰心を感じさせたからだ。



「アラン、ここは教会じゃないわ。ここは…」「新しいお客様ですか?」

 リリィの言葉を男の声が遮る。その声の主は奥からゆっくりと姿を現した。
 その男性は魔法使いの服を着ていた。しかしその装いはかなり古いものであった。



 アランはこの男性のことを『神父』のようであると感じた。

「ようこそ。私はここを管理しているルイスと申します」
「アランと申します」

 アランは求められた握手に応じながら自分の名を答えた。

「ルイス殿、ここは魔法信仰を司っている場所なのですか?」

 アランは先にリリィにしたのと同じ質問をルイスに伺った。

「いいえ。そう思われるのも無理はありませんが、ここはいかなる神や信仰も司ってはおりません」

 ルイスはゆっくりと首を振りながらそう言った。

「ここでは我が家に代々伝わる古き大魔道士の歴史について教えています」
「それはもしかしてあの『偉大なる大魔道士』のことですか?」
「はい」

 言いながら、ルイスは右手にある本棚を指し示した。それはその棚にある本全てが歴史書であるということであろう。

「興味があるのですが、自分が手にとっても大丈夫ですか?」

 アランは魔法使いである自分がその本に触っても良いか、という意味でルイスに尋ねた。アランにはその本が奴隷達にとって大切なものであるように見えたからだ。

「もちろんです。持ち帰って頂いても結構ですよ」

 そう言ってルイスは分厚い本をアランに差し出した。

   ◆◆◆

 ルイスから受け取った本をアランは一気に読破した。
 その本はアランを驚かせ、そして感動させた。
 まず驚いたのは、その本に書かれていた歴史は自分が知っているものとはかなり違っていたことだ。
 かの偉大なる大魔道士は、元は魔法能力を持たない奴隷の身であった。彼は後に炎王と呼ばれる者にその潜在能力を見出され、魔法使いになった。
 そして彼は氷王と雷王を倒し、三国を統一する。
 この功績は偉大である。しかしアランを感動させたのは全く別のところであった。アランは彼が奴隷であった頃の逸話とその思想に強く惹かれていた。
 彼の心は常に弱者の傍にあった。炎王の配下になってもそれは変わらず、彼はこんな言葉を残している。

「弱きものは共に手を取り合うべし」

 本質的には平和を愛する者であったようだが、彼はこんな言葉も残している。

「もし自身の誇りが汚されていると感じたらその拳を振りかざせ。例え勝てないまでも、その行い自体に意味がある」

 この本の中で、彼は常に弱者の為に戦っていた。
「偉大なる大魔道士」の「偉大なる」の部分は魔法使いと奴隷達で指している部分が違うのではないかとアランは感じた。魔法使いはその強大な力と功績を指し、奴隷達はその思想を指して「偉大な者」と称えているのであろう。
 それにしても何故今の魔法使いの間に伝わっている歴史は、この本の内容と違うものになっているのか。アランはそれにやり場の無い怒りを覚えた。

 そして今、アランはディーノと訓練を行っていたあの広場で、リリィとともにその本を広げ語り合っていた。
 アランはこの本に感動したことを素直にリリィに伝え、その感動を分かち合った。
 二人はこの本に書かれている偉大なる魔法使いの考えと今の世の中を比べ語り合った。
 リリィはこの時、「魔法使いが皆この人みたいだったら良かったのに。そうすればきっと今よりずっと優しい世の中になるのに」と言った。
「優しい世の中」、それは漠然とした表現であったが、美しかった。
 そしてその言葉を聞いたアランの頭の中に浮かんだのは、「優しい王様」であった。
 優しさは王冠よりも王に良く似合う。偉大なる大魔道士もその一人であったのだろう。強く、そして優しい、その様のなんと美しきことか。

 サイラスは「強い影響力、実行力を持つ人間」という比較的具体的なものを目指しているのに対し、今のアランはただひたすら「美しいもの、感動するもの、強いもの」を追い求めていただけであった。
「強いもの」のイメージはサイラスとアランでは全く違っていた。サイラスは「人を動かすもの」を全て「力」と呼び、それをもって大きなことを成す人間を「強いもの」と考えていた。

 一方、アランの「強いもの」のイメージはカルロやディーノのような単純な暴力を基本としたものであったが、アランの中で「強いもの」というものはまだ明確な形を伴ってはいなかった。
 それはアランの美しいもの、感動するものに強く惹かれる美意識のせいであった。しかしアランのこの性質こそが、後に彼を偉大な人物に昇華させるのである。

 そして偉大なる大魔道士の思想はアランの中にある大切なものを植えつけていた。まだ芽にすらなっていないただの種であったが、これが後にアランの人格形成の基礎となった。
 それは「情」や「愛」に代表される、後に「仁」と呼ばれるものであった。

 このアランの中に根付いた「仁」が自覚と行動という形で芽生えるのは、まだ先の話である。

   ◆◆◆

 偉大なる大魔道士の思想に感動したアランは、頻繁にルイスの教会へ足を運ぶようになった。
 ルイスの教会には偉大なる大魔道士についての歴史書だけではなく、様々な本があった。
 アランはそれらを次々と読み漁っていった。
 本を読むことが幸福であると感じる、それはアランにとって初めての感覚であった。

 そんなある日――
 教会でテーブルに座って本を読んでいたアランは、ふと目に入ったよく知った人間の姿に、声をかけた。

「リリィ!」

 声に気づいたリリィは、優しい笑みを浮かべながらアランの傍に歩み寄った。
 そして珍しく、リリィには連れがいた。
 その連れは男で、年はアランより少し下くらいに見えた。



「リリィ、この人は?」
「ああ、この人は――」

 リリィは連れをアランに紹介しようとしたが、その連れがアランの前に歩み出たため、言葉を止めた。

「コンニチハ、ワタシのナマエはラルフとイイます」

 その独特な発音に、アランは一瞬呆気に取られた。

「スミません、マダ、コトバがウマくしゃべれナクて……」

 ラルフと名乗った青年はアランの気を害したと思ったのか、頭を下げた。

「いや、謝る事なんて何も無いよ。ちょっと驚いただけだ」

 異国の人間と話すのは初めてのことであった。アランは沸いてきた好奇心に従い、尋ねた。

「どちらからいらしたのですか? どうしてこの国に?」

 この時、リリィが少しだけ眉をひそめたが、アランは気付かなかった。
 そして、ラルフは困ったような顔で答えた。

「……それは、どうコタえてイイか、ムズカシイです。……ワタシは、トテモとおいトコロからきました。フネにノセられてきました」

 船に乗って、では無く、乗せられて? 要領を得ない答えに、アランは心の中で首を傾げた。
 そして、場にきまずい空気が生まれるよりも早く、リリィが助け舟を出した。

「アラン、質問はまたの機会にして頂戴。ラルフはこっちに来てまだ日が浅いから、色々慣れていないのよ」
「ああ、そうだったのか。不躾に質問してすまなかった」

 ラルフは気にしていないというように首を振った。
 そして、アランは再びリリィに尋ねた。

「ところで、今日はどうしてここに? 何か本を読みに?」

 リリィは頷きを返しながら答えた。

「今、ラルフに文字を教えているの」

 そう言ってリリィは本棚の前に立ち、一冊の本を取り出した。
 それは幼児向けの本であり、題名は「優しき魔法使い」とあった。

「それで、実際に本を読んでもらおうと思って」

 リリィはアランの隣にラルフを座らせ、眼前にその本を開いて置いた。

「さあ、ラルフ、始めましょう」

   ◆◆◆

 リリィがラルフに読ませた本、それは偉大なる大魔道士のことについて書いた児童書であった。
 童話的な表現が多く使われていたが、内容はおおむねアランが読んだ本と同じであった。
 読み終えた後、ラルフは静かに深呼吸し、口を開いた。

「このクニにはムカシ、コノようなすばらしいヒトがいたのですね」

 言葉に慣れていないせいか、ラルフの口調はゆっくりとしたものであったが、アランとリリィは黙ってラルフの次の言葉を待った。

「ワタシはココにくるマエ、トテモひどいめにアイました。マホウがツカエナイというだけで、トテモひどいめにあいました」

 酷い目にあった、その言葉からアランはラルフが「船に乗せられて」といったことの意味をおぼろげに察した。

「でもたったイマ、このクニのことがほんのすこしだけ、スキになりました」

 その時、ラルフが見せた薄い笑みは、アランとリリィの心をとても穏やかにした。
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