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46.最低ラインな挨拶(後)

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「フライ……したいなぁ」

 簡易キッチンでちゃちゃっと夕食の支度をしながら、願望がこぼれてしまった。
 今日は若鶏のハーブ焼き。ハーブ増し増しの下味に漬けておいたおかげで、なかなかに良い匂いで食欲をくすぐる一品だ。そこにピクルスを添えることで目にも楽しい彩りになる。主食のパンは軽く炙ったので、パリパリとした食感がまたクセになる。

「飛ぶのか?」
「ぃっ!」

 耳元で囁かれ、私は危うく皿を落とすところだった。犯人はもちろんヨナだ。

「ちょっと、足音殺して近寄らないでよ。驚くじゃない」
「足音? あぁ、そうか。最近面倒で浮いていたんだった」

 歩くより魔法で浮く方が楽なのか、というツッコミはしない。いちいち常識を説いたところで意味がないと分かっているからだ。

「はいはい、いいからそっち座って。もうお腹空いてるんだから」

 二人分の夕食を並べ、今日は控えめに白ワインをお供にする。

「今日も美味しそうだな」
「誉め言葉は食べてから言ってよ」

 簡単に食前の祈りを捧げて、ナイフとフォークを手に取る。元の肉が良いのか、私の焼き方が良かったのか、若鶏は楽にナイフで切れた。

「それで、さっきの話だが」
「あー、飛ばない飛ばない。揚げ物を食べたいけど、自分で作るには準備とか後始末とかで二の足踏むな、って考えてただけだから」
「揚げ物?」
「こないだ連れてってもらったお店で、揚げ芋があったでしょう? あんな感じのやつよ」
「鍋や油が足りないのか? それなら――――」
「あ、そっちは別にいいんだけど。どうせ貴方のお金だから揃えるのに心も懐も痛まないし」
「……」

 なんか少し冷ややかな目を向けられている気がする。でも、ここにいることと引き換えに飲食は不自由させないっていう条件だしなぁ。

「揚げ物をすると、どうしても細かい油が飛ぶから、匂いが残ったり空気が油っぽくなったり掃除が大変だったりするのよ。だから、どうしようかなって」
「そんなもの、事前に障壁一つでどうにでもなるだろう」
「……いやいや」

 土ぼっこり魔法しかできない私にそんな芸当を求めないでいただきたい。そもそも、障壁って面倒な魔獣と対峙するときとかに使うようなもんでしょう。油汚れ対策で障壁を張るなんて、聞いたこともない。

「魔道具を作っておくか? 魔道具を中心に一定距離の球体の障壁を発生させれば、お前の危惧する油汚れの心配はなくなると思うが」
「えぇと、それ、お高くないの?」
「貴族など権力者向けに開発中の魔道具を流用すれば手間ではない。材料も自分で調達すればタダだ」

 うん、せめて、その調達予定の材料の市場価格を知りたいのだけどね。魔道具にする技術力はこのさい置いといていいからさ。

「あと、その障壁を使った場合、障壁内で飛んだ油汚れの飛沫ってどうなるの? 障壁を解除したら、結局拡散しない?」
「障壁を消したときの空気の流れか……、考えたこともなかったな」

 まぁ、基本的に障壁なんて開けた場所で使うだろうし、こんなことに障壁を使うなんて発想がそもそもないよねぇ。
 そんなことを考えていたら、ヨナは何故か障壁を張るときの空気の流れから考え始めていた。発動時に魔道具を中心に球体の半径が設定値まで大きくなるのか、それとも設定した半径で壁が作られ始めるのか、そんなことをぶつぶつ呟いている。根っからの研究者気質なんだろうね。

「せっかくのご飯が冷めるから、考えるのは食べた後にしてもらえる?」
「ん? ん、あぁ……」

 手を動かし始めたけれど、表情はどこか遠くに行ってしまっていて、あれは絶対に味わえてない。フォークに刺さったお肉を見つめながら「油……飛沫? 毒霧とは別物になるか?」とかぶつぶつ言っているし。ってか、毒霧ってなんだ。プロレスで吐くアレかな。唐辛子とかワサビとかが成分って聞いたことがあるけど。

(そういえば、ワサビって見たことないかも)

 奇跡的にウコンは見つかったけど、さすがにワサビはなぁ。生えているとしても川沿い? 山? うん、探すのは無理だわ。焼いたお肉に添えるだけで、良いアクセントになると思うんだけど。生魚を食べる文化はないから、刺身やお寿司は諦めている。無理なものは無理。
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