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06.強情な抵抗(後)
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「ちっ、早過ぎるだろうっ」
王太子殿下が慌てた様子を見せたところで、まるで地の底から響くような憎悪たっぷりの声がした。
「……殿下?」
何とも言えない圧迫感に、呼吸ができなくなる。空気が突然水に変わったように、体に絡みつく。
「どうして貴方がここにいるんだろうな? しかも俺の妻と楽しく話をしていたようだが?」
「……っ誰が、妻、だって……っ!?」
絞り出した私の声に、空気が一瞬で変わる。ようやく息が楽にできる、と思った直後、視界が真っ暗になった。全身を包む圧迫感と体温に、また抱きしめられたのだと遅れて理解する。
「リリアン! ようやくこちらを見てくれたな! 美味しいケーキを用意させたから、一緒に食べよう!」
少し離れたところから「え……本当にこれ、ヨナ、なのか?」とかいう王太子殿下の茫然とした声が聞こえる。普段がどんなのか知らないが、これが私の知るヨナ・パークスだ。
(……っていうかさ、全然、反省の「は」の字もないじゃん?)
ふつふつと怒りがこみあげてくる。最悪、こちらが衰弱すれば少しなりとも理解するだろう、と思って頑張っていたけれど、これは絶対に治らない。そう確信できる。
一応、相手は大魔法使いサマだし、こちらも子爵令嬢として平々凡々な人生を願う身だし、色々と我慢してきたが、そろそろ我慢も売り切れだ。
「……ざっけんな」
「ん? どうしたリリアン? よく聞こえなかったからもう一度――――」
「ふざけんな、って言ってんだよ、このアンポンタン野郎がっ!」
渾身の力を込めて蹴りを入れると、私を抱きしめていた大魔法使いサマは、ようやくべりっと剥がれた。
「耳の穴かっぽじってよぉーく聞けよ? 大魔法使いサマ?」
「り、リリアン……?」
「あんたのやってることは、脅迫、誘拐、暴力であって、求婚なんていう甘いもんじゃないからな?」
「いや、俺はきゅうこ……」
「魔力を盾に世界を滅ぼすかも、と脅して、相手の意思も聞かずに拉致、反抗されれば魔法で意識を落とす。立派な脅迫・誘拐・暴力のコンボだよなぁ?」
「でも、父親の許可は得たし……」
「つまり、当人の意思はどうでもいいってか。そんなんでいいなら、人形でも飾ってろよ屑」
「く、くず……」
「結婚っていうのは、互いに意思を尊重し合う相手か、政略上でもお互いに利があると判断した上で繋ぐもんだよな? あんたのやってることは、一方的な搾取でしかねぇんだよ。そんなんやりたきゃ、自分のベッドで一人右手でしごいてろゴミ」
「……」
項垂れた大魔法使いサマの向こう側、腹を抑えて震えている王太子殿下の姿が見える。もしかして、大魔法使いサマに何か攻撃でもくらったんだろうか。
「くく、ちょっとさすがに下品すぎやしないだろうかリリアン嬢……っ」
心配していたら、単に笑っていただけのようなので、ちょっと放置しておこう。
「で? なんか反論ある?」
「俺は……」
大魔法使いサマは、それなりにショックを受けたのか、珍しく口ごもった。
「俺は、あの夜楽しそうにお酒を飲みながら興味深いことを言ってくれるリリアンが眩しくて……でも、俺は王都を離れられないし、また会おうと思ったらどれだけ日数が空いてしまうか分からない。女性を近くに置くなら結婚しかないと思ったんだ」
「……なにそれ」
短絡思考にもほどがある。女性=結婚て。
「王太子殿下、城に勤める魔法使いって、休日がないのでしょうか?」
「そんな人聞きの悪いことを……。5日働いて1日休みという契約になっているはずだ」
「その休日は、知らない人間が茶会だ夜会だと押しかけてきて休む暇もない。うまく逃げられた日は研究に充ててる」
「あー……」
どうやら思い当たることがあったらしい。ちょっとこめかみをぐりぐりと揉む王太子殿下は、なんだか前世の中間管理職に見えた。
「ヨナ・パークス。とりあえず君の対人スキルの問題と、君の魔力に群がるハイエナと、君の魔法に対する向上心はよく分かった。その上で提案だ。リリアン嬢を傍におくための交渉を、僕にさせてくれないか」
「……リリアンを掠めとる気か?」
「僕には妃がいる。あと子爵令嬢とでは身分が合わない。……このままだと、君が彼女に嫌われる未来しか見えない」
「……」
大魔法使いサマは、ぐ、と黙り込むと、絞り出すように「わかった」と告げた。
「だが、不穏な気配があったら、容赦しない」
「気をつけるよ」
こうして、王太子殿下は見事交渉役を勝ち取ったのであった。めでたしめでたし。
王太子殿下が慌てた様子を見せたところで、まるで地の底から響くような憎悪たっぷりの声がした。
「……殿下?」
何とも言えない圧迫感に、呼吸ができなくなる。空気が突然水に変わったように、体に絡みつく。
「どうして貴方がここにいるんだろうな? しかも俺の妻と楽しく話をしていたようだが?」
「……っ誰が、妻、だって……っ!?」
絞り出した私の声に、空気が一瞬で変わる。ようやく息が楽にできる、と思った直後、視界が真っ暗になった。全身を包む圧迫感と体温に、また抱きしめられたのだと遅れて理解する。
「リリアン! ようやくこちらを見てくれたな! 美味しいケーキを用意させたから、一緒に食べよう!」
少し離れたところから「え……本当にこれ、ヨナ、なのか?」とかいう王太子殿下の茫然とした声が聞こえる。普段がどんなのか知らないが、これが私の知るヨナ・パークスだ。
(……っていうかさ、全然、反省の「は」の字もないじゃん?)
ふつふつと怒りがこみあげてくる。最悪、こちらが衰弱すれば少しなりとも理解するだろう、と思って頑張っていたけれど、これは絶対に治らない。そう確信できる。
一応、相手は大魔法使いサマだし、こちらも子爵令嬢として平々凡々な人生を願う身だし、色々と我慢してきたが、そろそろ我慢も売り切れだ。
「……ざっけんな」
「ん? どうしたリリアン? よく聞こえなかったからもう一度――――」
「ふざけんな、って言ってんだよ、このアンポンタン野郎がっ!」
渾身の力を込めて蹴りを入れると、私を抱きしめていた大魔法使いサマは、ようやくべりっと剥がれた。
「耳の穴かっぽじってよぉーく聞けよ? 大魔法使いサマ?」
「り、リリアン……?」
「あんたのやってることは、脅迫、誘拐、暴力であって、求婚なんていう甘いもんじゃないからな?」
「いや、俺はきゅうこ……」
「魔力を盾に世界を滅ぼすかも、と脅して、相手の意思も聞かずに拉致、反抗されれば魔法で意識を落とす。立派な脅迫・誘拐・暴力のコンボだよなぁ?」
「でも、父親の許可は得たし……」
「つまり、当人の意思はどうでもいいってか。そんなんでいいなら、人形でも飾ってろよ屑」
「く、くず……」
「結婚っていうのは、互いに意思を尊重し合う相手か、政略上でもお互いに利があると判断した上で繋ぐもんだよな? あんたのやってることは、一方的な搾取でしかねぇんだよ。そんなんやりたきゃ、自分のベッドで一人右手でしごいてろゴミ」
「……」
項垂れた大魔法使いサマの向こう側、腹を抑えて震えている王太子殿下の姿が見える。もしかして、大魔法使いサマに何か攻撃でもくらったんだろうか。
「くく、ちょっとさすがに下品すぎやしないだろうかリリアン嬢……っ」
心配していたら、単に笑っていただけのようなので、ちょっと放置しておこう。
「で? なんか反論ある?」
「俺は……」
大魔法使いサマは、それなりにショックを受けたのか、珍しく口ごもった。
「俺は、あの夜楽しそうにお酒を飲みながら興味深いことを言ってくれるリリアンが眩しくて……でも、俺は王都を離れられないし、また会おうと思ったらどれだけ日数が空いてしまうか分からない。女性を近くに置くなら結婚しかないと思ったんだ」
「……なにそれ」
短絡思考にもほどがある。女性=結婚て。
「王太子殿下、城に勤める魔法使いって、休日がないのでしょうか?」
「そんな人聞きの悪いことを……。5日働いて1日休みという契約になっているはずだ」
「その休日は、知らない人間が茶会だ夜会だと押しかけてきて休む暇もない。うまく逃げられた日は研究に充ててる」
「あー……」
どうやら思い当たることがあったらしい。ちょっとこめかみをぐりぐりと揉む王太子殿下は、なんだか前世の中間管理職に見えた。
「ヨナ・パークス。とりあえず君の対人スキルの問題と、君の魔力に群がるハイエナと、君の魔法に対する向上心はよく分かった。その上で提案だ。リリアン嬢を傍におくための交渉を、僕にさせてくれないか」
「……リリアンを掠めとる気か?」
「僕には妃がいる。あと子爵令嬢とでは身分が合わない。……このままだと、君が彼女に嫌われる未来しか見えない」
「……」
大魔法使いサマは、ぐ、と黙り込むと、絞り出すように「わかった」と告げた。
「だが、不穏な気配があったら、容赦しない」
「気をつけるよ」
こうして、王太子殿下は見事交渉役を勝ち取ったのであった。めでたしめでたし。
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