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59.一方的な友誼(前)
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(やっぱり権力者って、ストレスたまるのね……)
地位に応じた重圧というはやっぱりあるらしい。王太子妃殿下とのお茶会の帰りに、食傷気味の苦い溜息を逃がした。
私が権力に無欲なことが知られてからというもの、とても他には洩らせない裏側の話を暴露されることが多くなった気がする。まぁ、裏の話を聞かされたところで、その話をしゃべる相手もいないから、丁度いいのかもしれないけど。いや、それとも試されているのか? あれは権力の闇の入口であって、その先は――って、深淵は覗いちゃいけないってばっちゃが言ってた。やめようやめよう。この話はここまで。
「あら、……あれは」
気を取り直した私の視界に、珍しいものが飛び込んできた。仕事中のヨナである。
「今日は演習のようですね。魔法使いと、魔法騎士も参加しているようです」
茶会のたびに私のエスコートに駆り出されているグース卿が親切にも教えてくれた。
「少し、見学していきますか?」
「え、危なくないんですか?」
「ちゃんと障壁が張ってありますから大丈夫ですよ。ほら、あちらにも観客がいるでしょう?」
「あー……」
なるほど、若い令嬢たちが2、3人ずつまとまっているゾーンがある。見学なのか鑑賞なのか値踏みなのかは分からないけど。
「それなら、見学しない方がいいですよね。あちらの令嬢にイチャモン付けられても困りますし」
「では、こちらの回廊から少し眺めるだけにしましょうか」
余程、グース卿は私に仕事中のヨナを見せたいらしい。今更、「きゃ、素敵」ってなるほど初心じゃないんだけどなぁ。
「あぁ、丁度、魔法騎士と1対1で始めるところみたいですね」
「え、剣に対して素手なんですか」
「そうですね。とても危なくて、ヨナ殿に武器など持たせられませんから」
それは鬼に金棒みたいな意味なのか、それとも不得手で危なっかしいのかどっちなんだろう。
詳しく尋ねようかと思うより先に、魔法騎士の方が動いた。剣を構えたままヨナに肉迫しようと駆けて、何かを剣で払い落とす素振りを見せた。
「?」
「ヨナ殿の風の刃の前には、エウロ殿も近づけないようですね」
風の刃ってかまいたち的なヤツかな。だけど、見えないのに払い落とすって、すごいな魔法騎士。
って、今度は魔法騎士の剣が燃えた……魔法剣とかなのかな。剣に炎を纏わせてカッコいいじゃん。って、あれ、消えた?
「ん? いつもならヨナ殿が水で相殺するところですが、エウロ殿、の不調ではないようですね。ヨナ殿が消したようですね」
魔法騎士の表情を読んでなのか、グース卿が解説してくれた。
(炎を消す……って、まさか、私が教えた真空の話を応用とかしてないよね? 大丈夫よね?)
私は冷や汗が止まらない。もしかして、キ〇ガイに刃物を与えてしまったのだろうか。いや、きっと違う。違うと言って。
「あぁ、これはヨナ殿の勝ちですね。また新しい魔法でも編み出したのか。……あぁ、失礼しました。あまり女性が見て楽しいものではなかったようですね」
私の顔色が悪いと思ったのか、グース卿が気を遣ってくれた。そんな柔な神経をしていないと弁解したいのだけど、下手に言葉を重ねてツッコミを入れられても困る。雄弁は銀、沈黙は金なのよ。
「いえ、あまりに速くて目がついていかなかっただけです……」
ギリギリの回答を何とか返す。すると、ちらりとヨナがこちらを見た気がした。しまった、バレたと思うけれど、疚しいことはしていないはずだ。恒例のお茶会の帰りなんだから。
(それにしても、よ)
働く男の背中は二割増しだと言うけれど、あれはそんなんじゃないわ。何あれ。
(やっすいビー玉みたいな空っぽの目で、ほんっとうにつまんなそう)
私の方を見たと思ったけれど、その表情は変わることもなく、すぐに逸らされた。
「そろそろ塔に戻りましょう。これ以上、ここに留まっていると自分が抗議されてしまいそうです」
「抗議ですか? だって別に何も」
「えぇ、リリアン嬢は、それで構いません。ただ、演習を見ていたことを尋ねられたら、お茶会の帰りに偶然でくわしたと説明しておいていただけると有難いですね。送迎の任を外されたくありませんから」
「? えぇ、それはもちろんですけれど……?」
ヨナも分かっているだろうに、妻子持ちのグース卿に対して私がよろめくことなんてないし、そもそもグース卿の言うように、これは任務なんだから。
地位に応じた重圧というはやっぱりあるらしい。王太子妃殿下とのお茶会の帰りに、食傷気味の苦い溜息を逃がした。
私が権力に無欲なことが知られてからというもの、とても他には洩らせない裏側の話を暴露されることが多くなった気がする。まぁ、裏の話を聞かされたところで、その話をしゃべる相手もいないから、丁度いいのかもしれないけど。いや、それとも試されているのか? あれは権力の闇の入口であって、その先は――って、深淵は覗いちゃいけないってばっちゃが言ってた。やめようやめよう。この話はここまで。
「あら、……あれは」
気を取り直した私の視界に、珍しいものが飛び込んできた。仕事中のヨナである。
「今日は演習のようですね。魔法使いと、魔法騎士も参加しているようです」
茶会のたびに私のエスコートに駆り出されているグース卿が親切にも教えてくれた。
「少し、見学していきますか?」
「え、危なくないんですか?」
「ちゃんと障壁が張ってありますから大丈夫ですよ。ほら、あちらにも観客がいるでしょう?」
「あー……」
なるほど、若い令嬢たちが2、3人ずつまとまっているゾーンがある。見学なのか鑑賞なのか値踏みなのかは分からないけど。
「それなら、見学しない方がいいですよね。あちらの令嬢にイチャモン付けられても困りますし」
「では、こちらの回廊から少し眺めるだけにしましょうか」
余程、グース卿は私に仕事中のヨナを見せたいらしい。今更、「きゃ、素敵」ってなるほど初心じゃないんだけどなぁ。
「あぁ、丁度、魔法騎士と1対1で始めるところみたいですね」
「え、剣に対して素手なんですか」
「そうですね。とても危なくて、ヨナ殿に武器など持たせられませんから」
それは鬼に金棒みたいな意味なのか、それとも不得手で危なっかしいのかどっちなんだろう。
詳しく尋ねようかと思うより先に、魔法騎士の方が動いた。剣を構えたままヨナに肉迫しようと駆けて、何かを剣で払い落とす素振りを見せた。
「?」
「ヨナ殿の風の刃の前には、エウロ殿も近づけないようですね」
風の刃ってかまいたち的なヤツかな。だけど、見えないのに払い落とすって、すごいな魔法騎士。
って、今度は魔法騎士の剣が燃えた……魔法剣とかなのかな。剣に炎を纏わせてカッコいいじゃん。って、あれ、消えた?
「ん? いつもならヨナ殿が水で相殺するところですが、エウロ殿、の不調ではないようですね。ヨナ殿が消したようですね」
魔法騎士の表情を読んでなのか、グース卿が解説してくれた。
(炎を消す……って、まさか、私が教えた真空の話を応用とかしてないよね? 大丈夫よね?)
私は冷や汗が止まらない。もしかして、キ〇ガイに刃物を与えてしまったのだろうか。いや、きっと違う。違うと言って。
「あぁ、これはヨナ殿の勝ちですね。また新しい魔法でも編み出したのか。……あぁ、失礼しました。あまり女性が見て楽しいものではなかったようですね」
私の顔色が悪いと思ったのか、グース卿が気を遣ってくれた。そんな柔な神経をしていないと弁解したいのだけど、下手に言葉を重ねてツッコミを入れられても困る。雄弁は銀、沈黙は金なのよ。
「いえ、あまりに速くて目がついていかなかっただけです……」
ギリギリの回答を何とか返す。すると、ちらりとヨナがこちらを見た気がした。しまった、バレたと思うけれど、疚しいことはしていないはずだ。恒例のお茶会の帰りなんだから。
(それにしても、よ)
働く男の背中は二割増しだと言うけれど、あれはそんなんじゃないわ。何あれ。
(やっすいビー玉みたいな空っぽの目で、ほんっとうにつまんなそう)
私の方を見たと思ったけれど、その表情は変わることもなく、すぐに逸らされた。
「そろそろ塔に戻りましょう。これ以上、ここに留まっていると自分が抗議されてしまいそうです」
「抗議ですか? だって別に何も」
「えぇ、リリアン嬢は、それで構いません。ただ、演習を見ていたことを尋ねられたら、お茶会の帰りに偶然でくわしたと説明しておいていただけると有難いですね。送迎の任を外されたくありませんから」
「? えぇ、それはもちろんですけれど……?」
ヨナも分かっているだろうに、妻子持ちのグース卿に対して私がよろめくことなんてないし、そもそもグース卿の言うように、これは任務なんだから。
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