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28.不可侵な秘密(後)
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「随分と鮮明な夢だったな。実際にあった出来事の記憶から形作られた夢程そういった傾向がある。――――俺には見慣れぬものばかりだったが」
背筋が凍る。鮮明だというのは、確かにその通りなのだろう。あれは橘華の過去にあった出来事ほとんどそのままなのだから。見慣れぬもの、というのも頷ける。アスファルト舗装された路面、電柱に街灯、日本語で書かれた看板、自動販売機……あの場所で暮らしていれば日常的な背景だけれど、この世界に暮らす者から見れば異質なものとして映るに違いない。
「そんなことを言われても、私には分からないわ。気分が悪いからもう寝たいのだけど?」
「俺がしっかり癒してやったというのにか?」
「こういうのは気分の問題よ。悪夢を見た後は、ゆっくり心を落ち着けたいものだわ。命の危機を感じるような夢であればなおさら」
「その悪夢から救った俺への礼はないと?」
「明日の朝に考えるわ。とりあえず、今は部屋に戻りたいの。この手を離して?」
私の主張は間違っていないはずだ。だというのに、目の前の大魔法使いサマは一向に手を離す気配がない。
「私の言ったこと、聞こえていた?」
「今はお前に付け入る動揺があるが、時間をおいてしまえばそれもなくなるだろう? ――――あの夢は、どういうことだ?」
まるで確信を持っているかのように、ブレない声色にいっそすべてを打ち明けてしまいたくもなる。けれど、そうできる程、私は目の前の相手を信用していない。だって、家族にだって話してないのよ?
「もう一度言うわ。私はあんな悪夢のことを思い出したくもないし、今すぐに部屋に戻って寝直したいのよ」
「俺がそれを許すとでも?」
あぁ、やっぱり根本的に傲慢なのは変わらないのね。自分の知識欲を満たすためには、私の都合なんて些細なことだと思っているんだろう。だからイヤだと何度も断ったというのに。どうして周囲が彼の都合に合わせると思うのか。
「ねぇ、大魔法使いヨナ・パークス様? 私がここでおとなしく過ごすと諦めたときにした契約をもう忘れたの?」
「……そんなのは知らんな。あれは殿下の顔を立てただけだ」
その答えに心が冷えた。いや、冷めた、という方が近いかもしれない。怒りや憤りを通り越して、いっそ冷静になってしまった。
「あぁ、そう」
目の前の男は、本当に他人の都合を考えない怪物だ。少しでも同情して絆されそうになった自分がおかしい。
「それなら、契約不履行ということね。さようなら」
「俺が逃がすと思うのか?」
「……さぁ?」
私は自分の右肩に触れる。そこには王太子殿下が用意してくれた最後の手段があった。
「さようなら。傲慢な大魔法使いサマ」
自分のテリトリーと定めた寝室にも逃げ込めなかった場合、または寝室にすら侵入された場合の最後の手段として、王太子殿下が渡してくれた逃げ道だ。
右肩から全身に熱が広がるのを感じながら、私の意識はゆっくりと表層から遠ざかっていった。
最後に視界に入ったのは、傲慢な表情を浮かべたままの大魔法使いサマ。顔は確かに整っているけれど、やっぱり初対面で感じた印象通り、お断りしたいタイプの性格だったわ。
「っ! リリアン! リリアン!?」
なんか名前が連呼された気もするけれど、もうぶっちゃけどうでもいい。私は逃げる。
(あとは、王太子殿下の用意してくれたこの手段を信頼するしかないけどね)
とんでもない魔力の保持者。魔法に対する並々ならない探求心。そして実際に魔法を操る才能。
それら全てを手に入れて、寂しさを抱えながらも傲慢になっていった大魔法使いサマ。
(魔法ではなく呪法なら、専門外でしょ?)
王太子殿下の用意してくれた呪法の刺青は、私の魂と体を切り離し、あらかじめ設定されていた場所へと飛ばす。色欲に溢れているようにも見えなかったから、抜け殻になった私の体におイタをするような人じゃないと思うし、万が一そうなったとしても、前世で男の体を知っている私にとっては、そこまで重要な話じゃない。嫌悪感はあるけれど。
(確か、王太子殿下と妃殿下が管理する棟に飛ばされるんだったかしら?)
同じ城の敷地の中だけれど、大魔法使いサマの権力の及ばないところだから大丈夫、という説明があった。
この呪法が起動すれば、王太子殿下も検知するような仕組みになっているという話だし、全てを殿下に委ねよう。少なくとも、あの大魔法使いサマに委ねるよりは全然マシだ。
背筋が凍る。鮮明だというのは、確かにその通りなのだろう。あれは橘華の過去にあった出来事ほとんどそのままなのだから。見慣れぬもの、というのも頷ける。アスファルト舗装された路面、電柱に街灯、日本語で書かれた看板、自動販売機……あの場所で暮らしていれば日常的な背景だけれど、この世界に暮らす者から見れば異質なものとして映るに違いない。
「そんなことを言われても、私には分からないわ。気分が悪いからもう寝たいのだけど?」
「俺がしっかり癒してやったというのにか?」
「こういうのは気分の問題よ。悪夢を見た後は、ゆっくり心を落ち着けたいものだわ。命の危機を感じるような夢であればなおさら」
「その悪夢から救った俺への礼はないと?」
「明日の朝に考えるわ。とりあえず、今は部屋に戻りたいの。この手を離して?」
私の主張は間違っていないはずだ。だというのに、目の前の大魔法使いサマは一向に手を離す気配がない。
「私の言ったこと、聞こえていた?」
「今はお前に付け入る動揺があるが、時間をおいてしまえばそれもなくなるだろう? ――――あの夢は、どういうことだ?」
まるで確信を持っているかのように、ブレない声色にいっそすべてを打ち明けてしまいたくもなる。けれど、そうできる程、私は目の前の相手を信用していない。だって、家族にだって話してないのよ?
「もう一度言うわ。私はあんな悪夢のことを思い出したくもないし、今すぐに部屋に戻って寝直したいのよ」
「俺がそれを許すとでも?」
あぁ、やっぱり根本的に傲慢なのは変わらないのね。自分の知識欲を満たすためには、私の都合なんて些細なことだと思っているんだろう。だからイヤだと何度も断ったというのに。どうして周囲が彼の都合に合わせると思うのか。
「ねぇ、大魔法使いヨナ・パークス様? 私がここでおとなしく過ごすと諦めたときにした契約をもう忘れたの?」
「……そんなのは知らんな。あれは殿下の顔を立てただけだ」
その答えに心が冷えた。いや、冷めた、という方が近いかもしれない。怒りや憤りを通り越して、いっそ冷静になってしまった。
「あぁ、そう」
目の前の男は、本当に他人の都合を考えない怪物だ。少しでも同情して絆されそうになった自分がおかしい。
「それなら、契約不履行ということね。さようなら」
「俺が逃がすと思うのか?」
「……さぁ?」
私は自分の右肩に触れる。そこには王太子殿下が用意してくれた最後の手段があった。
「さようなら。傲慢な大魔法使いサマ」
自分のテリトリーと定めた寝室にも逃げ込めなかった場合、または寝室にすら侵入された場合の最後の手段として、王太子殿下が渡してくれた逃げ道だ。
右肩から全身に熱が広がるのを感じながら、私の意識はゆっくりと表層から遠ざかっていった。
最後に視界に入ったのは、傲慢な表情を浮かべたままの大魔法使いサマ。顔は確かに整っているけれど、やっぱり初対面で感じた印象通り、お断りしたいタイプの性格だったわ。
「っ! リリアン! リリアン!?」
なんか名前が連呼された気もするけれど、もうぶっちゃけどうでもいい。私は逃げる。
(あとは、王太子殿下の用意してくれたこの手段を信頼するしかないけどね)
とんでもない魔力の保持者。魔法に対する並々ならない探求心。そして実際に魔法を操る才能。
それら全てを手に入れて、寂しさを抱えながらも傲慢になっていった大魔法使いサマ。
(魔法ではなく呪法なら、専門外でしょ?)
王太子殿下の用意してくれた呪法の刺青は、私の魂と体を切り離し、あらかじめ設定されていた場所へと飛ばす。色欲に溢れているようにも見えなかったから、抜け殻になった私の体におイタをするような人じゃないと思うし、万が一そうなったとしても、前世で男の体を知っている私にとっては、そこまで重要な話じゃない。嫌悪感はあるけれど。
(確か、王太子殿下と妃殿下が管理する棟に飛ばされるんだったかしら?)
同じ城の敷地の中だけれど、大魔法使いサマの権力の及ばないところだから大丈夫、という説明があった。
この呪法が起動すれば、王太子殿下も検知するような仕組みになっているという話だし、全てを殿下に委ねよう。少なくとも、あの大魔法使いサマに委ねるよりは全然マシだ。
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