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第二章 これより立ち塞がるは更なる強敵。もはやディーノに頼るだけでは勝機は無い
第八話 刀(2)
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一ヵ月後――
早朝、アランは城にある訓練場にて丸太の前で剣を構えていた。
アランは刃に炎を走らせ、丸太に向かって剣を振るった。
すると、剣から伸びるように炎が放たれ、甲高い音と共に丸太に叩きつけられた。
その様はまるで「炎の鞭」であった。
アランは手を休めず、次々と丸太に炎を叩きこんだ。そして幾度目かの後、炎は丸太を二つに叩き割った。
斬撃が炎となって飛んでいくその様は傍目には美しく見えたであろうが、アランはこれに満足してはいなかった。
威力が弱すぎるのである。強い魔法使いの防御魔法はこの丸太の比では無い。その前では今のアランの技など児戯に等しいであろう。
アランはこのような訓練を毎日続けていた。アランはいつぞやにディーノから聞いた「光の剣」を今も追い求めていた。
アランは自身に光魔法の素質があることをはっきりと自覚していた。なぜならばただの炎に丸太を「叩き割る」などという芸当はできないからである。それはアランの炎に光魔法が混じっていることを示していた。
アランが剣を納めると、場に拍手の音が鳴り響いた。
「見事です。アラン様」
拍手の主はクラウスであった。
「ありがとう。でもこれでは父上のような強い魔法使いには通じないだろう」
「今のままではそうでしょうな。しかし化ける可能性もあります」
相変わらずはっきりと物を言う男であった。言いながらクラウスは剣を持ち、アランの前に立った。
「では今日も始めるとしましょう」
「ああ、よろしく頼む」
その直後、どちらからともなく斬りかかり、アランとクラウスはぶつかりあった。
アランはディーノの代わりにクラウスを相手に剣の訓練を行うようになっていた。
剣を交えながら、アランはあることを不思議に思っていた。なぜクラウスは魔法使いであるにも拘らず、これほどまでに剣の腕が立つのか。その技はアランを凌駕していた。
そして、そんなことを考えていた矢先に、アランの手から剣が弾き飛ばされた。
「何か考え事ですかな? 隙だらけですぞ」
剣を拾いなおしたアランは、雑念を振り払い意識をクラウスに集中させた。
クラウスはアランの良き剣の師となっていた。歴戦の兵であるクラウスの教えは甘えが無く、実戦的なものであった。
「切り返しが遅い! それでは相手に魔法での反撃を容易に許してしまいますぞ! 近接戦は怒涛かつ鋭く、しかし繊細に!」
時に怒声が飛ぶ。しかしそれは厳しすぎず、まるで導くかのような教えであった。
◆◆◆
その日の正午、アランは久しぶりに貧民街の鍛冶場を訪れた。
そこには以前のような賑わいは無かった。明らかに人が少なく、働く彼らの顔には悲壮感すら漂っているように見えた。
アランは親方のところに顔を出した。
「親方、お久しぶりです」
アランの声は聞こえているはずであったが、親方は何も答えず、アランに背を向けたまま槌を振るっていた。
アランは親方が何を作っているのかを見ようと、背中越しに覗きこんだ。
それはアランがディーノに渡したものと同じ、いやよく見ると少し違うが、まぎれもなく槍斧であった。
「皆死んだ。気のいいやつらだったのに」
親方は背を向けたままそう言った。皆とはここで働いていた職人達のことであろう。
若く体力のある彼らは奴隷兵として徴兵されていた。そして戦いが終わったにもかかわらず、彼らはいまだに帰ってきていなかった。
「なあアラン、儂でもこいつを使えば魔法使いを殺せるのか?」
親方は振り返りアランに問うた。殺せるのか、その言い回しに魔法使いへの怒りが込められているのは明らかであった。
しかし親方の瞳に湛えられていたのは怒りではなく悲しみであった。
「……はい」
親方の問いにアランは肯定だけを返した。この武器を自在に扱うこと自体が困難であるのだが、アランはそれ以上何も言わなかった。
アランは黙って親方の仕事を手伝うことにした。
◆◆◆
あたりが夕闇に包まれるころ、親方とアランはその日の仕事を終えた。
片付けをしていたアランは、壁に変わったものが掛けられているのを見つけた。
それは剣であった。しかし、鍔と柄の部分に見慣れない独特のこしらえがなされていた。
「親方、これは?」
「見てみろ」
許可を得たアランは手にとってその剣を鞘から抜いてみた。
その片刃の刀身はアランを絶句させた。波のように流れる刃紋、絶妙な反りと曇りの無い刀身、まさに芸術であった。
「お前、それわかるか?」
親方が聞いているのは、それと同じものが作れるか、ということであろう。しかしアランにはこの剣がいかに生み出されたのか想像できなかった。
「わかりません」
アランは食い入るようにその刀身を見つめながら素直にそう答えた。
「親方、この剣の名はなんと? こんな凄いもの一体どうしたんです?」
興奮したアランは立て続けに質問した。
「名はたしか『刀』だと聞いた。美術品として外から船で持ち込まれたものらしい。それはけちな盗賊が盗んだものを俺がふんだくって手に入れたものだ」
要は盗品の盗品であった。しかし今のアランにとってはそんなことはどうでもいいらしく、食い入るようにその刀身を見つめていた。
「……なんなら、試し切りしてみてもいいぞ」
アランの心中を察した親方はそう言った。これを聞いたアランは目を輝かせ、礼も言わずにその辺にあった適当な木材で試し切りをした。
その剣はまたもアランを驚かせた。その切れ味はこれまで経験したことのないものであった。「斬る」ということはこういうことであると、その剣に教えられているようであった。
刀との出会い、それは神秘との出会いであった。
◆◆◆
その日の夜、アランは訓練場でひとり剣を振り続けていた。
刀の神秘性はアランに強烈な印象を与えていた。そしてそれはアランの中にある「強さ」というものに新しいイメージを植えつけていた。
アランは今まで「強さとは」と問われると、カルロやディーノのような単純なものばかりを連想していた。
しかし今のアランの中にはそれとは全く違うイメージが生まれていた。
それは人の形をしていたが、カルロのような魔法使いの風貌でもなく、ディーノのような筋骨隆々な大男でも無かった。
そのイメージは細身の男であった。全身が影のようなものに覆われていて風貌はよくわからないが、「彼」はアランの頭の中であの神秘の剣を振りかざし、次々と妄想の強敵達を切り伏せていった。
「彼」は迅かった。ただひたすらに迅かった。「彼」は目にも留まらぬ速度で、妄想の中を駆けていた。
アランは「彼」を真似るかのように、ひたすらに剣を振り続けた。
はっきり言ってしまえば、アランは興奮しているだけであった。素晴らしいおもちゃを見つけた子供のように。
しかしいつの時代も美しいものは人の心を動かしてきた。アランはこの日からひたすらに「技」を追い求めるようになる。
次の日、アランは早速金貨を持って街へ刀を買いに走った。
◆◆◆
ある夜、遂に刀を手に入れたアランは、訓練場にて丸太を前にその刃を構えていた。
アランはいつもと同じようにその刀身に炎を這わせ、丸太に向けて放った。
放たれた炎の刃は一撃で丸太を両断した。
当然のごとくアランはこれに驚いた。まるでその刃の切れ味が魔法にまで宿ったかのようであった。
これが何故なのか、アランが知る術はない。魔法が科学的に解明されるのは遥か未来のことである。
アランは再び刀身に炎を這わせ、よく観察してみた。
よく見ると、炎の中で刃の部分が強く発光しているように見えた。しかし、それ以上のことは何もわからなかった。
アランは解けないこの謎に唸りながら、しばらくの間、試行錯誤を繰り返した。
◆◆◆
夜は更け、疲れ果てたアランは謎を解くことをあきらめ部屋に帰ろうとした。
片付けを始めたちょうどその時、アランの前にアンナが姿を現した。
「アンナ? どうしたんだ、こんな時間に」
独り言を呟きながら剣を振り回す様をずっと見られていたのだろうか。まあアンナになら見られてもどうということもないが。
「あの、お兄様にお願いがあるのですが、聞いていただけますか……?」
「なんだい?」と軽く返すアランに対し、アンナは思い悩んだような表情を浮かべながら、おずおずと口を開いた。
「私にも剣を教えてくれませんか?」
アランはこのアンナの意外なお願いに、「え?」となった。
「お兄様は最近毎朝早くにクラウス様と訓練をしていらっしゃるでしょう? あれに私も加えて頂きたいのです」
「それは別に構わないが、なんでなんだ? 剣なんてアンナには必要無いような気がするんだが」
それは、と言ってアンナは一度言葉を切り、少し考えたあと再び口を開いた。
「強くなりたいのです。ディーノ様やお兄様のような力が欲しいのです」
アンナは一息置いた後、言葉を続けた。
「戦いで負った傷はほとんど治っています。私はしばらくしたらまた戦いに出なくてはいけません。それまでに強くなったという実感が欲しいのです」
アンナは自身の魔法力の成長に限界を感じていた。アンナは今とは違う方向性を模索していた。
正直なところ剣そのものに興味があったわけではない。アンナの力への欲求はディーノのような純粋な体力のほうに向いていた。あんな重量武器を持ちながら戦場を走り続ける体力にアンナは可能性を感じていた。
体を鍛えれば魔法が強くなるかもなどと考えているわけではない。いや、全く期待していないと言えば嘘になるが、戦場を走り続けられるほどの体力があれば戦い方に幅が広がるとアンナは考えていた。剣の訓練ははっきり言ってしまえばそのおまけのようなものであった。
そして理由はもう一つあった。アンナ本人も気づいてはいないが、アンナは無意識に兄と一緒にいる時間を増やしたいと願っていた。
アンナは愛に飢えていた。生まれてすぐに母を失ったアンナに母性的な感情を与えてきたのは兄であるアランだけであったからだ。
こうしてアンナもまた剣の道に足を踏み入れることになった。
◆◆◆
朝は三人で剣の訓練、昼は鍛冶場で仕事、夜は睡眠時間を削って鍛錬を行う、そんな生活が続いた。
夜の鍛錬にはアンナの姿もあった。しかし二人は一緒に鍛錬しているわけでは無く、それぞれ自主的な鍛錬を行っていた。アランは魔法剣の鍛錬を、アンナは基礎体力の強化を行っていた。
ある夜、いつものように鍛錬を終えたアランは、先に部屋に帰ろうとした。
「じゃあお先に。アンナもあまり無理するなよ」
「お兄様、つかぬことをお伺いしますが、お兄様は光魔法を剣に這わせようと考えているのでは?」
「ああ、その通りだ」
「そのようなことはおやめ下さい」
「何故?」
「刃に光を通すべからず、という言葉があるのです」
その言葉が警告を意味しているのは明らかであった。
「これは古くからある言葉です。先人達の中にもお兄様と同じように剣に魔法を這わせて戦っていた方がいるのです」
アランは何も言わず、アンナの言葉の続きを促した。その沈黙はアランと同じ道を歩んだ先人達が光の剣の何を恐れていたのかと問うていた。
「その方のことを記した本が書庫にあります。一度目を通してみてはいかがでしょうか」
アンナは自身の口からその答えを述べず、その在り処だけをアランに伝えた。
アンナの忠告は逆効果であった。アランの心はますます「光の剣」に強く惹かれるようになっていた。
魔法使いが危険であると恐れ、警告を残しているのである。一体どれほどの力を秘めているのか、アランの心は好奇心に躍っていた。強い力はなにかしらの危険性を含んでいるものである。しかしアランは「光の剣」に対し全く恐怖心を抱いていなかった。
◆◆◆
次の日、アランは早速書庫を漁り、それらしき本を見つけた。
アランはその本を一気に読み終えた。内容そのものは素直におもしろいと感じる本であった。それは炎の魔法剣を使う男の戦いを描いた英雄譚であった。
その本の主人公は炎を前に飛ばすことができないという欠点を魔法剣で補っていた。
彼の炎は強力であった。その力で彼は幾度も戦いに勝利し、英雄となった。
しかしこの英雄は若くして病死してしまう。物語はそこで終わっていた。
だがこの本はこれで終わりではなかった。巻末にたくさんの手記が挟まれており、アランが知りたかったことはそこにあった。
この物語の主人公はアランの祖先にあたる人間であった。そしてこの物語では病死とされているが実際は事故死であったようだ。
その事故がどのようなものであったかは書かれていなかったが、恐らく光の剣が関係しているのだろう。
手記の内容は乱雑で、整理されておらず、時にただの走り書きのようなものも含まれていたが、アランはこの手記を書いた人間は自分と同じように魔法剣の道を歩んでいたのであろうと感じていた。
そしてこの手記を書いた人間は一人では無いようであった。途中から紙の質や文章の癖が変わっていたからだ。
そしてその全員に共通して言えたことは、最後には諦めていることであった。
手記に書かれていることを信じるなら、「刃に光を通すべからず」という言葉は正確ではない。この手記に書かれている情報を付け加えて言い直すと、「鋼の刃に過度の光魔法を通すべからず」であった。
これだけ聞けば、光の剣を使うことはそう大して難しいことでは無い様に感じるであろう。しかし問題は武器のほうにあった。
手記にこんな一文がある。「鋼の刃に光を通すその感覚は、ゆらゆらとして捉えどころが無く、波に揺られる船の上のようである」
その感覚はアランにも覚えがあった。長剣に魔法を通した時の感覚がそれであった。
そしてこうも書いてあった。「刃が大きければ大きいほどより多くの光魔法を通すことができるが、魔力に対しての抵抗もまた強くなる」
これは杖を使って魔法を放つと威力が弱くなることと同じであった。多くのものは魔力に対し抵抗を持っている。つまりアランのような魔力が弱い人間が、長剣のような大きな獲物で魔法剣を使うことは理に適っていないということであった。
そして、この手記を読み終わった後に気がついたのだが、刀に魔法を通したときは長剣のときとは全く違う感覚であったことを思い出した。
アランの中で刀はその神秘性をさらに増していた。刀であれば、先人達が成し得なかったことができるのではないかと。
アランのこの推測は当たっていた。簡単に言えば、先人達は良い剣に巡りあうことができなかったのだ。
第九話 偉大なる大魔道士 に続く
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