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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく

第三十九話 二刀一心 三位一体(8)

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   ◆◆◆

「はあ、はあ、はあ」

 激しく上下するリーザの胸元と肩。

「はあ、はっ、ぜっ」

 痛むわき腹。荒れる呼吸。

「げほっ、はっ、はあ」

 全てを酷使してラルフの攻撃を捌く。
 自分の心音がやけに大きく聞こえる。
 時間の間隔が薄い。あれから何分経った?
 わからない。でもアランの神秘を、アランとまだ心が繋がっているのを感じる。
 それはつまり、まだアランは遠くまで逃げていないということ。

(ならば、まだ粘らなければならない!)

 覚悟を固めなおすリーザ。
 しかし直後、

「っ!」

 リーザの顔は歪んだ。
 借り物の「台本」に目をそらしたい予測が記されたからだ。
 それはすぐに現実のものとなった。
 焦りに見開かれたリーザの瞳が映したものは、光る嵐ではなく光弾の雨。
 遂にこの時が来てしまったのだ。ケビンの抑えが効かなくなってしまったのだ。
 視界を埋め尽くすほどの弾幕。
「台本」に従って回避行動を取る。
 しかし避けきれない。
 直撃に至る直前に防御魔法を展開する。
 防御魔法の維持は一瞬だけ。当たる瞬間を正確に予測出来るからこそ出来る芸当。
 しかしそれでも、単位時間当たりの爆発魔法の手数は減る。攻撃の回転速度が下がってしまう。
 そこへ容赦無く襲い掛かる光る嵐。

「!? きゃぁぁあっ!」

 嵐の通過と同時に鳴り響くリーザの悲鳴。
 一撃は爆発魔法を叩き込めていたためか、幸いにも被害は軽微。体の数箇所を浅く裂かれただけだ。
 そして、リーザの顔に浮かんでいる色は、痛みによる苦悶よりも驚きの色が強かった。
 なぜならば、体が思うように動かなかったからだ。
 この光る嵐は相殺出来るはずだった。
 なぜ? という言葉が浮かぶよりも早く、リーザは自身の体の異常に気がついた。
 それは初めての感覚であった。
 体が重いというのは違う。鈍い、と言えば近くなるがそれも少し違う。体の反応が遅れている、という表現がかなり近い。
 何かがズレている。脳と体が同期していない。思考と動作の間に致命的な遅れが生じている。
 そしてそのズレは徐々に大きくなってきている。
 リーザの心が恐怖に染まる。
 このまま動けなくなるのでは、と思ったからでは無い。
 さらなる異常がリーザの体を包んだからだ。
 それは快楽。
 経験したことのない、圧倒的快楽。

(なに、これ――)

 リーザの問いは暗転する視界と共に消えた。
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